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「ラディカル------大人だけが知ってること。」


 
 

こんにちは、サーチェスだよぉ。
こんどのおはなしは、サーチェスがしらないおはなし。
夜のことで、おそとはまっくらで、サーチェスはもうねてたの。
でも、サーチェスいがいは、みんなしってるおはなし。
ラディカルの、むかしのことなの。
 
 

「サーチェス、もう寝たの?」
ネオがだれともなしに聞いた。
「まぁね、サーチェスちみっコだから、そんでもってイーコ♪」
ちゃかしながら、カイルが伝える。
それもそのハズ、今は夜中の11時。
すっかり大人の時間だ。
場所も大人なカンジで?、ここは宿屋の一階、酒場兼食事所。
しかし店の人はすでにいなく、ここには彼等だけである。
ネオはぼーっとイスにすわっているし、カイルはウィスキーをストレートで飲んでいる。

「サーチェスはいいっスねぇ、いつでもたのしそーでっ」
長椅子にごろりと寝っころがっているナギが大声で叫ぶと、カウンターに座るジャンクが「うるさい!メーワクだろぉが!」ともっと大声で叫んだ。

さっきから弦楽器の音と歌声が聞こえる。
明日にそなえてティアとレイドが音あわせをしているのだ。
「……レイドさん、ミの音少し高いですわ。」
「うん、俺もそー思った。」
さすがは団内音楽のスペシャリスト。絶対音感コンビに怖いものなし。

「……団長。」
すみのほうに座っていたジョーカーがジャンクに話し掛ける。
「明日も早いんですよね。」
「あぁ、みんな早く寝とけよ。」
ジャンクはニカッと笑って言う。
しかし、ジョーカーはまだなにか言いたげだ。
もっとも、その微笑みにも、瞳の色にも、なんら変わりはないが。
ジャンクの耳もとで囁く。
「……ティアにあのこと話したんですか?」
それを聞いたジャンクは少し真剣な顔つきになる。
「……ああ。」
「そうですか、では話しやすい。」
ジョーカーがシルクハットを深くかぶり直す。
他の団員たちも二人のほうを見ているが、いつもの興味本意という表情ではない。
不思議と真剣な表情だ。

「こんな茶番いつまで続ける気ですか?団長。」
場は完全に静まった。

2年程前、ひとつの集団がこつ然と姿を消した。
そいつらは裏社会の大物とかかわっていた。
そいつらの仕事は「始末屋」だった。
そいつらは主人の邪魔になる者を排除していた。
そいつらの顔は誰一人として知らない。

そいつらの名前は。
「暗殺集団ラディカル」だった。
 

「……さぁな。」
ジャンクがかるくかわす。
「まぁ、私はいいんですよ。これはこれでけっこう楽しいですからね。」
ジョーカーはくすくすと笑っている。
それから、少しだけ時が流れた。

「俺はあの仕事にもどる気はねェよ。だからこんな集団立ち上げたんだ。お前らだってついてきた。そうだろ?」
しばしの沈黙をやぶったのはジャンクだった。
「だってよ……「家族」は、失いたくねェから……」
黙っている皆をひとりづつ指差し、ジャンクはつづける。
「当時のメンバー……俺、ジョーカー、ネオ、カイル、ナギ、レイド……サーチェスはその後、ティアもその後。」
皆、真剣な表情で沈黙を守っていた。
 

完全にバレていないので捕まることはないといっても人殺しは人殺し。
血しぶきを顔に浴び、なんとも思わなくなったら、もはや人ではない。
それでもこの仕事を選んだのは、他に仕事がないから。
できる仕事はないから。
身元がしっかりしていない人間でもできるから。
 

「……あたし。」
ネオが口をひらく。
「あたし、親いないし、帰る家もないし、ここ抜けてもいくとこないもん。みんなといるの、楽しいから。」

ここを出ても行くところがない。
それは誰もが同じだった。
そう、ジャンクもネオもカイルもレイドもナギもジョーカーも、ティアもサーチェスも。
みんな親がいない。
みんな親の顔を知らない。
だからこの集団は彼等にとっての「家族」。
帰る家もない。
そう、帰る家がない。
帰る家がないから、彼等は「自由」に見えた。
ここが帰る家で、帰るべき場所だから。
「ラディカル」という、この場所が。

「サーチェスはしらないんでしょ?」
ネオの質問に皆が頷く。
「……ティアは、どうしてここに来たの?」
こういう時に一番本題と近いことを言うのはネオだった。
ティアは少し考えて、答える。
「……わたくしも親の顔を知りません。「ラディカル」が昔なんだったかを知っても入りたい気持ちは変わりませんでしたわ。とても、楽しそうだったから。」
そうしてティアは笑顔を見せる。
芯の強い娘だ、と皆感心する。
緊迫した中で見せた笑顔は皆の心を少し、解きほぐした。
「もし「ラディカル」が昔の仕事に戻っても、わたくしはやめません。そのための魔法ですもの。」
微笑を浮かべているティア。
と、カイルが天井を見上げながらティアに言う。
「……ティアちゃん、もしもそんときは抜けてもいーよ。ティアちゃんは俺たちとは違ってキレーだから。ココロもカラダも、その手も。」
いつになく真面目なカイル。
「キレーな手をわざわざ汚す必要はないよ。俺たちだけでいい。せめてティアちゃんには、「芸人集団」の団員でいて欲しい。」
本当は俺だけで良かった、カイルがそう呟いたことは皆は知っているのだろうか。
「……俺も、そう思う。ティアさんが人殺す必要ないっスよ!」
ナギもカイルの意見に賛成する。
おそらく反対する者は、いないだろう。
いたとすればティア本人だけだ。
皆、自分たちと同じ道には、とそう思っているのだ。
「……ありがとうございます、みなさん。でも、わたくしみなさんと同じ道を歩むと心に決めたのです。この決心は、変わりませんわ。」
相変わらずの微笑。

