シウスの物語 『 Piece of a Dream -rhomphaia- 』

あれはそう、俺が傭兵団に入隊して最初の冬だった。
それまでは、傭兵見習として傭兵団の下働きをしていたんだが、格上げになって正隊員になってすぐのことだった――

「よぉ、新米」  シウスは歩哨をしているところに声をかけられた。
「俺らの班には慣れたか?」
 聞きなれない声、こんな声の持ち主シンシア班に居たか?
そんなことを想いながら
「ああ、多少ね」
 シウスはそう答えながらも歩哨を続ける。声をかけた男はそんなシウスを気にせずにさらに言葉を続けた。
「なぁ、お前、人を殺すことって怖くないか?」
 傭兵団の中ではあまり聞くことのない台詞がシウスに向かって放たれた。
「?」
 シウスはその言葉を放った相手が何を考えているのかわからなかった。
なぜなら、傭兵という職業柄、人の死というものに直面していたから、しかも 、その手は相手に死を訪れさせるために存在するのだから。そう想いながらシウスは男に向かって振り向いた。
「俺は怖いよ、いつも思う、ああ、こいつにも両親だとか恋人だとか家族だとかがいるのにこいつが持ってる関係を壊しちまうのかってね」
「……」
 シウスはさらにわからなくなってきた。
「敵を倒すときにそんなことまで考えるのか?」
 つい、名前も知らない相手にそんな言葉を返してしまう。
「ああ、考えちまう。もしかしたら傭兵には不向きな性格かもしれないが」
 相手 ― 見たこともないような大剣を背負い、上半身の服から出ている素肌には無数の傷が見える男 ― はそう言いながら短い髪をがしがしと掻いた。
「おっと、自己紹介が遅れたな、クスター、クスター・エンティだ。よろしくシンシア班副長だ。」
 男はそういって片手を差し出した。シウスはその男の手を取りながら―多少、不信げな顔をしていたが―自己紹介をした。
「シウスだ。よろしく」
 シウスはこの男をシンシア班に入班する時には見ていなかった。なにか所用で抜けていたのだろうか。クスターは、シウスの横に座りながら話を進めた。
「で、シウスはそうは思わないか?」
 クスターはシウスも座るように目で合図をしながら言った。
「……思わんね。冷たいかもしれんが……」
 合図を受けて座りながら、シウスは答えた。
「まぁ、それが普通の反応だろうな。傭兵……というよりは戦士としてはな」
 クスターはシウスを見ず、目の前の焚火を見ながらそう言った。
「クスターは何でそんなことを思うんだ?」
 クスターの少し疲れたような横顔を見ながらシウスは聞いた。
「一度、暗殺の依頼が来たときに暗殺現場を見られたんだよ。暗殺相手の子供にな。まだ、年端もいってなかったな。とっさに俺はそいつも殺して逃げた。それ以来だよ。そんなことを考えるようになったのは……」
 傭兵への依頼は、別に戦争請負人だけではない。戦争を終わらせるため、戦争を始めるために暗殺を請け負う場合もある。クスターの場合もそんな特別な仕事でもなかったはずである。なんでもない良くある仕事のひとこま、そんな仕事だったに違いない。ただ、そのときだけはいつもと様子が違ったようだが。
「そうか……」
 シウスは視線を少しそらし、クスターと同じく焚火に目を向けた。
「まぁ、ある意味、俺は卑劣なんだがね」
 自嘲気味な笑みを浮かべながら、目の前にある焚火を木の棒で弄っていた。
「何で卑劣なんだ?」
 シウスはその木の棒を眺めながらクスターに聞いた。
「そんなことを考えながら人を殺す、正当防衛だと自己弁護する。
