5.Un vieux village

 そして払暁。

 砂の地平の彼方から日の光が漏れはじめたころ、ついに一行は《星見の里》に到着した。
剛健な石柱門の上に、夜を照らした満月がまだ白くかかっている。門には扉はなく、周囲を背の高い葉の広い椰子が周囲を囲んでいる。緑を見るのは久しぶりだった。奥には清涼な輝きが見てとれた。かすかに靄がかかるオアシス。直線で切り出された、砦のような建物は大地と同じ色。
 もうすぐまた灼熱の太陽にじりじり焼かれるのだろう。
 永の年月こうしてここに在っただろう石柱の、こまかな彫り模様をとらえたアイリの瞳がらんらんと輝いている。

「開門願う」
 パレスの声に、見張りの男がはっと顔を上げた。
「パレステロス様、よくぞご無事で。お連れの方々がそれでは」
「《大陸》の戦士、ツェットとその仲間たちだ」
 とんでもない紹介の仕方をされて、ツェットはにんまりと黒猫と目を見合わせた。
「戦士だって〜」
「(よっく言うよ! お荷物のくせにさ)」
「《姫》にお目通りを。道中も《夜魔》に襲われた」
「わかりました!」
 《夜魔》と聞いて見張りの男は顔色を変え、一行を里の中へ招きいれた。

 パレスが見張りの男と一緒にどこかに行ってしまったので、することもない冒険者たちである。
「お姫様って、もう起きてるの?はやーい」
 ねぼけまなこのサーチェスが、誰とはなしにつぶやいた。
 予定通りの旅程だったとはいえ、徹夜の強行軍となってしまったのだ。
 ツェットたちが案内されたのは簡素ながらも広い建物だ。石を積み上げてつくられた建物の中は、ひんやりとしていた。アイリはさっそくマントを脱いで、白衣が汚れるのもかまわずに年季が入ったじゅうたんをめくってみたりしている。
「ここが《星見の里》ですか。いかにも古そうな場所ですね」あくびをかみころすファーン。
「パレスも頭堅そうだし」
 本人がいたら怒り出しそうな言葉を口にしつつ、彼らはお呼びがかかるのを待った。

 いや、もちろん待てなかった者もいる。
 一行の最後尾にいたトリア、ルーファ、クロードがいないことにツェットが気づいたときには、すでに3人は好奇心のかたまりとなって《里》の中にくりだしていた。
「里の中って、あんまりほこりっぽくなよな」
「うん、さっきオアシスみたいなの見た?」
「見た見た。預けたらくだ、あっちに連れてかれたみたいだったよ」
 まっすぐにのびる通りを、自然と早足で駆けていく3人。徹夜の疲れもなんのそのである。
「静かだね」
「誰もいないみたい」
「まだ夜明けだからだろ」
 石畳の道、T字路を曲がると泉が見えた。らくだと羊と山羊が水を飲んでいる。泉といってもかなりの広さだ。門から見えた限りでは、こんなに広いようには思えなかったのも不思議だが、それよりも彼らの目を奪ったのは泉の向こう側に見える塔だった。

 里の中心だろうか、もこもこと建物が密集しているあたりからすっくと立っている。
 石の中から生まれた芽みたいだ、とクロードは思った。弟に、見せてやりたい。
「あそこに登ったらどこまで見えるかな?」
「そんな高くないさ。昨日の河も見えねーかもな」
「登るなんてとんでもないわ! あそこは《姫》さまの座なんだから!」
 突然背後から幼い声をかけられて、彼らは心底びっくりした。
 振り返ると、そこに立っていたのは幼い少女。おかっぱの髪の間から、朱印が見えた。
「あなたたち、《大陸》の人でしょ」
「うん、俺たち……」
「あいつが連れてきたのね」
「キミは?」
 少女のペースにひっぱられがちだったクロードが、ようやくそれだけ口にした。
「あたし、イェティカ」
 クロードよりもまだ背の低い少女は胸を張って答え、ちっちゃな水桶を突き出した。
「水汲みしなきゃいけないの。邪魔なんだからどいてちょーだい」
「ああ、仕事の邪魔してごめんね。手伝おうか?」
「いらない」
 つっけんどんな少女の態度にクロードは肩をすくめる。

 その時、塔の上で何かが光ったような気がした。
 トリアが、軽いめまいを感じてふらりとよろめいたのを、ルーファが慌てて支える。
「どうした、危ねぇな、水に落ちちまうぞ」
(塔の光。窓から身を投げる女性。きらめく金色。水音。)
 見えたような気がした。
 ルーファとクロードも、トリアの視線の先を追う。
 が、実際には水面は静まりかえっていた。何も変わった様子はない。
「?? おかしいなー。なんかボク、《砂漠》に来てから調子わるいや」
「俺も、あっちで光ったと思ったんだけどな」
「《大陸》の者が入ってきて、怒ってんのよ」
 そう言ってイェティカは汲んだ水桶を両手で持ち背を向けた。
 トリアたちも少女の後姿を見ながら来た道を戻ることにした。

 奇妙に里がざわついていた。
 さっきは人気もないと思っていた道にも、《星見の民》がせわしく往来している。
「イェティカさま、大変だ! 《姫》さまが」
「えっ、《姫》さまがいなくなった!?」
 聞くなり、少女は大事な水桶を放り出し、塔へ向かって走り出した。
 後ろでどうやってイェティカに「代わりに持つよ」と言い出そうか考えていた3人も顔を見合わせ、みんなの待つ建物に走った。

 里がただならぬ雰囲気に包まれているのは、待機しているツェットたちにも伝わっていた。
 パレスが30分もたたずに、一行のもとにやってきたのである。
「悪いが、ゆっくりしている暇がなくなった。《姫》が」
「事件か!?」
「ちょっと、そんな場合じゃないでしょうっ」
 生き生きとして身をのりだしたバードは、愛娘ジェニーにこづかれた。
「《姫》がいない。里の者に協力してやってくれないか。俺は、《夜魔》の討伐に行かなくてはならない。こっちにも人手が欲しいところだが、無理はいえない。里長には話はしてあるから、自由に里に出入りしてもらってかまわん。すまないがよろしく頼む」

 砂漠の太陽はまだ、昇ったばかりだ。

第2章に続く