5.歪みの訪れ
■Scene:歪みの訪れ(1)
音術のための人払いも終わり、レオはいつもどおり自室で休んでいる。
若い身体は体力の回復も順調な様子で、アンナやアレクに付き添ってもらいながら部屋を一周してみるなど、レオの動きたいらしい雰囲気も伝わってくる。少年の言葉遣いも、かなり年相応にくだけたものになっていた。もっともクラウディウスがいるときは、そのような心安さは許されないのだけれど。
ヴィクトールは自分が警護についている時を見計らって、アンナの持ち出した計画をレオに吹き込んでみた。
「どうだ、そろそろ部屋の外も歩いてみたいんじゃねえのか?」
「うん。僕、うまく歩けてるかな」
「上出来だと思うね」
アレクも調子を合わせている。アンナが続きを引き取った。
「この建物の奥に、姫さまたちの展示室ってのがあるんだよ。飾ってあるのは絵画がほとんどらしいんだけどね、私は一度その絵を見物してこようかと思っているんだよ」
「絵画ばっかりかぁ」
レオはがっかりした声をあげる。ヴィクトールはここぞとばかりに後押しする。
「ま、そういうな。ただでさえ不思議な島なんだ。絵が見えなくても、むしろ見えないからこそ感じることがあるかもしれねえぞ」
「そうそう、第一あのお姫さまだって、片方は目が閉ざされているわけだしねえ。俺も面白そうだから、行くつもりだよ」
アレクは絵が目的というよりも、展示室の仕掛けを暴くほうに興味があるのである。
「良かったらレオも来るかい」
アンナの提案に、レオは首を振る。みんなから、見てきた絵の話を聞くほうが面白そうだから、というのである。
「そうかい」
ヴィクトールがさらに面白そうににやりと笑ったのを、誰も気づかない。
「ま、それでもいいさ。行きたくなったらまた誰かにいうなりすればいいんだからな」
「じゃあヴィクトール……じゃなくて、ヴィー?……いや、そのシュヴァルツェンベルク……」
機織り女があまりに自分の呼び名に苦慮しているのを、ヴィクトールは噴出しそうになりながらこらえる。
「何だ」
「私はアレクとちょいと出かけてくるよ」
「っと、それなら俺は」
アレクは口ごもり、ヴィクトールと目くばせする。アンナはそれならひとりで行くから、と告げて部屋を出る。アンナの足の鈴の音が響かない室内は、不思議に静まり返っていた。
ヴィクトールの考えは、アンナにはやはり謎めいている。話を打ち明けたときは協力するなどといってくれたのに。ひとりでの道行きに対する恐れ、その裏返しに気づきアンナはかぶりを振った。あの男にいつの間にか頼ってしまっていたのかもしれない。
■Scene:歪みの訪れ(2)
「じゃあアレク、後をよろしくな」
ヴィクトールは無造作にレオの細い腰を横抱きにした。片手でも軽々と、細い少年の身体は浮いた。そのまま肩へ載せる。荷物同然である。
「はいはい。クラウディウスが来たら後を追うから」
「おう」
「ちょ、ちょっと。ヴィクトール、これどういうこと?」
レオは抗議の声をあげた。
「ん? ま、気にすんな」
いい加減に答えながら、ヴィクトールは大またで通路を歩く。目指す先は自分に割り当てられている部屋、今は占い師がひとり使っているはずの居室だ。ヴィクトール、と名前をそのまま呼ばれたことに対しては、目を眇めるのみだ。
「しゃべると舌噛むぞ、黙ってろ」
本当は自分で通路も歩かせたいのだが、時間がかかっても仕方がない。クラウディウスに知られる前に、仕掛けを済ませなくてはならない。そういうわけで、荷物状態のレオは、どこに連れて行かれるかわからぬままに、ヴィクトールの歩みに合わせて腹へ響く振動を我慢するはめになった。