一般の人を見てみろよ。立派に生きてるぜ、人なんか殺さずによ」
「だが、我々はそれが仕事だ」
 シウスには自己弁護とわかっていたが、そう言わずにはいられなかった。そうしないと、自分もこの仕事に屈してしまいそうだったから。
「そう、そうなんだよ。仕事なんだ。人殺しっていう名を傭兵って名に変えただけの……そして、人殺しを正当化する為のな。大義名分もない、ただの殺人集団でしかないのにな」
 クスターの言葉に、シウスは二の句をつげながった。そんなシウスの様子に気がついていないのか、クスターはさらに言葉を続ける。
「傭兵に身を窶すやつは大概、この世界の嫌われ者だ。犯罪者とか孤児、貧乏人とかな。俺もそうだ、けちな犯罪者さ。実際問題俺らにとっちゃ、食うために人を殺すのと変わりないよ。傭兵以外に働く場がなかったってのもあるしな」
「……」
 クスターはまだ焚火を木の棒で弄っていた。そしてシウスはまだその棒を眺めていた。
「で、俺は思うわけよ。人間ってやつはもろいもんだってな。理由となにかしらのきっかけがあれば人を殺す。食うためだとか憎いとかちょっとしたことでもかまわない。ただ、そういうきっかけさえあればいいわけだ」
「確かに……そうかもしれんな」
 シウスが言えた言葉はそれだけだった。
「だろ? だから俺は次の攻城戦の後に傭兵団をやめようと思ってるんだ。もう、これ以上、人間の闇の部分は見て居たくない。山に篭って、畑でも耕して暮らしていこうと思うんだ」
「そうなのか」
「ああ、もう、その為の場所も見つけてある」
 そのとき初めて、クスターの顔は自嘲的な笑みから夢見る子供のような笑顔に変わった。そのときの顔の変化がシウスにはとても印象的だった。
「まぁ、その前に、仕事をこなさねぇとな」
「ああ、そうだな」
その時、非常呼集の鐘が辺りに鳴り響いた。
「夜襲だ!」
非常呼集とほぼ同時にその声は響いてきた。
「ちっ、こんな時に……」
 クスターはそう言いながら、背中の大剣を全身で半円を描くように抜いた。その大剣は奇妙な形をしていた。全長が2mもあるのにもかかわらず、剣身が1mに対し、グリップが1mほどもあるのだ。それにそこまでの巨大な剣ならば両刃であるほうが有利だと思われるのに。片刃しかない。特筆すべきはその刃の部分である。通常なら湾曲した反りの方が刃なのにもかかわらず、その大剣は反りの内側が刃になっているのだ。シウスは一瞬、巨大な鎌を思い出した。そう、死神が持つ死者を地獄へと誘う鎌だ。ただし、鎌のような形状をしているわけではない。反りは通常のシャムシール程度しかないのだから。
  クスターはその大剣を注視しているシウスを見て、少しはにかんだ。
「おう、こいつかい。こいつは俺の愛剣『ロンパイア』さ」
「奇妙な剣だな」
 そう言いながら、自分の剣も抜いた。こちらはどこでも見られるようなブロードソードである。多少血抜き溝が広く取られている以外、特筆すべき事項もない。
「ああ、昔、懇意にしてる鍛冶屋の親父が戯れに作ったものを譲り受けたのさ」
「ほう」
 興味深そうにロンパイアを見つめながらシウスはそう言った。そんなシウスを一瞥しクスターは言う。
「さぁ、話し込んでる時間もなさそうだ。いくぞ」
 クスターはそう言葉を発すると爆発的なスピードで敵進入路へと駆け出した。その時のクスターの一瞬の顔をシウスは見逃さなかった。それは、少年が玩具を見つけたときのようなそんな顔をしていた。
「人間の光と闇か……」
 軽く笑みを浮かべそうつぶやくと、シウスも戦場と化した野営地へと駆け出した。

