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《大陸》北部、山間に位置するディルワース領。高い峰々に囲まれているこの地方には、夕暮れが訪れるのも早い。うっそうと茂った針葉樹林を突き抜ける《旅人たちの街道》も、すぐに夕闇につつまれてしまう。街道の先、木々の間から暖かそうな明かりが見え始めたら、もうすぐディルワースだ。森が開けた先に、夕焼け空に浮かび上がる王城と鐘楼のシルエットが見える。
その日、ディルワースの街はただならぬ喧噪につつまれていた。
「なんだって! シャッセ姫が、ご病気に!?」
「ああ、さきほど近衛騎士団長から発表があったそうだ」
「まさか《狂乱病》かい! だとしたら……ディルワースはどうなるんだ?」
人々が口々に、姫の病気について噂しあっている。もちろんその話は、投宿している旅人たちの耳にも届いた。
「シャッセ姫ってのはね、元気がありあまっているようなお方だったんだよ」
旅籠の女将も、深刻な顔つきでおろおろするばかりである。
「それがご病気っていうんだからね、もう心配で心配で。もしも《狂乱病》だったりしたら、えらいことだよ。治った人はいないんだ」
旅人たちも、顔を見合わせる。
「賢者様なら、もしかしたら何か手だてをご存じかもしれないけど……」
「《狂乱病》って、なんだい?」
「ここいらの風土病さ。かかっちまったらおしまいなんだ。あんたらの中に、医学の心得がある人がいたら、ぜひ力を貸しておくれよ」
すっかり女将は目頭をうるませてしまっている。
「そうだ、それともモース様を呼びにいっておくれでないかい」
「モース? その人が賢者なの?」
「東の森にひとりで住んでいらっしゃるんだ。ちょっと変わってるとこもあるんだけど、物知りでいらっしゃるし、いつもお世話してくださる優しい方なのさ。ああ、こうしちゃいられない。なにかあたしにもできることはないものかね」
旅籠だけではなく、街中がこの調子である。
『シャッセ姫の病気を治した者に1万金貨』
翌日出されたおふれには、震える字で領主のサインがしたためられていた。
「金貨1万枚だって!」
「おい女将、この街そんなに金持ちなのかよ!」
色めき立った手練れの者たちが、泣きはらした女将につめよる。
「そりゃあディルワースは《竜の通い路》、秘宝《竜の牙》を売ればそのくらいはたやすいさ……あんたたち、助けてくれるのかい!?」
今度は感極まって号泣する女将である。旅人たちのうち、《竜の牙》に目の色を変えた者は、さすがに黙っておくことにした。
さあ、この状況をどうしたものか?
第1章に続く
みなさんこんにちは、みやたです。前作より10年後、今度の舞台はディルワース、森と山の国です。キャラクターたちは、たまたま居合わせた旅の冒険者として、はたまたディルワースの住人として、物語に関わっていくことになります。姫に面会を希望する場合は、しかるべき理由が必要でしょう。冒険者斡旋ネットワーク、《精秘薬商会》支店もありますが、頼れるかどうかは果たして……? 難しく考えずに、やりたいことをやるのも手です。なんといっても、まだ序章ですから。あっ、《竜の通い路》というネーミングは、かの名作TRPGルーンクエストからお借りしました。原語ではDragon Passでしたでしょうか。みやたはオーランスが好きです。
それでは7章まで、どうかお楽しみください。