広間の中央に現れた螺旋階段。《獣の姫》と名乗った女性ディリシエを追って、パレステロスも姿を消した。仲間の数人がふたりを追うのを見ながら、ガガ、アイリ、グレイス=アーリアの3人は、目の前の敵を片づけるためにその場に踏みとどまる。
目の前の敵、すなわちディリシエが呼び出した《夜魔》と、3体の石像たち。
「そんなのに構うこたぁないぜ!どうせかりそめの命で動いている魔物、こういう時は操っている本体をなんとかするのが一番だからな!」
といった仲間もいたのだが、彼らは石像と戦うことを選んだ。
「ゴーレムってようするに、石、っていうか土人形なわけでしょっ」
グレイスは剣を納めると、両手をつきだして歌うように呪文の詠唱に入る。土の力で動くものならば、水に弱いのではないかという考えだ。本来土の魔法が得意なグレイスだが、最近水の力を呼び出すことが多いようだ。砂漠というからには水は貴重なもののはず、そして土の力はとびぬけて強いはずなのではないかと思っていたのだが……《忘却の砂漠》は予想を超えていたようである。
「《青き水の牙、鎧打ち鳴らして清めたまえ》」
呪文が完成し、両手の間から細かい霧が襲いかかる。目標に定めたのは武装が一番薄そうなもの。鍵を手に、もう片手を高く挙げているやつだ。動きは少し鈍らせたようだが、停止するほどではない。もっと、もっと強い魔法を唱えなくては。
全身鎧に盾を構えた石像が、ゆっくりとした動作でグレイスを襲う。彼女はそれを見切って身体をひねると、次の呪文の準備に入る。大丈夫、これくらいのスピードならば、私の魔法の方が早く完成する。気をつけねばならないのは、軽戦士よろしく大剣で突きを繰り出してくる、もう一体の石像だった。
ガガはその重戦士に挑んでいた。
その大きな盾で阻まれ、皆の攻撃が通用しないだろうと考えたからこそ、選んでその前に立ちはだかったのである。
「ウガアアアア!」
咆哮が広間に響き渡る。《夜魔》のそれとは違い、仲間たちを鼓舞し勇気づける戦士の雄叫びだ。タッグを組んでいた砂漠狼の姿はない。ディリシエを追っている仲間の助けになるようにと願って、そちらに行かせたのだ。仲間たちを分断させるつもりでも、その手にはのるものか。ガガはぼさぼさの髪を振り乱し、他の二人が戦いやすいような間合いを作りながら考えた。
「ガガ、怒る! ゆるせない、試す、試される、いけないことだ!」
《夜魔》を粉砕したこぶしをさらに強く握りしめ、石像の下半身に攻撃を仕掛けていく。ガガよりも大きな石像でも、動きをとめるには足を狙ってバランスを崩させるのが一番だという戦法であった。構えられた盾をものともせず、果敢に殴りかかる。
「だめだ、だめだ! ウガアアアッ」
とてもいやな感じだった。なぜ、ディリシエは自分たちの力を試すなどといったのだろう。どうして、まっすぐに事態に当たれないのか。曲がりくねった言い方で、本当の気持ちを押し隠してつくろっているのはなぜなのか。ガガよりも、言葉を上手に扱えるのに。いくらでも、最良の言葉を使えるはずなのに。
ぶん、と風を切って大盾が振り下ろされた。予測の範囲内であったその動きを交わして、ガガは腕をひねる。関節があれば極めて盾をはずしたい。だめでも、どこかに弱点があるはずだ。ふところに飛び込んだ拍子に、石像の金の兜の奥に光るものが見えた。
「なぜ、なぜだあっ」
ディリシエの行動への思いがこぶしに込められる。悩んでいる場合ではない。こいつらを倒さなければならない。言葉さえ届かないのだから。
石には、ガガの声、聞こえないか。
石だからな。
人間にも、届かないこと、あるけれど。聞こえるならば、考えてほしい。もっと、戦うならば、正々堂々と。
戦場の中にあって、ガガは自分でも驚いていた。闘いは、恐ろしくはない。拳闘士として競技場で見せ物の命のやりとりをしていたころとは、明らかに拳の重みが違っていた。自分は、どこまででも戦える。仲間のために。仲間を信じて、助けを待つ誰かのために。