もうこれ以上、このことに口を出すものは居なかった。
なにをしてもティアの決心は変わらないから。
ただ、カイルだけが不満そうな顔をしていた。
彼はすべての女性に愛を注いでいるんだから。

「……だからよぉ、んな過去に執着したって楽しくねェだろ?」
ジャンクが話をまとめる。
「でもな、もし戻ンなきゃいけなくなったら……」
しんと場が静まり返る。
「ティア、お前はいいのか?」
「えぇ、わたくしは最後まで。」
「そぉか……」
ジャンクはしばらく考えるそぶりを見せ、こう言った。
「サーチェスを、やめさせよーと思う。」

誰も反対しなかった。
小さな少女には残酷すぎる場所なのだ、あそこは。

「そうだよね……サーチェス可哀想だもんね。」
ネオがぽつりと言う。
確かにサーチェスが居なくなったら寂しいが、それ以上にその手がよごれることが哀しい。
「……俺も始めは、あの血なまぐさいところにビビってたっけな……」
今まで黙っていたレイドが口を開く。
「あー、そぉそぉ、俺もっスよ。俺の隣で、誰かの首がちぎれた、時なんか……」
もう死にそうだったスよ、ナギはそう言う。
ナギは無意識に自分の手を見ていた。
血と死のにおいで汚れた自分の手。
今は綺麗だけれど、あのころは真っ赤に染めていた。
昔の自分も、手を見るのが癖だった。
他人の血で真っ赤に汚れた、その手。
洗っても洗っても血のにおいが抜けない自分の手が大嫌いだった。
そう考えて、ナギは身震いをした。

ジョーカーはカウンターの隅の席に腰掛けていた。
そしてどこからか、ナイフを一本出し、何を思ったのか、自分の左手の薬指につぅっとはわせる。
細い三日月のような傷から、血が溢れ出す。
その血をぺろりとなめながら、ジョーカーはぼそりと呟いた。
「できれば、戻りたくは、ないんですよね?」
誰かに言うでもなく、自分に問うように。
その微笑みも瞳の色も、何も変わらないのだが。

彼こそが根っからの殺し屋かもしれない。

「……お前ら、もう夜が開けちまうぜ?」
「団長、まだ一時間もたっていませんよ。」
ジャンクの言葉にジョーカーがくすりと笑いながら答える。
「そぉか……」
ジャンクは少し照れながら頭をかいた。
「でも明日早いからサ、そろそろ寝ますか、なぁネオちゃん♪」
さっきの真面目な雰囲気とはうってかわって、いつもの雰囲気で話し掛けるカイル。
「一緒に寝よーって言っても無駄だかんね〜っ」
ネオはそう言い残すと、ばたばたと階段を上がって行ってしまった。
「はーぁ。相変わらず、つれないねぇ、ネオちゃん。」
カイルはネオの後ろ姿を見送りながら、手をひらひらとふった。

それから、酒場に静寂が訪れるのにはそう時間はかからなかった。
じゃあな、とジャンクが去って行った。
それでは私も、とジョーカーが去って行った。
わたくしも失礼します、とティアが去って行った。
音合わせまだ残ってるぞ、とレイドが去って行った。
じゃあ、俺も寝ますか、とカイルが去って行った。
おいてかないでくれっス〜、とナギが去って行った。

そして、誰も居なくなった。
 

その夜、彼らは夢を見た。

ネオ。
大好きなお父さんとお母さんがある日とつぜん居なくなった。
ナギ。
父さんは母さんを残してどっかいって、母さんも俺を残してどっかいった。
レイド。
気がついたらゴミ捨て場にいて、そばには楽器がおいてあった。
ティア。
物心ついた時から、そばにいたのは他人ばかりだった。
ジャンク。
親もいなかったし、妻も、子供も、家族はすべて唐突に失った。
カイル。
父さんと母さんが愛をくれなかったから、俺はすべてに愛を注ぐ。
ジョーカー。
親の顔は知らない、知っているのは生きる為にあがくことだけ。
サーチェス。
お父さん、お母さん、本当はサーチェスのこと可愛がってたよね?
 
 

偽りの「家族」でも、本物より「暖かい」ことだって、ある。
 
 
 

……これでおはなしはおわりなの。
みんなみんな、かぞくがいなかったのね。
でもね、「らでぃかる」のひとたちはみんなかぞくだよ。
つぎのおはなしで、サーチェスがしってるみんなはおしまいなのよ。
だって、だってね、サーチェス、「らでぃかる」やめちゃったから。
でも、いまごろみんなはなにしてるのかなぁ。
えへへ。
じゃあね、またね♪
 
 

あとがき。
こんにちは、ゆきうさぎです。
なんだか深刻な話にしてしまいました。
サーチェスがやめた理由が少しだけわかるのでは?と思います。
唐突に思い付いたことだったので、すいません、まとまってません。
てゆーかジョーカーさん怖いです。自分でも。
 

それでは、本編にて皆様にあえることを心待ちにしております。
 

みやたより:

ありがとうございましたー。うわあ、ティアさんの行く末が気になります。それにしてもみんなの優しさが、辛い時もあるよねサーチェスさん。とか考えました。ココロもカラダも、その手も、きれいに見える人には見えるのです。
家族っていいですよね。ツェットの家族は、とんでもないやつらばっかりなのです。これがまた。