アイリが手にしていた鍵は、虹の7色に新しく金色を混ぜた色に輝いた。柔らかな下生えの感触を久しぶりに感じながら、アイリははやる胸を押さえて鍵を回した。確かに鍵穴にぴったりはまったのがわかった。かちん、と澄んだ音が響く。虹の7色が、するすると幕があくときのように順番に退いていき、隕石の内側から柔らかな金色の光が漏れたかと思うと、一瞬にしてあたりは緑に包まれた。隕石の中からあらわれたのは。
『感謝する』
深く兜をかぶった男性。これはガガが戦っていたやつだ、とアイリは気づいた。
「ガラハド? 《涙の盾》?」
実に気安く、彼女は呼んだ。
『《涙の盾》……そんな風に呼ばれていたのだね、まだ。いかにも、ガラハドです』
年若い男の声だった。
「魔女は? それに、ほかのあんたの兄弟たちはどうしたんだい?」
『それは、彼が知っているよ』
ガラハドは、アイリの横に立っている人物を示した。銀の髪の男がそこに立っていた。
「あんた誰?」
「この扉は、一度に一人ずつ、順番でしかでてこれない決まりなのだ」
銀の髪の男はアイリを見下ろして、言いたいことだけを述べた。
「一度に一人?」
『そう。アイリさん、僕を呼んだでしょう』
アイリはふるふると首を振った。呼んでない。ぜんぜん呼んでない。
ガラハドは悲しげにうつむいた。
『なんだ、違うの。中にみんないるけど……誰に会いたい? 呼んでくるからさ』
「どういうことだい? みんな一気に復活するんじゃ、ないんだな?」
アイリは横の男を見上げ、語気荒く尋ねた。
「魔女も中にいるんだろ? 私や全員と話がしたいんだけどねぇ、許されるんなら」
『それは……どうかな。いや、無理ではないが』
「あんたほんとにガラハド?」
兜の男性は苦笑する。
『本物だよ。いや、わかった。長らく《大陸》を留守にしていてすまない。だが我々にも事情があってね。ほら、名前を奪われてしまったものだからこれなかったんだよ』
「魔女に会わせてよ。ラフィナーレさんだっけ。《星見の民》が待ってんだ。どんな人なんだい?」
『知らないのに、会いたいの? どんな人かっていうと、そうだなあ、力を与えるのにたけているね。魔女と呼ぶ人もいるし、聖女と呼ばれていたこともあった。彼女は自由だ。だからこそ、世界にあれだけ自由のための戦いを巻き起こした』
「その人がいないと、どうやら《星見の民》たちが困るんだ」
『彼女を表に出すならば、僕たちも戦いの続きをしなくてはならない』
「あっそう。そっちは勝手にやっとくれ」
ガラハドの答えはこうだった。
『ラフィナーレは出たがると思うけど……いいのかな? 話をするなら、この中に入ってこればいい。ただしこの扉は一方通行だから、よく考えなさい』
ガラハドは、扉の奥に姿を消した。戸口をほんのすこしのぞき込んで、アイリはラフィナーレの名前を呼んだ。
まばゆい金髪を三つ編みにした少女が姿を現した。ああ、片手は義手、片足は義足だ。
アイリがその少女を見て妙に納得した瞬間。
どん!
後ろから強くどつかれたアイリは、そのまま、扉の中に転がり込んだ。
『あ〜あ』
ガラハドが腕を組んで、腰をさすっているアイリを見下ろしている。
『やられちゃったね。気をつけろって……言おうと思ってたんだけどさ』
「いまの、魔女かい?」
『そう。身体は滅んでしまっているから、その精神だけだけどね。入れ違いになっちゃったか』
やがて一組の男女がやってきた。細面の男性と、翼の意匠の杖を持つ女性。口々に、だから言わない事じゃないだの、それがあいつの手口だからだの、しゃべっている彼らこそが《痛みの剣》ハースニールと、《愁いの砦》ドゥルフィーヌであった。
「ストーップ! お待ち、分かるように説明しとくれ!」
口を開いたのはドゥルフィーヌだった。
『つまりね、ここからは出られないってわけ』
「嘘だろう! 封印は解いたはずじゃないかっ」
『砂時計が返されて、この檻が地上に戻ったという点では、確かに封印は解かれてる。でもこの檻の基本設計が、そういう仕組みだから仕方ないのよ。もともとミダスは、ここをそういうふうに作ったの。相変わらず腹黒い犬』
「あぁ? じゃああんたたちも出られないってわけ」
『そうなんだよね』
ガラハドが苦笑する。アイリは拍子抜けしてしまった。本当にこいつらは、神さまなのだろうか。
「待て! じゃあ私もここから出られないのか?」
『ま、いいでしょ? 僕たちのこと、研究してるらしいじゃない。良い機会だから今の世の中のこと教えてよ』
「冗談じゃないよまったく!」
両手を腰にあてて学者は毒づいた。
「あんたたち、魔女を野放しにしておいていいのか? やっつけなきゃいけねーんじゃないのか!」
『それはそうだけど、どうせ彼女の入れ物が必要だもの。そう都合良く、《大陸の民》の身体が空いているわけないわよねー』
ドゥルフィーヌの言葉で、アイリは銀狼の足下に仲間たちが転がっていたのを思い出した。
『あら、ホント?』
『そりゃまずいな。やっぱり行かなくちゃ』
『でも、どうやって?』
アイリは頭が痛くなってきた。兄弟神のテンポについていけない。
「ここを作ったミダスってのは、どこにいるんだい? そいつが脱出方法を知ってるだろう? 魔法なら、そいつが解けば消えるだろうが」
『ミダスならそこだよ』
ガラハドは銀髪の男を指さした。
「ええい、にわとりが先なのか、それとも卵が先なのか、どっちなんだい! こうなりゃ外の連中にがんばってもらうしかないね。くそう、私も一暴れしたかったのに……」
『まあまあ、ゆっくりしようよ』
アイリは恨めしげに、閉ざされた扉を振り返った。
第7章へ続く