     + + +

 戦闘は圧勝であった。敵は1個小隊程度、こちらは1個大隊、戦闘力の差は歴然としていた。いくら奇襲とはいえ、その戦力差は約10倍、無謀としか言えないであろう。
 戦闘が終了し、点呼のために召集されたシンシア班班長のテントの中にシウスは身を置いていた。
「大した無策振りだな相手の大将は。うちの総大将とはえらい違いだ」
シンシア班班長であるシンシアはそういった。
 点呼も終わり ―シンシア班には死傷者は居なかった― 雑談に移っていた。シウスの所属している傭兵団《ベトレイ愚連隊》の総大将のベトレイは戦争とは知と知の争いであり、決して武と武の争いではないと言ってのけるほどの知将である。常に敵の情報収集を第一とし、必要とあらば、暗殺、夜襲、奇襲、奇策などさまざまなことをやってのける。
これほどの知将はまずいまいといわれるくらいの人物である。その人物が率いている傭兵団名が《愚連隊》とは皮肉が利いている。
「でもよ。相手も必死なんじゃねぇの。補給路ぶったたいて補給無くしたの俺 たちだしな」
これはラディの弁である。
「たしかにな。それはあるだろう」
すらりとした長身で長い金髪を揺らしながらディラークはいった。

ここで少し《ベトレイ愚連隊》の部隊編成に少しふれる。
《ベトレイ愚連隊》には次のような階級がある。
総大将・千人長・百人長・十人長である。
総大将はベトレイ一人で、その下に千人長である人物が3名その下に百人長が各10名その百人長の下に十人長が各10名いるのである。その十人長の下に10名の傭兵が配置される。十人長が取り仕切る一団を班といっているのである。つまり、シンシアも十人長ということになる。

