序章 秘密の花園
■Hrathnir
ランドニクス帝国皇帝没。
13の帝国諸侯は互いに皇妹皇妃をおしたて、ランドニクス全土は帝位継承の内乱に揺れた。
血にまみれた剣の上に《12の和約》を掲げ、赤い平和の礎を築いたのは、まだあどけなさの残る少年。
失踪した第2皇妃の残した末子、その名をアンタルキダス。
《12の和約》後、彼は《大陸》全土に大侵攻を開始。《聖地》アストラを保護下に置き、大神殿にて大陸統一王朝ルーンの復活を宣言した。
ルーンの玉座についたその夜、若き統一王は謎の失踪を遂げる。
しかしそのことを知る者は限られていた。
側近たるランドニクス若獅子騎士団と、聖地を守護するアストラ神殿騎士団は、統一王の行方を求めて極秘に精鋭を差し向ける。
来るべきものにはそれが合図だ。
蒼穹に輪廻を描く白い鳥。
■Dolphine
「ねえねえ知ってる? 《満月の塔》のはなし!」
「知ってるさ知ってるさ、ばあちゃんに聞いたことあるもんな!」
「じゃあ《満月の塔》にのぼれたらどうする?」
「決まってるだろ、願いをひとつだけ叶えてもらうんだよ!」
「じゃあこれは知ってる? ランドニクスの兵隊が、《満月の塔》を本気で探してるんだって!」
「うっそだあ。ランドニクスの皇帝なんて、なんでもかんでも持ってるじゃないか!」
路地裏。街角。森の木陰。川の水面。
白い鳥が蒼穹に輪廻を描く。動かぬ大地には同じ形の影を落として。
「あ、伝書鳩!」
路地裏のこどもたちが、空に指を伸ばす。
あるいは街角で、青年がふと空を見上げる。
戦場の片隅で、疲れた兵士が傍らを見やる。
すぐそこに、ほら。
白い伝書鳩。
あなたに宛てたメッセージを携えている。
「白い鳥が見えた人は、幸せになるんだってさ」
「それ本当? どうしてそんなことわかるの?」
「白い鳥についていった人が、だあれも戻ってこないからね」
手を伸ばせば、ほら。
白い伝書鳩が。
見えるでしょう?
神殿の庇。噴水の傍ら。古城の屋根。峻峰の彼方。
倦み疲れた旅人が、愛を失った恋人が、病に伏した詩人が。
見上げた蒼穹に、輪廻を描く白い鳥。
「皇帝なのにどうして《満月の塔》を探してるの?」
「そんなこと知るもんか。行って探して尋ねてみろよ。何がほしいんですかって」
「競争するかい? どっちが先に《満月の塔》を見つけられるか」
「いいとも。どっちが先に白い鳥を見つけられるか、やってやるさ!」
■Galahad
今 あなたがいる場所は、
あなたが 望んだ 場所ですか?
白い鳥に導かれ、あなたは扉を開ける。
姫君たちの待つ《島》で、あなたの物語を語り継ぐために。
あなたが あなたでなくなるまえに。
■La finale
近くて遠い、忘れられた場所。とある孤島の大きな館。
「随分強く吹くのね、今日は」
いびつな椅子に身をゆだね、姫君のひとりが呟いた。
そのことばはいんいんと、古き館にこだまする。
「まろうどが来るのです」
黒髪黒服を身にまとう、背の高い女が呟いた。
そのことばは冷たい炎のごとく、女の仮面にはりついた。
「……伝書鳩が飛んでいる」
奇妙にねじれた角を持つ、半裸の男が呟いた。
「もうじき、着くだろう」
そのことばは押し殺されて、水滴る足元に沁みを描く。
背の高い仮面の女。角を持つ半裸の男。奇妙な髪型のふたりの姫君。
「ジニア、マロウ。出迎えを」
機嫌よく喉をそらして、姫君のひとりが僕に命じた。
あるじの仰せに従って、ふたりの従者が膝をつく。
ジニアと呼ばれた仮面の女は、静かに扉を開け放つ。
マロウと呼ばれた半裸の男は、無言で嵐の外へ出る。
片やの姫君は、ものうげに待っている。いびつな椅子に身を任せ、彼らが辿り着く時を。
外壁を打つ雫。外は激しい嵐。黒々と木々が揺れ、葉をざわめかせている。
その音までは室内に届かない。壁を隔てた館の中は、古色の静寂に満たされている。
姫君の喉を溢れた笑い声すら、やがては暗がりに飲み込まれゆく。
「飾り耳。飾りの尾。飾りの毛皮に、飾りの首輪……」
ころころと笑いを喉で転がしながら、姫君が簾を上げた。
「もうすぐ彼らがやってくる。彼らはどんな物語を知るのかしら?」
座ったままの姫君のもとへ、片やは戻りて腰掛ける。
仮面の女が灯していったろうそくが、ふたりの姫君をかすかに照らし出す。
「さあおいでなさい。まろうどたちよ。まろうどたちの物語よ」
姫君と姫君の輪郭が、淡く赤く重なりゆく。
ろうそくの炎に照らされて、ふたりの影はいびつに歪む。
高々と結い上げた髪と髪。絡まりあって、黒い絵文字となる。
飾り耳。飾りの尾。飾りの毛皮に、飾りの首輪。
此度のまろうどは、どんな姿に身をやつすでしょう?