「占い師、邪魔をする」
いらえを待たずにがたりと扉を開けると、意外にも女性ふたりが目に入った。
ネリューラとリモーネは、新帝陛下を小脇に抱えているヴィクトールを見るなり驚きの声を漏らした。
「あ、これは……」
エルが立ち上がって迎え入れようとする。が、わずかにふらついているらしく、ネリューラが手を伸ばしてエルを支えた。
「なんだ、具合でも悪いのか?」
ヴィクトールはずかずかと室内へ入ると、抱えたレオを寝台に下ろした。
「いえ。今日は来客の多い日だなあと……」
エルは熱っぽい表情で、それでも辛さを殺して答えてみせる。
「来客ついでだ。預ってくれ」
「……レオくんを?」
荷物扱いされた少年の上を、光の精霊がふよふよと漂った。
レオは合点のゆかぬ顔をしている。ここはどこだろうといわんばかりに、声のするほうを探してあちこち顔を向けている。
「暇そうだったら占いでもしてやってくれ」
同じ島に居合わせていることは知っていても、関わりあうことはないだろうと思っていた相手がそこにいた。エルもリモーネも、不思議な感慨を味わっている。ネリューラは、珍しいものを見た、といった風情で黒い唇をふわりと持ち上げ、幼さの残る少年を見つめている。
リモーネはどちらかというと、荷物を運んできた相手のほうに視線を走らせた。ヴィクトールはリモーネがこの島で出会った中でも心惹かれる存在であった。交易商人スコットにも惹かれている自覚があったが、ヴィクトールの男らしさ、破壊者然とした振る舞いは、リモーネが忘れかけていた何かを呼び覚ます力を持っていた。
だから彼女は顔を背ける。
紗布の下で染まった頬を見られぬように。精霊さんもどうか私の顔は照らさないでほしい、とひそかに祈る。
「お預かりするのはかまいません。先のご厚意にも報いなくてはなりませんし」
「別に恩を着せたつもりじゃねえよ。レオ、よかったな。退屈せずにすむぞ」
必要なことだけを一方的に語り、どこかへ行こうとするヴィクトール。たまらずネリューラが声をかけた。
「どこへ行くの? この子を置いてってことは、例のお部屋は空っぽなの?」
「なあに、ちょいと……」
振り返ったヴィクトールは、楽しくて仕方がないといった目でレオを、ネリューラを見やり、いった。
「展示室へ……いや、違うな。鑑賞にゃ違いないが」
「あらそう? 私とリモーネもこれから展示室へ行こうと思っていたの」
「そうか。後で行き会うかもしれねえな」
背中越しにそれだけいうと、ヴィクトールは出て行ってしまった。
力強いヴィクトールがいれば心安い。ネリューラとリモーネは、自己紹介だけをレオにして、早々に自分たちも展示室へと向かう。
残されたエルはともかくも、レオを見やる。
状況を飲み込めてなさそうな雰囲気もあれど、壁際に寄せられた寝台の上で、少年はぼんやりと考え事をしているように見える。
エルは微笑を浮かべ、扉をしっかりと閉め……寝台の上に倒れ込んだ。
身体が熱かった。
これで良かったのだろうか? かざした手を目の上に置いて、エルはぼんやりと考えた。
いつの間にか少年の寝息が聞こえている。
目覚めたら占いをしてあげましょう。そう決めて、エルは再び思案に沈む。
■Scene:歪みの訪れ(3)
クラウディウスが自室に戻ると、そこにはアレクしかいなかった。レオが展示室へ向かったと聞くなり、怒髪天で部屋を出て、展示室を目指す。
「なんでそんなに怒ってるのさ。レオの記憶が戻るかもしれないのに」