「《慈悲に満ちる大地よ、その衝撃をつなぎとめたまえ》」
グレイスの魔法が旋律とともに、ガガの身体にうすい衣をまとわせた。そう、仲間のために。
アイリの目が据わっている。
アインがいたならば……彼はルーファとともにそのころ階段をぐるぐる登っていたのだが……その顔を見るなり後ずさったかもしれない。黒猫はこの目をした彼女を知っていた。
「邪魔!」
ガガの咆哮にこそ負けるけれども、その声に研究への情熱と史料への愛をたっぷりと込めて、アイリは殴りかかった。白衣の裾がふわりと広がる。ねらいは、グレイスの魔法で動きが鈍くなった石像だ。
「いいかこの部屋はなあ!」
はしっ。金の鍵を奪おうとするが意外に俊敏な動きでかわされ、アイリの語気がさらに荒くなる。
「たった今からぁ!」
石像の腰に杖のようなものを見てとり、アイリはそれをつかもうとした。
「アイリさんの、研究室になったんだあっ!」
身体を入れ替え、石像の持つ鍵に手をかける。もしかしたらひっこぬけるかもしれない、と考えて力を込めてみる。抜けそうだと思った瞬間、左から火の玉が飛んできてアイリを焦がした。
「うわち!」
石像が放った魔法のようだ。白衣が焦げただけでたいした火傷ではない。アイリには自分のけがよりも、石像の鍵が気になって仕方がなかった。せっかく見つけた「お宝」との逢瀬、邪魔するやつはどうしてくれよう。ちゃき、と眼鏡をかけ直す。
アイリは石像の後ろをとる。
「魔法唱えるなんて、やるじゃないか!」
自分よりもかなり大きい石像の背中によじのぼり、その口につめものを放り込んだ。
「これで、魔法は出てこない、かな?」
「きゃあアイリ、後ろ!」
グレイスの声に首をすくめたアイリの髪を数本なぎはらって、軽戦士の像の大剣が通り過ぎていった。
「くそう、めんどくさいやつらだね……」
「《水の底に眠る静寂、その身満たして集え》」
グレイスの呪文を聞きながら、アイリは石像の腕にぶらさがり、反動をつけてくるりと回転するとその鍵をもぎとって着地した。
「やったぜ! 鍵ゲット。うっふっふ、これがさらなるお宝への扉を開いてくれるんだねえきっと♪」
「大丈夫?」
「ああ、考えがあるんだ」
ガガは重戦士の盾を奪っていた。体当たりをくらわせたり姿勢を低くして、足下を狙った作戦が功を奏し、石像がバランスを崩したところを馬乗りになって武装をはがしたのだ。石像なので関節は、人間との戦いの場面ほどには効果はなかったが、それでも十分だった。石像はかなり緻密なつくりで、大きさ以外は人間そっくりである。もしかしたらガガのような巨人族が石になってしまったのではないか、と思ってしまうくらいだ。
『なぜ戦うのだ?』
馬乗りの姿勢で聞こえてきた声に、ガガはこぶしをとめた。
「? だれだ!」
『なぜ、戦うのだ?』
声は、ガガの手にした盾から聞こえた。
「なぜか、だと。ガガ、戦う。おまえが戦ったから。おまえ戦わない、ガガも戦わないぞ」
降伏の白旗かと考えて、ガガは石像から離れた。
声はアイリにも尋ねていた。ようやく手にした金の鍵、そこから声は響いてきた。
『なぜ戦う?』
「……なんかそういうの多くないか? アヤシイ声とかって……姿が見えないひとばっかりじゃないか」
焼けこげをたくさんつくったアイリがつぶやいた。
『なぜ?』
「あーうるさい。アイリさんの邪魔をしたからだよ! あたしゃここをじっくり調べたいだけなんだったら」
心の底からめんどくさそうに答えるアイリ。そこにまた軽戦士の大剣がふるわれた。
石像がアイリの小柄な身体をまっぷたつにするより一瞬早く、アイリがそこに火をつけた火薬玉を放り投げた。グレイスは目の据わったアイリをまじまじと見る。
「そ、それは……」
「グレイス、伏せるんだよっ」
どっかーん!