見事演じてもらえるならば、叶う願いもありましょう。
■...Te Deum
月光を背に浴びて、強い嵐に抱かれて、白い鳩は最果てを目指す。
夕陽のような宵闇の中、旅人たちは辿り着く。
仮面の女と捻れ角の男、そしてふたりの姫君が待つ場所へ。
その場所に名前はない。
しかし或る旅人曰く、《贖罪の島》と。
そして此度の旅人は、自らを演じる飾りを選び取る。
第1章に続く
登場人物たち
- ジニア
- 顔の左半分を仮面で隠した若い女。背が高く、長い黒髪と長い黒スカートを纏う。姫君に仕えており、館のすべてを取り仕切る。
- マロウ
- 奇妙に捻れた飾り角を頭部につけた若い男。褐色の肌、翠玉の瞳。姫君に仕えており、海と森を取り仕切る。
- ふたりの姫君
- 双子のようによく似ている、館のあるじたち。抜けるような白い肌、幾重ものひだのある絢爛な衣装と、高く結い上げた奇妙な髪型が特徴。
第1章の指針+補足
すべてのキャラクターは、「白い伝書鳩に導かれて《島》へとやって来た旅人」です。この《島》では、客人に奇妙な装飾品を身につけさせるという決まりがあります。そんなわけで、あなたのキャラクターも何かひとつ、角だの鱗だの尻尾だの帽子だの仮面だの……を身につけることになります。もちろん、それを拒否することもできます。
以上をふまえ、次章の行動の目安として以下の指針を設けます。もちろんやりたいことがある場合は、指針にこだわらず自由に行動してもかまいません。ただし、複数の指針にまたがる行動は成功しにくくなりますのでご注意を。「遊び方:アクションの書き方」も参考にしてくださいね。
- 1.ジニアに関わる
- 2.マロウに関わる
- 3.ふたりの姫君に関わる
- 4.館の中を探検する
- 5.館の外を探検する
- 6.我が道を行く
マスターより
《大陸》のすみっこからこんにちは、お久しぶりですみやたです。
薄暗くひそやかに、妖しげな雰囲気でお送りします。序章は韻文を意識してみましたが、いかがわしさが伝わりますでしょうか。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この物語は「Archive」にて連載しております「《大陸》の物語」と舞台を同じくしています。雰囲気の参考にしてみてください。マニアックですみません。
予定通り(?)のランドニクス内乱、そして時あたかも《大陸》大侵攻。これまでの秩序が大きく崩れ、影を潜めていたものたちが跋扈する時代。大きなうねりを横目に、舞台は絶海の孤島、《贖罪の島》へと移ります。これまでのシリーズと異なり、ひとつの小さな島が舞台ですから、スケール感よりも登場人物たちの動きと感情に焦点を絞った描写が多くなると思います(「人間ドラマ」です)。
物語の中でキャラクターたちは何を見、何を思うのか。7章を終えた後、彼らはどう変わるのか。一緒に楽しんでくださる方、募集中です。
それではまた《大陸》で、お会いできますように。