規則正しい歩幅のクラウディウスを、アレクの声が追いかける。
「危険以外の何者でもない。相手の目的も、振るう力もわからぬうちに不用意に動くなど」
クラウディウスの答えは用兵書のようだとアレクは思った。
「でもレオの記憶を取り戻したがってただろ。あんただって、拷問の技まで使おうとしていたじゃないか」
「陛下の苦しみを慮るのに必要だからだ」
「嘘だろ」
「嘘ではない。陛下が何をお求めになったのか。痛々しくもおひとりで宮廷を抜け出され、粗末な筏に御身を預け、そうまでして必要とされていた何か。それを知らずして戦うことはできぬ。弱みを知らねば相手につけこまれるだけだ」
「ほらみろ、結局は戦いの駒なんじゃないか。鳥と戦うのに不利になるからって」
クラウディウスは足を止めた。手袋をはめた手がポケットのふくらみを感じる。小枝を切り出した笛がそこに入っている。
「偉い人って記憶とかどうでもよくて、担ぎ上げて傀儡に出来る存在が一番都合が良いんだろ」
騎士は返答の代わりに、緑の瞳でアレクを刺した。
「あんただって同じだ」
アレクはいいたいことをいってすっきりした、とばかりに依頼人に従うそぶりを見せる。
踵を返し、クラウディウスは目指す広間へ辿りつく。心中では、アルヴィーゼ、と呟き続けながら。
「やはり卿の仕業か」
かすれた声は、展示室への扉の前にも届いていた。
壁にもたれ腕組みしているヴィクトールが、にやりと笑っている。
「どうかされましたか、若獅子騎士殿?」
「もうたくさんだ」
クラウディウスは、銀髪に緑の瞳をした自分の鏡のような男、有能なかつての副官を思い出させる男に歩み寄った。
少しも信頼できぬ男が、最も信頼しあった副官と似ているのは一体何故なのだろう。腹立たしさはこみあげてくるばかりだが、今は私事にかまうことはできない。クラウディウスはかろうじて残っていた自分の理性を評価した。
「絵画鑑賞の一体どこが“もうたくさん”なのか、お聞かせ願えませんか。騎士殿?」
ヴィクトールのほうは舌なめずりせんばかりに、クラウディウスの神経を逆なでし続けている。この男の鎧を引っぺがせるかと思うと、面白くてたまらないのだ。
視界の隅でアレクが誰かと話しているのが見える。俺の獲物に手を出すんじゃねぇぞ、とヴィクトールは念じた。アレクではない、この騒ぎを自分と同じように面白がって見ているであろう姫君に。あるいはもっと他の誰かに。
来たのは……ロザリアだ。
「何をしているのですか、こんなところで。音術の成果は……」
ロザリアはすぐに成り行きに気づき、いっそう険しく眉をしかめた。切れ長の茶瞳に映るのは、ヴィクトールとクラウディウスが今にも切りあえる距離で対峙している姿だ。
「止めなければ」
アレクは物好きだね、と呟いた。
「いい大人なんだから、自分のことくらい自分でやる連中だよ」
「アレクさん。そういいますが、あのふたりが本気を出せば怪我人や死人も出るかもしれないでしょう」
「うん。わかってやってるんだと思う」
「レオを担ぎ出して止めるわけにはいきません。皇帝としての自覚もないままに、責任だけかぶせるわけにはいかない。ここはなんとか収めてもらわなければ……」
アレクを残し、ロザリアは対峙しているふたりの元へと急ぐ。
なぜこんなことになるのだろう。ヴィクトールとクラウディウス、ふたりの関係は危険になっていくばかりだ。妹の姿を重ねているらしいレシアのためにも、自ら危険に飛び込むような真似はするまいと思っていたのに。
果たして自分に、あのふたりを止める力はあるだろうか?
