レイスの物語 『ムゲン』
―彼は自分を必要としてくれていた。
たとえそのうちここを去ることになっても、彼のために自分のできることをしよう。
それだけで私は満足していたのにー
え? この国のことについて知りたいって? 物好きなヒトだね、あんたも。
こんな老いぼれに聞くより他所へ行ったほうが早いだろ?
どうしても聞きたいって…あんたも暇な人だね。
まあいいさ…あれは…そう、もう60年は昔のことだね。
今は国のど真ん中に湖があるけど、昔はそんなもんはなかった。
美しい、それは美しいお城があったのさ。
周りにはこう…ぐるっと水路が張り巡らされていて、庭園にも池があって…そこには色とりどりの花が植えてあったんだ。
私はそれなりの家で生まれてたから、お城の侍女に上がる話が来た時は、とても嬉しかったねえ。
けど、実際にお城へ入った後は三日で逃げ出したくなったね。
その当時の王様にはもうお后様は亡くなっていて、何人か側室がいらっしゃった。
しかもそれぞれにお子様がいらっしゃったもんだから、皆自分の子供をなんとかして王位につけようとしていて、毎日争って…ま、よくある話さ。
私はその内の1人の方から生まれた姉弟に仕えることになったけど、妙に浮世離れした方々だった。
せいぜい演奏会を開くことぐらいしかしなかったからねぇ。
ま、両親の手前逃げ出すわけにもいかなかったから、それなりにお二人に仕えてはいたよ。何年かたった後、王子様が変わった子を連れてきた。
12、3歳ぐらいの、綺麗な緑色の髪と、琥珀色の瞳をしていた女の子だったね。
なんでも、南の町で竪琴を持って演奏していた所を王子様が気に入られたとかなんとか。
「もう忘れ去られたはずの不思議な伝承も知っている。これはぜひ記録に残したい」
そういって無邪気に笑いなさる横で、その子は淡々とした表情で立っていただけだった。
その子のことかい?
あまり自分のことを話さない子だったね。
どっかの山の中に住んでいて、旅に出た後はあちこちを渡り歩いていたとかなんとか。
魔法の力も多少はあったみたいだけど、特に気になるほどでもなかったからね。
それから1年ぐらいはその子と一緒に色んな所の伝承や歌について話し合うようになった。
王子様もしまいには王家に伝わる竪琴までお与えになるぐらい、その子を気にいっていたみたいだった。
銀色の、とても綺麗な音色を奏でる、水竜様を象った竪琴だったね。
…皮肉なもんだね。
ただ王子様は純粋に音楽が好きなだけだったのに、大人しくしているだけだっちた王子様が色々やり始めたもんだから、他の連中には王位を狙っていると勘違いされたのさ。
だから王様が亡くなった時、ある方が皆を煽って攻め込んできた。
(…王女様と逃げてください。私は、あの方が心配です)
王子様が囮になったから、王女様と私達はうまく城を出ることが出来た。
けど、あの子は途中まで逃げてきたのに、引き返していったんだよ。
その後は…あの時の恐ろしさは忘れられないね。
雷が城に落ちたかと思うと、途端に雲があたりを覆って…そのまま竜巻やら大水やらが出て…そこら一帯があっという間に沈んでしまった。
私は見たわけじゃないけど、人によっては水竜様が天へ駆け上がるのを見たとかなんとか…
とにかく、王子様も他の方々も…たぶんあの不思議な子も、みんな水の底に沈んでしまったのは確かだね。
…それから後は、本やらにも書いてある通りだよ。
ただ1人生き残りなさった王女様は、隣国の王子様とご結婚なさった。
あれだけ弱々しかった王女様なのに、それからはご立派に政治をなさったから、今この国も栄えているのさ。
私もうまいこと玉の輿に乗ることができたから、こうしてのんびりと楽隠居ができる…と、まあこれは関係ないね。
…私の話はこれで終わりさ。
今度水竜様を祭る宴があるらしいから、いってみたらどうだい?
あんたみたいな人間がいっぱい集まって、やかましいぐらい賑やかな祭りだよ。
―あの時、彼はまだあどけなさの残る顔を真っ赤に染め、血まみれで倒れていた。
それを見た時、私の頭の中は真っ白になり…それから先は記憶にない。
次に気がついた時には、私は湖のふちに立っていた。
傍らには、彼からもらった竪琴が転がっていた。
…ただそれだけが、転がっていたー
あとがき:
一人称の文章は難しいということを思い知りました…登場人物に固有名詞をつけなかったのはこの方が色々想像できていいかなと思いまして。分かりにくかったらすいません。
特に時代設定はしていませんが、そんなに大昔のことってわけではないです。
タイトルは…まあバレバレですがW杯のテーマ曲から。CD借りてからはじめて歌詞を知りましたが、けっこう深い意味が隠されていたのですね〜