「そういえば、例の作戦もうすぐ終わるんでしょ」
 どこからみても子供としか思えないほど小柄なティンが言った。
「ああ、あれがすめば、この戦も終わるだろうな」
 筋肉質の男どものなかでも一際目立つ巨漢のシユラがいった。
「例の作戦?」
 そうシウスが聞き返す。
「ああ、そういえば、シウスは知らなかったね」
といって、学者肌のルーユが説明をはじめた。
「シウスは今、攻城戦の最中というのは知っているね。」
「ああ」
「ジュランダルっていう城を攻めてるんだけど、これがまた厄介な相手でね」
 ルーユは多少大げさに身振りをした。
「どう言う風に?」
「ジュランダル城ってのは丁度、草原の真っ只中にあるのさ。だから、こちらが奇襲をかけようにも、相手からこちらの行動が筒抜けでね。だからといって強襲を掛けるほどこちらの総大将は馬鹿じゃない。でも、依頼者からの通達であと3ヶ月以内の落城が望まれている。ここからが今回の作戦なんだけど、そこで我が総大将であるベトレイは考えたのさ。さっきの話にも出てたけど補給線の断裂というものともう二つ作戦があるんだよ」
ルーユは勿体つけるように言う。
「もう二つ?」
 シウスはそこに突っ込むのも面倒だと思い、素直に聞き返した。
「そう、補給線の断裂は有効な手段なんだけど落城まで何ヶ月もかかるからね。別の手段も複合的に使うことによって効率的にしようって言うのさ。それで作戦なんだけど、ジュランダル城に奇襲をかける」
「でも、さっき奇襲は難しいって」
 もっともな質問をシウスはルーユに返す。
「まぁ、話は最後まで聞けって。もちろん奇襲はばれる。というかばれるように奇襲をするのさ」
「ばれるようにって……それって奇襲にならないじゃないか」
「そう、相手にとっては奇襲になってはいけないんだ。奇襲をかけてるように見せかけるんだからね。」
「見せかける?」
「そう見せかけるんだ。そうすることで相手の武器ー主に弓矢だねーを消費させるのと精神的消耗を助長させるのさ。篭城戦っていうのは予想以上に精神的消耗が激しいしね。攻撃されてるって思うとさらにそれは厳しいものになる。そして城外にある村とかからの補給も断つって策でもある。そして今の季節は冬だ。冬に育つ植物なんてありゃしない。だから、食料の減少をさらに助長してるんだけどね。だから、通常、冬には、特に冬の厳しい地方では戦争は行わないんだけどそこを突いているのさ。」
「で、もう一つは?」
 勿体つけるルーユに多少苛立ちを覚えながらシウスは聞く。
「もう一つは、これが本当の目的なんだけど、奇襲に気を取られてるうちに城壁の下までトンネルを掘る」
「トンネルを?」
「そう、といっても城内まで入る必要はない。だから城壁の下までトンネルを掘るんだ。城壁の下までトンネルを掘って、それを崩すことによって一気に城壁を崩す。それと同時に全軍挙げての総攻撃を開始する。これが本当の目的さ」
「でも、城内までトンネルを掘って侵入したほうがよくないか?」
 またもやもっともな質問をシウスはルーユに返す。その返答をまってましたとばかりにルーユはにやりと笑い、話を続けた。
「そのほうが確かに有効ではあるが、もし、トンネルが城内に入って発見されたりしたら? 相手に気取られてはだめなんだ。相手に気取られたら城壁を崩す前にトンネルを崩される。そうならないためにも、見つかるように奇襲攻撃をかけて本当の目的を気取られないようにしてるのさ」
 二重の構えの作戦であった。
「しっかし、総大将はすげぇな。俺っちにはそんなの思いつかねぇよ」
 ナイフで遊びながらラディは言った。
「ラディはナイフ遊びでもしてればいいのさ」
 シンシア班副長のクスターが言った。
「なにおう!」
 いきり立ったラディと相手にしようともしないクスターをティンが
「まぁまぁ、クスターも言い過ぎだよ」
と互いにいさめた。
 まるで子供の喧嘩のようだと顔を手で覆いながらシンシアは嘆いた。
「まぁ、我々の仕事は全軍突入の際以外は歩哨しか任務を言い付かってないからな、気が楽さ」
とディラークが言った。
 シウスを除く全員がまったくだという風にうなづいた。
「俺さ、この仕事終わったら、仕立て屋でもやろうかなとか思ってんだ」
 ティンが不意にそう言った。
「ほう、そうなのか」
 シンシアは意外そうに言う。
「うん、そこそこの金もたまったし、そろそろ足の洗い時かなって思ってさ」
 ティンは子供のように見えても20歳である
「ああ、そうしたほうがいい。こんなやくざな家業とっとと辞めちまえ」
 ラディは少し寂しそうにそう言った。その言葉をあとに、班員は三々五々、その場を立ち去っていった。
そこに残ったのは班長であるシンシア、副長クスター、ルーユとシウスだった。
シウスはただ単に退席の機会を逃しただけであったが……。
「ティンが辞めるか……」
シンシアはしみじみとそう言った時、クスターが口を開いた。
「おれも、この作戦が終了したら辞めるよ」
 シウスはすでに聞いていたので驚かなかったがシンシアとルーユは別だった。
「お前もか」
「ああ、辞めて隠遁生活でも送るさ。金もたんまり稼いだんでな」
 クスターの少し感傷を含んだ物言い。
「そうか……寂しくなるな」
 そうシンシアはいって傍らから酒瓶を出した。
「飲むか?」
「おお、いいね」
 それだけで、会話は終わった。後は4人で酒を飲むだけ。会話さえなかった。ただ黙々と4人は酒を飲む。それだけなのにシウスは憧れてしまった。ただ互いに酌をし合っている班長と副長、そしてルーユ。最低でもこの三人には友情がある。何も聞かずに、友人の行く末を祈っている。そう思えたからだ。その場にそぐわない自分が居ることに気づき、少し居ずらくなったシウスはテントから出た。テントから出ると空はすでに幕を下ろし、暗くなっていた。そこに立っていると夜風が体にあたる。夜風は少し酔った体には心地よかった。
‐おれにもいつかああ言う風に酒を酌み交わすことのできる
‐戦友ができるだろうか……。
 シウスは空に輝く満天の星空に向かってそう尋ねた。自分の目的から考えて、そういうことを考えている自分がいるということすら少し疑問に思いながら、そうしているとテントからクスターが出てきた。
「おう、どうした?」
 クスターは少し顔を赤らめながらシウスに質問を投げかけた。
「ん? いや、ちょっとな」
 ここで本心を言ってしまうのは恥ずかしい気がして質問の答えをはぐらかす。クスターはシウスが答えをはぐらかしたのを悟ると
「この班の連中はみんな、いい奴さ」
 そう話題を変えた。
「そうだな」
 そうして夜はふけていく。さまざまな思いを包み隠す為に世界を闇に染めながら。

