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序章 パルナッソス調査隊

■Scene:パルナッソス

 ごつごつとした台形の丘が、いくつも連なっている。岩肌はむき出しで、その天辺は平らだ。テーブルのような丘が並ぶ様子を見て、はるか昔の誰かがつけた名前が、そのまま今も残っている。曰く、《神の教卓》と。
 東側の斜面はなだらかで、その先の砂漠へと続いている。厳しい気候のため緑少なく、白茶のうねりがどこまでも続く中、陽炎が浮かび上がり、ゆらめいて、やがて消える。
 《神の教卓》として並ぶ丘のひとつに、わずかな建物が身を寄せ合っていた。
 聖騎士団領第24教区パルナッソス。
 あるいは単に、パルナッソス。ちっぽけな学舎があるだけの街である。
 殺風景な街角は、統一王朝が復活する前も復活した今も、さほど変わってはいない。住人といえば、《精霊の島の学院》からはるばるやって来た学士たち。《聖地》や《王都》からはるばるやって来た神官たち。施療院で面倒を見ている病人たち。そして孤児院で世話をしている子どもたち。
 《旅人たちの街道》から砂漠を突っ切ろうとする酔狂な商隊は、もう少し足を伸ばす。彼らには、《精秘薬商会》の窓口がある宿場町、ラハのほうが都合がよいためだ。半日も歩けば、旅の疲れを癒す遊び場にも事欠かない街に着くのだから、あえてパルナッソスに立ち寄る理由もない。

■Scene:学舎

「……辛気臭い街だねえ、いつ見てもゾッとする」
 パルナッソス教区長アダマスは、自室の窓から通りを見やって呟いた。専用の革張り椅子で大きく伸びをする。
「皆、何が楽しくて生きてるんだろうね」
 アダマスが椅子をくるりと回して執務机に向き直る。咎めるような視線を送っている側近の女性に、アダマスは尋ねた。
「どう思う? カッサンドラ君」
「どうって、皆、生きていくために生きているんですわ。統一王朝が復活して十年、人々の生活は何も変わっておりませんもの……帝国との戦争がなくなったほかは」
 淡々とした口調で答えるカッサンドラ。
 戦争ねえ、うん。
 アダマスはそう繰り返して再び窓の外を見た。杖をついた老人がゆっくりと通りを横切っていく。学士の二人連れが道端で口論している。孤児院の子どもたちが数人、鬼ごっこだろうか、おおはしゃぎで遊んでいる。
「予言もいまだ成就せず、か」
 アダマスの視線につられ、カッサンドラもその先を見た。
「所詮、御伽噺だったのですわ」
「神々の帰還も、至福の時代の到来も、何もかも? 今日はまた一段と悲観的だねえ、カッサンドラ君」
「現実的とおっしゃってください」
「ふむ。訂正しよう……女は現実的な生き物だねえ」
「ところで盾父(しゅんふ)」
 カッサンドラは、延々と続きそうなアダマスの話を打ち切るべく尊称で呼んだ。
「ん?」
「例の調査隊のことですが」
 書類の束を手際よく机上に積みながらカッサンドラは言った。
「ご指示のとおりラハの《精秘薬商会》に依頼しておきました。ほどなく人手は集まるでしょう」
「《精秘薬商会》ね。あそこはなかなか使えるだろう? 特に、規律を破りたくなったときにもうってつけなんだが、知っていたかね、カッサンドラ君」
「ええもう。何遍も伺いました」
「そうか。いやラハの銘酒は絶品でね……おお、これがその、人材募集広告か」
 アダマスは目を細め、書類を手に取った。そのまま書類と顔との距離を図るように動かして、彼は尋ねた。
「カッサンドラ君。眼鏡を持ってきてくれたまえ」
「盾父」
 カッサンドラは表情を変えずに答えた。
「眼鏡ならば、頭に載せてらっしゃいますわ」

■Scene:孤児院

「おい、聞いたぞ! 今度の話は確かだぜ!」
 柱の陰で、ひとりの少年が仲間たちに合図する。十人ほどの少年少女たちが、そろそろと日陰を伝って集まってくる。
「本当に確かな話なんでしょうね、クレド」
 年かさの少女がひとり、少年に向かって顔を突き出す。
「ホントだってばグロリア。ついに、オヤジが冒険者を集めるらしいんだ」
「えっ。ってことは……」
 思わず声をあげるグロリア。クレドは彼女の口をがばと押さえて、身を低くした。周りの孤児たちも彼にならう。
「間違いないぜ。あそこへ調査隊を派遣するんだよ、絶対!」
「潜り込む気ね、クレド?」
「もっちろん。こんな面白いこと、黙って見過ごせるもんか」
「そりゃそうよね。あたし、坊さんの説教話にはウンザリしてたの」
「俺だって」
 そして。ふたりは同時に仲間たちを振り返った。
「「他に、一緒に来る奴いない?」」

