フォリルの物語 『独白』

……
それから、一番大事な思いで、と言うことだが……やはり、シドだ。
シドの姿、歩き方、ちょっとした癖、口調、その話していた中身、全てが。
もう、思い出でしかない。
ただ、一番と言われるなら。
シドの死んだ、あの夜の事だ。

私達は、少々有名になりすぎた。私達の話には、反帝国感情と結びついて、どんどん尾ひれがついた。
帝国商人だけを襲う義賊、これも嘘だ。あの焼け跡の中では、帝国商人以外に金のある者などだれもいなかったからに過ぎないのだが。
一人歩きしはじめた噂は、帝国の警戒心を刺激した。
彼らは治安維持の為に、私達を追おうとした。本気で。
最後の大仕事を一つ、それで私達は解散しようと決めた。そうしなければ、命が危ない。もう状況はそこまで来ていた。
お誂えむきの仕事があった。外国から、船荷が入る。
それが、船着場をいくつにも分けている。荷揚げも夜間だ。人夫の募集もない。
何か、ひた隠しに隠している。
密輸だ。私達の誰もがそう思った。
金か、宝石か。
それを頂いて、皆で分ける。それから、解散して他人になる。それで、終わりだ。
終わるはずだった。
その夜。
私は現場から離れた、森の入り口で待機していた。私の担当は、いつも陽動なのだ。
いくつかの小細工で、追っての目をごまかし、全く別の方向に誘導する。つまりは、仲間が逃げるまでの時間稼ぎだ。
それが。なぜか荷も奪わずに皆が逃げ始めた。しかも、ばらばらに。いつもの統制のとれた動きとは、全く違う。
ひどい勢いで、シドが馬を走らせてきた。
「何があった?!」
「武器だ!!金じゃない、武器だ!!急げ、フォリル。殺されるぞ!!」
密輸ではなかった。
街に駐屯したのは、金で動く傭兵隊だった。そして、彼らは帝国の犬ではなく、自分達の国を作ろうとして。
密かに、クーデターをたくらんだ。それには、武器が要る。極秘に荷揚げしようとした武器。
その情報を私達が掴んだ。
そして、奪いに行った。誤解したまま。
追跡は巧妙で、執拗だった。当然だ。相手は傭兵、戦いのプロの上に、帝国に知られれば自分達の命にかかわる。
馬のいななき。喧騒。それに、船着場にあがる炎。
私はシドと並べて馬を走らせた。馬のたてがみに顔をうずめる、妙なシドの姿勢。強い血の匂い。
「シド、おまえ」
その時初めて気がついた。シドの背中が、背骨に沿うように縦に大きく切り裂かれている。
「大丈夫だ、それより早く!」
森は深まるにつれ、樹海に近くなる。道は途切れ、よほど森になれた土地の者でなくては、到底抜けられない。
あそこまで、たどり着ければ。
たどり着けさえすれば、助かる。
大丈夫だ、と言った。シドは、大丈夫だと言った。
それに。炎が私を狩り立てる。港を焼き、僧院を焼き、穏やかだった私の生活全てを焼いたのと同じ炎が、私を狩り立てる。
炎から、逃げる。死から、逃げる。体中を冷たい汗が覆う。
火の粉の匂い、物の焦げる匂い、そしておそらく、死体の燃える匂い。
それが、次第に枯れ葉の乾いた匂いに変わり、炎の熱さが、森林の静かな冷気に変わり、夜の闇が朝焼けに取って代わられる頃。
「もうすぐ湖だ、なんとか・・・」
振り切れたらしいな、と言いかけて、シドを振り向いた頃。
ほんの1秒かかってはいまい、それでも私には妙にゆっくりと見えた。
シドの体が、妙な反り返り方をしたかと思うと、馬の背からずり落ちた。
私は地面に落ちかかるシドの体を抱きとめた。
まだ、息はあった。私は上着を脱いで引き裂くと、シドの傷口を強く縛った。
今更ながらの、止血措置。間に合ってくれ。頼むから、間に合ってくれ。
固く閉じられた目。血の気のない頬。
もう一度目を開けろ。おまえはミリアムを妻にするんじゃなかったのか?
目を開けろ。そうすれば、私の命をやるから。
物言いたげに唇が開かれ、それから、激しい痙攣がシドの全身を襲った。
その痙攣が何を意味するか、私にはわかりすぎるほどわかっていた。
何も、言わずに逝った。私を見も、しなかった。
報いだ。
単純な止血措置一つせずに、シドを死に追いやった私への、これが報いだ。
私が殺した。炎が恐ろしくて、シドを殺した。
あの時、馬を降りて包帯一つ巻けば助かった命を。
自分が助かりたくて、見殺しにした。
医師を名乗りながら、親友が体中の血を吹き出して、死んでいくのを黙って見ていた。
湖のほとりまで、シドを抱えて行って、血で汚れた顔を清める。
私達の気配に、夜鳴きうぐいすが一度に飛び立った。
穏やかな表情。死ねば、魂は鳥になるという。あの群れの中に、おまえもいるのだろうか。
大きく枝を張った樫の根元に、私はシドを眠らせた。そして、私の心もシドと一緒に埋葬した。
シドは嫌がるだろうが、私もまた、あの時に死んだのだと、今でもそう私は思っている。

いつもながら、長い話になった。
すまなくは、思っている。