「危険なのだ。《鳥》と、あの部屋……は」
クラウディウスは不承不承で口にする。
「陛下が近づかれるような場所ではない。まして女性が見学に行くべきでもない」
「なぜ危険だと知っている?」
嵌められた。ヴィクトールの語気に勝ち誇った響きを感じ、クラウディウスは息苦しさを覚える。アルヴィーゼ……この非常時に、おまえはいったい何をしている。ここへ来い。私を助けろ。
「卿にはそこまでお教えする必要はない」
「護衛を依頼しておいて、周知の危険性をわざと秘匿しておくのか。かえって危険性を増大させているだけだ。貴様の態度は、貴様の大事な新帝陛下をいっそう危険に晒していることに気づかないのか?」
もちろん、ヴィクトールはこのやりとりを愉しんでいる。
「貴様の命令に従って死ぬ部下たちが気の毒だな。何人死地に飛び込まされたか知らんが」
「何がわかるというのだ? 皇子の敵でもとるつもりなのか? 先帝アイゼンジンガー陛下はただひとり有能な御子を残されるべきだったのだ。ただおひとりでよかった。あるいは、その後継者を育て上げるまで、決して逝去あるべきではなかったのだ。皇家の血乱れることなければ力が死を振るう野獣の時代は必要とされない。そして今後、ルーン統一王朝礎磐石なれば、二度とルーンの大地に無辜の血が流されることもなくなる」
「……魅入られてるな、貴様」
想像以上の反応に、ヴィクトールは冷たく答えた。クラウディウスがすがるもの、平和の象徴たる統一王朝とルーン王。それはたぶん言い訳なのだ。クラウディウスがいみじくも自身で告げたように、これまで《大陸》に流された無辜の血に対しての。
ヴィクトールの答えは、彼を突き落とすことでしかない。
「実際に起きたことだ。同じ状況に置かれれば、私は何度でも繰り返す。彼らを平和と秩序への祭壇に捧げ、もって統一王朝の礎とするのみだ」
「ただの夢だろう?」
「違う。あんなにはっきりと、血の滴りも生々しく感じられる夢などない」
クラウディウスは口調も熱っぽく、自身に言い聞かせるかのように繰り返した。
「陛下を危険に晒すわけにはいかない。鳥の好きにさせるわけにはいかない――もうたくさんだ」
「はん!」
「受け取りたまえ」
クラウディウスが脱いだ手袋を突き出した。
「お待ちなさ……!」
ロザリアが叫んだ。レイピアは抜かず、身を呈し割って入ろうとする。
いっとき早く。
ヴィクトールはにやりと笑い、イヤだと告げる代わりに騎士の身体を扉の奥へと蹴りこんだのだった。
■Scene:歪みの訪れ(4)
さて、一足早く展示室に来たリモーネたちは、ひとりで絵を見るつもりでいたアンナと出会う。
「あら……」
薄紗越しにかすかに鼻白んだ会釈を返すリモーネ。同じ年頃なのに腕もよく、自活して認められているらしいアンナの存在は、ヴィクトールとはまた違った意味でリモーネの心をうずかせる。苦手意識が先に立ってしまうのだ。
アンナにとっても、リモーネは遠い世界の人間だ。装飾品にきらめく鱗のような胴衣を選び、なおかつそれが似合う歌姫。夜の空気をまとった女性らしい女性。薄紗からこぼれる金髪も、エメラルドの瞳も、皆アンナの持たぬものである。
「《パンドラ》のいる部屋はこの先ね」
ふたりの間の微妙な空気をそのままにして、ネリューラはつかつかと先を行く。
以前、エルやリモーネとともに歩いたのと同じ場所だ。迷うことはない。回廊もカーブこそ描いているものの一本道である。ルクスさんはネリューラとリモーネの間くらいの場所に浮遊している。
「すごいもんだ。これが全部旅人たちの絵だなんてねえ」
アンナは話に聞いていたとおりの光景に感嘆し、自分が描かれているものを探した。
「あら……少し変わったみたいね」
ネリューラはアンナが食い入るように見上げているそれを覗き込んで呟いた。
「え? 変わった?」
不安げにアンナが問い返す。自身につけられている題名は《蕾》。アンナは我ながら何と地味な姿だろう、と思いながら見ていたところだった。
「ごめんなさい。絵自体は前にも見たと思うわ、でもその剣……前には持っていなかったと思うの。ね、リモーネ?」
「ええ」
するりとリモーネが側に寄る。香水の香りがアンナの鼻先をくすぐった。
「ネリューラ様のいうとおりです。エル様とここを訪れたとき、白い剣を持って描かれていたのは……」
スコット、クラウディウス、ロザリア、そしてエル。
リモーネは指折り彼らの名前を挙げる。
「どういうことだい」
