もうひとつの夢
思い出すのは……塔全体を覆う、茨の棘。
そして、薔薇の香り。
あれは大陸の…そうだな、東の方にある海の街だった。その端っこに、大きな塔が建っていたんだ。
『なんらかの魔法が干渉している塔。茨に覆われているところを除けば一見ただの塔に見えるが、壊そうとすれば突風が吹き、崩落原因の茨をどけようとすると津波が押し寄せる。幸い死者はまだ出ていないようだが、至急調査を…』
はいはい、分かったよ。そう呟いた俺は、その羊皮紙に書かれた手紙を折りたたみ、懐にしまった。
「さーて、さっさと仕事に取り掛かるとするか」
目の前にゃ、今回の仕事の主…半ば傾いた塔がそびえ立っていた。
『ここ数年で崩れ落ちそうになってるんで、危ないから村のもの皆で壊そうとしたんだ』
村に住む男の証言はこうだ。
『けれど、いきなり突風が吹いて何人かが海に落ちた。その後も何度かやってみたんだが、今度は津波、次は雷…恐ろしくなって、結局壊すのはやめた』
「さすがに海辺だけある。風が冷たいな…」
そんな言葉を思い出しながら、俺はどうにか窓にたどり着き、手でこじ開けて中に入った。
「さっさと、リリィに土産を買って帰ってやらないと…」
そんなことを考えながら、俺は壁づたいに登っていったんだーこれから起こることを何にも知らずに、な。
「別に、中は普通じゃないか……」
実際、ちょっと剣で茨を掃えば十分通れる感じだったぜ。
中に入れば、それほど茨に覆われてるわけじゃなかった。茨を剣で薙ぎ払いながら、そのまま階段を見つけて、順番に上っていって――そこで、妙な気配のする部屋があったんだ。
うーん、なんていうのか…そうそう、ここの廃園に似た感じの…といっちゃ失礼だが、確かに長い間放っぽらかしにされてるのに、『生きた』気配がするんだよ。
ベット、テーブル、燭台…茨に喰われてボロボロになって、埃はかぶっちゃいるが、至って普通の部屋だった。
さっきの壁登りで疲れていた俺は、ついベッドに腰をかけた…瞬間。
『…………!』
何か妙な気配ー嘆きのような、怒りのようなものが俺の腕にまとわりついた…までは覚えている。
それから後は、記憶にない。
後で村の連中から聞いた話だと、塔がいきなり崩れて、その瓦礫の中から俺を見つけたんだそうだ。
幸い傷自体は浅かったらしいが、頭をちょっと打ちつけたかなにかで、数日は寝込んじまった。
瓦礫の下にゃ、骨がごろごろ出てきて皆仰天したそうだ。どうも塔というのは、牢獄みたいなもんだったらしいな。
この篭手は、その時からついていたんだよ。どうやっても外せない。
たぶん、篭手を通して何かが俺に憑いてるんだろうが…俺には取り除くことはできない。
せめて、意思を通じ合わせることができればいいんだがな。
俺は俺の姿を取り戻したい。それだけだ。
それが――あいつとの約束だから。
FIN