     + + +

カーンカーンカーン
遠くのほうで鐘の音が鳴っている。シウスは飛び起きた。呼集の鐘である。
ただし、夜襲などの場合とは違う鐘の音であるから戦況に何かしらの変化が合ったらしい。そうシウスは思うと手早くレザーアーマーとブロードソードを身につける。
「おい、シウス早くしろ」
同じテントのラディがそういってシウスをせかす。そういうラディはとうに仕度を済ませている。
「わかった。先に行ってくれ。すぐ済む」
「わかった」
そういってラディは先に出た。シウスはそこから手甲と足甲をつけて班の呼集場所に急いだ。

シウスが呼集場所につくと、すでに全員そろっている。
「全員そろったな。指令を伝える。トンネルができた。これから半刻後に城壁を破壊する。その後、全軍突入となる。我々デンツ隊は先方を任された」
 デンツ隊とはデンツ千人長率いる部隊でシンシア班もこのデンツ隊に所属する。
「そして我々の班の仕事は開門である。本体突入のための最重要任務だ。
そのため、この任務は4班共同で行う。再集合は1/4半刻後だ。以上!
みんな、気合いれてけよ」
「よっしゃあ! やってやるぜぇ!」
 ラディはそう言いながらいそいそとテントへと戻っていった。そして他の班員たちも自分のテントへと戻っていく。
「さて、最後の仕事だ、気合をいれにゃならんな」
 そういいながらクスターも自分のテントへと戻っていった。シウスはそれを見ながら自分もテン

     + + +

 シウスがテントに戻るとテントの中には香が焚かれていた。
「香?」
 シウスが疑問に思って口に出すとラディが
「ああ、戦闘の前にはいつも焚くのさ。気分を高揚させるためにさ」
「ふーん、そうなのか」
「ああ」
 ラディは次々にナイフを専用のホルダーに入れていた。
「そんなにナイフを持っていくのか?」
 もうすでに20本近くはホルダーに入れている。
「ああ、そうさ」
 そう言いながら体に巻きつけたホルダーだけでなく手甲に仕込んであるホルダーにまでナイフをさす。その後、ふともも、足首にもそれぞれナイフをさしていった。全部で40本近いナイフを持っていることになる。
「戦場では何が起こるかわかんないからな」
 そういって腰にシュヴァイツァーサーベルをつるす。
「よし、できた」
 シウスは多少戸惑いながらその仕草のすべてを見ていた。
「シウス、お前、初陣だろ? 緊張してないか?」
「初陣ではないな。先の夜襲があったからな」
といいながらシウスは多少緊張していた。初陣とまでは行かないがそれでも戦場には2回目である。緊張しないほうがおかしい。それを見てラディは少し笑うと
「そうか、ならいい。戦場じゃあ、お前を守れるのはお前だけだからな」
 そういいながらラディはテントを出ていった。
「守れるのは自分だけか……」
 そうつぶやきながら、シウスも数本のナイフをホルダーにさし、いつも見につけているペンダントを見つめた。
「そうかもしれないな。あの時も……」
 シウスはなにかを振り払うかのように首を振り
「しかし、俺はやらなきゃならん」
 そう一人ごちて、自分の愛剣のグリップを握り締めた。そして、なにかを振り払うかのように今度は全身で振り返りテントを出ていった。