■Scene:《精秘薬商会》

 黒竜のため息や薔薇の精油といった錬金術の調合材料を、手広く商っているのが《精秘薬商会》である。
 だが取り扱う商品はそれだけではない。情報交換に、冒険者の斡旋。《大陸》全土に早馬網をめぐらせ、人と物と情報を仲介する万屋でもある。こちらの業務のほうが、本業よりも有名なくらいである。
 統一王朝が復活しようとなかろうと、人々の暮らしがあれば揉め事もまたしかり。という訳で、たいていの街で《精秘薬商会》はそれなりに繁盛しているのであった。
 ラハの支店にその依頼が舞い込んで来た時も、さして広いと言えない店内は、仕事や情報、あるいは酒や刺激や危険な恋、ともかく何かを求めている人々でごった返していた。
「えっ。パルナッソスのエライさんからの仕事?」
 さっそく掲示を見つけた旅人の一人が、大きな声をあげた。
 店主はうなずき、そんなところから依頼が来たのは初めてだが冷やかしではないらしい、と請合う。
「よっしゃあ。いよいよワシの出番じゃなあ、コレは」
 カウンターの老人が立ち上がり、景気づけといわんばかりに杯を一気に干した。
 途端に身体はふらつき、周りの若者たちに助けられる。見れば老人の顔はすでに真っ赤に出来上がっていた。
「よしなよじいさん。無茶だよ」
「無茶か無茶でないかは、ワシが決めるこっちゃろうが」
 老人は酒臭い息で息巻いたが、実際にはもごもごという唸りしか聞こえなかった。
「よく読みなって。ほら、適性試験があるんだってよ。そんななりじゃあ、いくら腕を鳴らした勇士さまが乗り込んでいっても、適性無しで断られるのがオチだよ」
 若者のひとりが諭す言葉に。元勇士らしき老人は噛み付いた。
「テキセイシケンだと? しゃらくさい、そんなもん通るに決まっとろうが! ワシを誰だと思っとる、泣く子も黙るホールデン様だぞ!」
「……知らねえ」
 若者はやれやれと肩をすくめて呟いた。この手合いには関わらないほうがよさそうだ、と思ったらしいのがそのまま顔に出ていた。
 ホールデンの足元で、金色の毛並みを持つ大きな犬が、キイキイと軋んだ鳴き声をあげる。
「よしよし、心配せんでもまだまだワシは現役だとも……なあ、スィークリール」
 そう言って、しわだらけの手で獣の頭をなでる。スィークリールは大人しく尾を振った。
 若者が驚いたことに、スィークリールの尾はカタカタと螺子を巻いたような音を立てた。金色の犬は、からくり仕掛けであるらしい。  ホールデン老人は、壁に鼻先がつくほど顔を近づけて、食い入るように掲示の文章に見入っていた。
 曰く――

『パルナッソス近隣地域学術調査隊員募集
 砂漠及び特殊気候内で長期調査を行います
 老若男女問わず、ただし適性検査あり

         パルナッソス教区長・アダマス』

■Scene:再び、学舎

「来るでしょうか」
「来るさ」
 いぶかしげなカッサンドラとは対照的に、アダマスは自信ありげな口調で答えた。
「統一王朝が復活して、暇になった奴らはゴマンといるのだからね。いつの世にも、そういう連中はいるものさ。暇というものに耐えられない連中が……」
「せっかく手に入れた平和で自由な時間だというのに、ですか」
「平和や自由というものに人間は耐えられないんだよ、カッサンドラ君」
 少し顎を逸らして、アダマスは砂漠の先をみた。
 強い風が砂煙を巻き起こしている。ゆらめく陽炎が、不意にはっきりと形を取った。だが一瞬のこと。すぐに陽炎は砂煙にかき消される。丘の上までは砂嵐は来ない。箱庭を見下ろす神にも似た気持ちで、アダマスは調査隊の成功を想像しようとした。
「せいぜい、役に立ってもらおうじゃないか」
「適性ある者が現れれば、の話です」
「来るさ」
 アダマスは確信を持って繰り返した。

 そうして新しい物語が始まる。
 これはあなたの物語。
 あなたと誰かの物語。

第1章に続く


マスターより

 ようこそ《大陸》へ。そしてはじめまして、アカツキクロエです。
 あっ。名前変えてみました。気分転換です。
 あるいは……ずいぶん長いことお待たせしました。これをやらなきゃ2007年は越せません。
 物語って何だろう? ということをずっと考えていました。PBeMの面白さって何だろう、どうすれば面白いPBeMをつくることができるのだろう、ということも。
 答えはまだ出ていませんが、決まっていることもあります。
 それは、「これはあなたと誰かの物語」ということ。
 PBeM2007:Crusade、楽しんでいただけますように。
 《大陸》であなたをお待ちしております。以上アカツキでした。よいお年を!

登場人物たち

アダマス
パルナッソス教区長。孤児たちからは「オヤジ」と呼ばれる父代わり。
カッサンドラ
アダマスの補佐役の女性。
クレド
パルナッソス孤児院の少年。調査隊に志願する。
グロリア
パルナッソス孤児院の少女。調査隊に志願する。
ホールデン
金色のからくり犬スィークリールを連れた老人。よせばいいのに調査隊に志願する。

第1章の行動指針と補足

 すべてのキャラクターは「何らかの理由によりパルナッソス調査隊に志願した者」となります。クレドたちのようにパルナッソス住民かもしれませんし、流れ者かもしれません。なおキャラクター作成(の一部内容)が適性試験の内容となっていますので、生き生きとしたキャラクター作成も含めて楽しんでいただければ嬉しいです。