2.La ville de la fin ouest

 奇妙な一団となった冒険者たちは、めいめいの挨拶の後いよいよ《忘却の砂漠》へ向かって出発した。
「しゅっぱーつしんこーう!」
 高らかにサーチェスが宣言した。

 街道沿いを行けば《大陸》の最西端の街フィヌエ。《忘却の砂漠》にも一番近い街だ。ここで装備を整えて、いよいよ砂漠に入る計画だ。砂漠の入り口からずっと西に向かうと大きな川にぶつかるという。その後川沿いに南下していくのが無難なルートらしい。街道が合流する拠点でもあり、フィヌエの街角はいつもにぎやかな喧騒につつまれていた。市場へと続く広場に着いたところで一行の歩みがとまった。
「さてと、ここから先は歩きじゃ無理です。らくだを借りなければ」
 アゼルが地図とにらめっこしながら言った。
「はーいあたしにまかせて!」
 手をあげるツェットに、なんとなく心もとないものを感じつつ一行が見守るなか、ツェットはでっかい声で叫んだ。

「おーい、ぐりゅーーーーんっ!」
 人々の視線も構わずに一生懸命どこぞへ手を振るが背の低いツェットがいくらバタバタしたところで隠れてしまう。
 しかしその人ごみをかきわけかきわけやってきた少年がいた。白いターバンとマントをまとった砂漠の民。
「なんだよ恥ずかしいな。でっかい声で呼ぶなよ」
「わぁ、やっぱりグリューンだ!」
 頬を染めながらグリューンと呼ばれた少年はうれしそうだ。彼は若干12歳、砂漠の貿易商人として《精秘薬商会》にも度々仕事で出入りしていた。というのはたてまえで、本当はかなりの割合でツェットに会いに行っていたのだが、どうやらそれはまだまだ彼の一方通行のようだ。今日もフィヌエで商談を終えた後、ひさしぶりに《商会》に顔を出そうと思っていたところであるから、グリューンにしてもうれしい再会だったのだ。
「よくわかったな、この人ごみで。店はどうしたんだよ」
「ん、これからみんなで《忘却の砂漠》に行くんだよ」
 けろりとして答え、パレスをひっぱりだす。グリューンは自分を見下ろす青年にショックを受けた。誰だ? コイツは。まさか《星見の民》。しかもツェットと仲がよさそうで。
「俺も行く!」
「わーほんと!? ちょうどらくだが必要だったんだ。グリューン、アテある?」
「あるさ! 俺の取引を見せてやる!」
 無邪気に微笑むツェットを見て、ちょっぴりこわいと思ったクロード。
「分かっててやってんなら悪女だねー……」
 またひとつお勉強になってしまったのである。

「じゃ、ボクたちは買い物にいってくるから!」
 ツェットと手を握ってトリアが市場へ向かう。らくだがそろうまでは自由時間だ。
「知ってる?砂漠に行くには用意するものがたくさんあるんだよ! 日差しよけのマントでしょ? 日持ちする食料と氷砂糖でしょ。それから……」
「氷砂糖ー?」
「へ〜嬢ちゃん物知りだなァ」
 なんとなく同行してきたダグザはトリアの知識に感心した。師匠と旅を続けていたというのは伊達ではないらしい。
「ま、でも嬢ちゃんたちのそのカッコは、いただけないかもな」
 トリアはショートパンツ、ツェットは胸当てと布の下履きにサッシュといういでたちである。
「あ、そっか、日焼け止め!」
「そうだねー。ありがとおじさん!」
「……」

 アゼルは香草を見たいというグリーンと、グリーンの腕の中がお気に入りになったらしいアインといっしょに市場をぶらぶらしていたが、ふと看板が目に付いた。地図屋。ふらりと入る。
「もしかして、《忘却の砂漠》の地図なんてありませんかねぇ」
「《忘却の砂漠》の地図を探してるんだけど」
 かけた言葉が先客とハモる。
 黒い髪を後ろで結んでいる、褐色の肌の青年。背中の大きな楽器が目についた。青年にしがみついていた少女がアゼルたちに気づいた。青年も振り返った。
「何、あんたらももしかして」
「ええ、《砂漠》に向かわれるのですか?」
 旅なれたグリーンですらも、吟遊詩人と少女の組み合わせで砂漠を越えるのは無茶に思われた。
 青年は砂漠にいくつもりはまったくなく、単なる冷やかしであったのだが、なんだか面白そうなので適当に話をあわせてみた。
「まあね」
「僕たちも、そうなんです。《星見の民》に会いに」
 げふん、と咳き込みそうになった。こいつらまじかよ!これはいかないわけにはいかないね。
さすがの俺も《忘却の砂漠》には行ったことなかったし、うまくすりゃお宝も……いやいやジェニーのことも……。
「よかったら途中まで一緒に行かないか? こう見えても俺、魔法剣士でね。娘は天才魔法少女だし! 俺はアデルバード・クロイツェルバードと呼んでくれ。娘はジェニー。よろしく!」
 ジェニーはぺこりとお辞儀をした。父親の無茶には慣れっこだったのだ。
 後ろで店主が首を横に振っていた。

「ね、あなた《星見の民》?」
 突然声をかけられて、吟遊詩人ファーン・スカイレイクはびっくりした。
「いいえ、違いますけどどうしました?」
 目に映ったのはあどけなさが抜けない少女。えりの広い上着にリボン、ひだの入ったスカートに丸い帽子。神官見習フィーナ・サイト
「あのね、フィーナ、《星見の民》に会いたいの。会わなくっちゃいけないの」
 その手はしっかりファーンの服をつかんでいた。
「《星見の民》って、《忘却の砂漠》に住むっていう、あの?」
 少女はこくりとうなずく。
 ふーん、これは面白そうだ。いろんな話が聞けそうだし、彼らに会って行動をともに出来るかもしれない。
「いいよ、一緒にいくひとを探してあげよう」
 丁度退屈してたところだったしね。
 鼻歌まじりにファーンはブーツのひもを結びなおし、背中に月琴をかかえて、フィーナと手をつないで歩き出した。話を聞くうちに、パレステロス一行の逗留先をつきとめる。
「腕に覚えがあるメンツを募っているというのはここかい? 僕らも行かせてほしいんだけど」

 グリューンが多めにらくだを調達してきたのが幸いして、全員が徒歩で移動しなくともよくなった。ガガ用には、らくだよりも一回り大きい砂漠狼があてがわれた。

 フィヌエを午後に出発する。およそ一日で砂漠の入り口。それから先は、夜だけの移動になる。

La rivière du sang