     + + +

 すでに目の前には崩れ去った壁が見える。
怒号・悲鳴・剣戟音、戦場独特の音が流れている。
そのどれをとっても従来なら聞くことのあまりない大音量で流れている。
遠くの方で破砕音が聞こえる。魔法部隊が突入をかけたのだろう。
そんな音を聞きながらシウス達、シンシア班はジュランダル城に突入をかける。城内に侵入する前にシンシアが
「目標はただひとつ、開門だ。死ぬなよ」
そう声をかけて、崩れかけた城壁に足をかける。
その瞬間、城壁で爆発が起こった。シンシアはその一瞬でこの世界から姿を消した。正確には、人間が肉片に化した。
「トラップだ!」
 誰かがそう言った。
 しかしシンシア班班員たちは一瞬ひるむものの、死の恐怖と強大な破壊欲という戦場の狂気が班班員たちの足を前に進ませる。
近くで剣戟が聞こえる。シウスは無心に門へと向かってひた走っていた。確認できるのは前方にいる。シユラ、クスター、ルーユ、そしてラディである。後ろのほうでまた悲鳴が聞こえた。それでもかまわず突き進む。城門に近づくにつれ、弓兵や歩兵、槍兵などの姿も増えてくる。増えてくるということはそれだけ戦闘が増加するということだ。
「くそっ、数が多いぞ」
 そんなどうにもならないことを叫びながらラディは器用にナイフで戦っている。一人二人、戦闘に参加していって、門の開閉装置にたどり着いたときにはシンシア班班員はシウス・ルーユ・クスターの三人であった。門の反対側には敵の猛攻を押さえている違う班員が見える。
「あけるぞ」
 周りの戦場の音に負けないくらいの大声でクスターが反対側の傭兵に声をかける。
 その傭兵は
「応!」
と剣を振り上げ、敵を屠り、城門の開閉装置に手をつけた。
「1、2、3!」
 そう言うと一気に開閉装置を操作した。木が軋む音と鎖と石がすれる音が聞こえる。
「1、2、3!」
 もう一度、開閉装置が回る。
少し門が開く。
 そのとき、敵の攻撃が激しくなった。
シウスは敵に応戦するために開閉装置から離れる。シウスに近づいてくる敵は6人くらい。シウスは敵に切りこんだ。

―負けられない。ここで負ければ、全軍に影響が出る。

そう思いながら敵を屠っていく。

―敵、右!

右下から多少、切り上げ気味な攻撃に対し、剣で受けながら拳で相手の顔面を強打する。
スパイクがついたナックルを装備しているため、敵の顔面は一瞬にして血で染まる。

―左!

左後方、8時の方向から敵が攻撃してくる。
一瞬で振りかえる、振りかえりながら剣を振る。敵が倒れる。
少しづつ理性の欠片がブロードソードの血抜き溝から零れ落ちるかのように、だんだんと何も考えられなくなる。
何か考えている余裕などないのだ。
1対多の戦闘である。唐竹に切りこんでくる敵に対しては水平に薙ぎ、
水平に切り込んでくる敵に対しては剣で受ける。そんな条件反射の繰り返し。

     + + +

いったい、どれくらいの時間をそう繰り返しただろうか。
気がつけば、勝鬨の声が聞こえる。城には《ベトレイ愚連隊》の旗が舞っていた。
「勝った……のか?」
「そうみたいですね」
 不意に後ろから声が聞こえる。
そのとき初めて、シウスは自分の周りが見え始めた。そしてはじめに目にしたのは山積みの死体であった。
「敗残兵の掃討が始まったようです」
 城壁からその様子を見下ろしながらルーユはそう言った。そのとき、シウスの頭の中にはさまざまな思いが交錯した。死体と化した人間への憐憫、同族殺しという恐怖、自分の夢。なんと利己的なことかと第三者的に見ている自分。そんなシウスを見ながらルーユは少し微笑んだ。
「それでいいんです。それが人間です」
 全てを見抜いてるかのごとく、ルーユは言った。
「悩むことはすごく人間らしいです」
とも付け加える。そこから至極まじめな顔をして
「しかし、人間の心は壊れているのかもしれません。
そんな悩みを抱えながら、他人を殺しているんですから……
まるでウロボロスの様です」
 そのとき、初めてシウスはルーユを見た。ルーユの目には深い憂いと悲しみが宿っていた。そんな目を一瞬したかと思うと、シウスに向けて笑みを浮かべ
「さっ、行きましょう。班の点呼があります」
 そういってルーユは新たに張られた陣営に向かい歩いていった。
「心が壊れてる……か……」
 シウスのつぶやきは、微かに血の混じった風にかき消された。