学者の思いきった行動により、戦いは一気に終結してしまった。爆風はあたり一面を焦がし、グレイスの魔法とガガの攻撃でダメージを受けていた石像たちは動きをとめたのだった。
「おおー、思ったより無事だったな」
アイリは床に落ちた石像の腕や足をごろんと転がす。アイリとグレイスが無事だったのは、ガガがその盾で爆風から二人を守ったからであった。もっとも彼女が無事だといっていたのは、壁面のレリーフ他、お宝のほうであったが。
「なんだかねぇ、こりゃあ悪趣味な女だな」
石像は神話の神々をなぞらえたもののようだった。大剣の軽戦士は、諸刃の剣をかざして傷つきながらも人々を守るという《痛みの剣》。完全武装の重戦士は、自ら囮となり攻撃を一身に浴びて戦う《涙の盾》。そして鍵を持つのは、傷つき疲れた戦士を癒す《愁いの砦》。
「神々を使役する力があるっていいたいのかい、あれは」
「なぜ《忘却の砂漠》に、《大陸》の神々の像があるのかしら」
グレイスも壁に近寄り、レリーフを眺めた。
「《星見の民》も同じ神を信仰していたのかな……いや、違うな。ここには《大陸の民》が来ていた?それにしてはこの石像は古典時代の様式に見えるし」
「これ、星か?」
ガガが、レリーフのひとつを指さした。
「星、ばんきょくせい?」
爆風ですすけた部分をこする。天に輝く大きな光が、4人の人物の上に降り注いでいる。
「《父なる者 光る夜より来る》……万極星?そうかもしれないね。4人ってのは、兄弟神と」
「《悪しき魔女》?」
あたりをきちんと調べてみてアイリが結論を出した。
「この洞窟は、ずうっと昔に《大陸》から来た誰かが使っていた場所のようだ。たぶん秘密の礼拝所か何かとしてね。罠はそのときに仕掛けられたものかもしれない。でもここ最近は使われていないようだね? 少なくとも、《星見の民》がここを知らなかったというのは本当だろう」
「でもどうしてパレスの夢に出てきたのかしら」
「ディリシエが夢を見せてパレスを呼び寄せたんなら、何かがあったんだろうさ。どうでもいいよ。パレスはディリシエを追いかけてったんだし、今頃カタついてるだろうよ」
まったく興味なしといった口振りのアイリだ。グレイスはそんな彼女に微笑む。
「うーん、二人の間の話については口出しは出来ないかもしれないけれど、ほら。銀髪の人影は?ディリシエもここを使っていたんでしょう?」
「この部屋をあたしたちに見せたかったんじゃないかね。うん、きっとそうだ。これであたしの研究もぐぐっとはかどるよ。おういガガ!」
「なんだ、アイリ」
振り向いた巨人に、アイリは戦利品を見せた。
「この鍵があいそうな扉や鍵穴はなかったかい?こっちには文字も刻まれているんだが、ええと、ドゥ・ル・フィーヌ、と読めるね。久しぶりに読んだなあ古代神聖語。こんなものが文字として残ってるなんざ、やっぱりここは神様関係の遺跡だったんだろう」
「ガガ、盾とったぞ」
大きな盾の裏にも、見慣れない文字が刻まれていたのだ。ガガが片手で盾をかざした下に入り込んで、学者はその文字を読んだ。
「……ガラ・ハ・ド。ガラハド」
「声、聞こえた。尋ねる。ガガ、なぜ戦う?」
「ふうん、ガガもかい」
「なぜ戦うか?難しいこと聞いてくるのね。ディリシエの声なの?」
「いやもっと、違うようだったけど」
「そうね、私が同じことを聞かれたら、なんて答えようかしら」
グレイスも考え込む。
結局、ここでは鍵にあいそうな鍵穴は見つからなかった。
第5章へ続く