レイスの物語 『旅立ち』

「静かだな…」

大陸の、とある王国の北に位置する、小さな村落。
地図にもかろうじて載る、といった程度の村ではあったが、村人達は自然を敬い、静かに日々の暮らしを営んでいた。
そんななか、村の中央にある木のそばで、少女―レイスは一人立っていた。
今は深夜になろうとしているところ。村はすっかり闇に覆われ、もう家の明かりもほとんど灯されていない。彼女の姿も見えることはないだろう。
「もう、この木ともお別れだね」
今日、彼女は旅立とうとしていた。
誰にも告げることなく、たった一人で。

レイスはこの村に住むある夫婦から生まれた、はじめての子供だった。
年の割には落ち着きすぎるきらいはあったが、弟妹達の面倒をよく見る、普通の少女だった。しかし−

『あの子はなぜ、女の子のままなんだい?』
『他の子供達にはそんなことはないのにねえ…』
 20年ほどたって、村では彼女に対する噂がささやかれるようになった。
『まさか、本当の子供じゃないんじゃないか?』
『それはないだろう。どう見たってあの夫婦の子供には違いない』
『けど、この間うちのガキが見たって言うぜ。ひとりでに風を起こしたり、ピカピカ光る虫みてえなもんがあの子の周りをうろついてたってな!』
『今はともかく、近いうちに何かやらかすかもしれないじゃないか…』

「…だから、自分はここを出て行くよ」
誰に言うわけでもなく、レイスは呟いた。
生まれて20年は経つというのに、レイスは10歳ぐらいの子供の体のまま成長しなくなっていた。
再び、彼女は木に話しかける。
「何かの本で読んだんだけど、大陸には人間とは違う色んなヒト達がいるんだって。もしかしたら…」
 ざあっ。
 風が木を揺らし、彼女の周りには光の粒がぐるぐるとまわっていた。
突然目覚めた、不思議なチカラ。ちょうど年を取らなくなったころに発現したもの。
家族は彼女に対して特に何もいうことはない。しかし、昔と比べて、自分に対する態度は確実に違ってきているように思えた。
 同情と、畏怖。
そんな眼で見られるのは、彼女にとってもつらかった。

「『これ』がなんなのか分かるかもしれないし、自分が『何』なのか知ることができるかもしれない…じゃあ、さよなら」
 そう言って、木に背を向け歩き出そうとしたとき。

(自分の居場所を見つけること。そうすればあなたは)
「……え?」
 誰かにささやかれた気がして、レイスは足を止めた。
「気のせいかな…」
あたりを見回してみても、たださきほどまで立っていた木があるばかりである。
「…まあいいか。さてと、明日の朝までにどれくらいいけるかな」
光の粒をまとわせたまま、彼女は早足で歩き始めた。

居場所を見つけること。
この言葉の意味を彼女が理解するのは、ずいぶん後のことである。


あとがき:
特に何年前のことかは設定していません。村自体は今も存在していて、彼女も何度かは訪れているようです。今は多少彼女も成長していますが、それはまた次回にて…