「はぁ……はぁ……」
 テントの中に入ったシウスにまず聞こえたのは苦しそうな声だった。その声の主はクスターであった。
ルーユはてきぱきと治療を行っている。
テントに入ってきたシウスを見つけるとクスターがシウスを呼ぶ。
「俺の夢、覚えているか」
 第一声でそういう。
「ああ」
 シウスがそう答えるとクスターは地図をシウスに差し出す。
「この場所が、俺の夢の場所だ」
 苦しげに微笑みながらシウスにそう言う。
ルーユはその間も傷口を麻の糸で縫っている。
「もし、俺が死んだら、俺の剣をこの土地に埋めてくれ。俺のかわりにこの剣を」
といって、傍らに立てかけてあるロンパイアを指す。
「そんなことをいうな。自分の足でその土地に行けばいいだろう」
 少し怒りながらシウスはそう言った。
「俺にはもう無理だ。この傷じゃ、歩くことはできんし、それに俺はもう長くない」
 シウスは強く首を一回振り
「そんなことはない。お前はまだ生きられる」
 そう言いながら、クスターの片足がないことにシウスは気がつく。
「そういうな。俺からの最後の頼みだ。俺の夢を語ったのはお前しか居ないんだから」
 苦しげにそう語るクスターを前にシウスはうなずくしかなかった。
それを見たクスターは満足げに微笑む。
そのとき、すでにルーユはあきらめたのか治療を施すを止めていた。
ルーユは水受けに入っていた水で手を洗いながら
「よかったですね。クスター」
という。クスターは
「ああ、これで安心できる」
 そういって、一度大きく息を吹き出し、そのまま息が止まった。
「? おい、クスター」
シウスはよくわからず、クスターに声をかけた。
「シウス、クスターは死にました。静かに送って上げましょう」
シウスはルーユにかまわず、声をさらにかける。
「おい、クスター、息をしろよ」
問いかけに対する答えはない。
夢の途中での死という挫折。立ち直れない挫折。それを今クスターはしたのだ。そして自分では立ち直れないから、シウスに自分の夢の成就を頼んだのだ。
シウスはクスターを見ながら
「また、死ねなくなった」
そういった。
ルーユはその言葉を聞き流し、
「さ、葬儀の準備をしましょう」
軽くそういった時のルーユの目をシウスは一生忘れられない。
悲しみ、憂い、嘆き、絶望、そんな負の感情が綯交ぜになった瞳を……。

―― 俺はそれからしばらくはその傭兵団にいたがその後傭兵団をやめたよ。
今でも忘れられないからさ。あのときのことが。
あの時、生き残ってたシンシア班班員は俺とルーユ、そしてラディだけ。
シンシアも居なくなってたから、シンシア班は即時解散。
ラディやルーユがどうなったかは俺は知らない。
えっ? ロンパイアを何故クスターの夢の場所に埋めないかって?
そいつは無理さ。何せ、地図はクスターの血で染まって見えなくなってたんだからな。
だから、俺はクスターの夢の場所を探すために世界中を旅ができる冒険者になったのさ。
ま、それ以外にもいろいろ有ったんだけどな……。
そいつはまた別の話さ。
おっと、すまねぇ、湿っぽい話になっちまったな。
まぁ、酒でも飲んでパッとやろうぜ。



あとがき:
どうも、シウスPLのlukiaです。なんかこう、cielと雰囲気違うからどうしようとか思ってます。 ある意味、コンセプト的にはあってるのだろうけど、なんかこう、雰囲気が違うというか毛色が違うなぁ、とも思ってます。「こういうのも有りやん」とかってあっさりしてもいいのだけども、 なんかこうほかのプラリアに比べて暗いような、いや、暗すぎるような……。そして文章も拙いような(これが本音/苦笑)
しかし、久々に自分の中で納得できるものが出来たと思います。文章の拙さはいかんともしがたいので、内容的にですが。