アンナは他の人々の絵を見比べた。その4人の絵には、変わらず剣が描かれていた。
「人から人へ、剣が渡っていくというのではなさそうね」
ネリューラはそういうと、自分の絵にも白い剣が描かれていることを確認した。題名は《黒猫》であった。《硝子細工》の名でリモーネが描かれている絵にも、白い剣があった。
「仮面を外したこともないのに、外した絵を描かれるなんて不思議じゃない?」
「わ、私だってそんな恐ろしいこと。鈴を外したりしやしないよ」
「……鳥と刃と狐と犬と」
ぽつり。リモーネの唇が数え歌を紡ぐ。
「その歌は」
アンナは目を丸くした。
「あんたも夢を見ていたんだね?」
「偶然じゃないわね。同じ夢を見たことと、白い剣が描かれたことと」
ネリューラとアンナがそうやって話している間、リモーネはまたふらりと歩みを進めた。光の精霊を従えて。
「セシア様の語った部屋のつくりとは違っている……」
リモーネが考えていたのは、白い剣を持って描かれているかどうか、それが条件になっているのではないかということ。その条件を展示室で再現してみたかったのだが、知らぬ間に自分の絵にも白い剣が加わっていたなんて。
「あの時セシア様は先に進めなかった。白い剣を得ていたのはエル様と……ローラナ様?」
明らかに、以前よりも剣の所有者が増えていた。
アンナやリモーネ、ネリューラもそうであった。《風》と題されたセシアの絵にも、前にはなかった剣が描かれていた。
「夢を見たから変わったんだよ」
アンナは恐れ混じりの声でいった。かすかに囁くような声だった。ヴィクトールやアレク、レシアの絵にも同じ剣を認めて、それは確信に変わった。数え歌の夢を、きっとセシアも見ているのだろう。
「レオは……レオの絵はあるかい」
「こちらにありましたわ」
リモーネが詩を朗じるように告げた。
「なんてことだ」
《鏡》と題され描かれた少年は、白い剣を手にした姿で描かれていた。
■Scene:歪みの訪れ(5)
激しい音とともに、数人が塊となって展示室に転がり込んできた。決闘騒ぎの一行だ。
「おふたりとも、おやめなさい!」
ロザリアが語気も荒く叫んでいるが、クラウディウスとヴィクトールは今にも抜刀の構えである。
「うるせえ。外から首を突っ込んでくるんじゃねえ」
ヴィクトールが投げやりに答えた。しかし本業の騎士、それも小隊長と勝負とあっては、ヴィクトールも軽口を叩く余裕はなくなりそうだ。それでも相手が教本どおりの綺麗な型を使うなら、勝ち目はあると踏んだ。
「何を子どもじみたことをおっしゃるのですか!」
「貴女も騎士ならば邪魔だてしないことです」
「クラウディウスさんもクラウディウスさんです。騎士とは無用の争いを避けるが信条ではありませんか!」
「もはや譲れぬ」
ヴィクトールは巨大な漆黒の両手剣を握っていた。クラウディウスは軽い細身の両手剣を手にしていた。
「武器まで揃いかよ」
「頼まれたわけではない」
ふたりの利き手がついに各々の武器に伸びるにあたって、ロザリアはふたりの間に身を躍らせた。
「糞! 邪魔だ」
ヴィクトールの顔をひたと見上げ、クラウディウスには背を向けて両手を伸ばすロザリア。
不思議なことが、起きた。
ロザリアの手の甲から白い光がまっすぐ伸びた。
見る間にそれは白い剣へと変わる。
ヴィクトールの目の前で、ロザリアの表情が歪んだ。
「糞」
舌打ちする彼にも変化は起きていた。握っていたはずの両手剣は白い剣へと変貌している。クラウディウスも例外ではない。細身の両手剣は、手の甲から伸びる白い光と一体化しているような剣になっていた。
ヴィクトールは女騎士の表情を理解した。白い光から強烈な快感がもたらされている。高揚感。死を前にし覚悟したときの、戦いの臨場感とよく似ている。
クラウディウスはもっと深刻だった。
これは夢だと思った。次に、あれは夢だったのだ、と言い聞かせようとした。
このままでは。
目の前の背中に。ロザリアに剣を振るってしまう。振るえばとてつもない高揚感に我が身は満たされる。
「糞、だから嫌だったんだ」
かすかなランドニクス訛りを出して、ヴィクトールはとっさにロザリアを抱き横向きに転がった。なぜ、そんなことをしたのか自分でもわからない。邪魔する者は許さない、そうやって居場所をつくってきたのがヴィクトールである。彼は自分の中で何かが変わったことに気づきかけている。
「この無法者め……」
クラウディウスは息も荒く剣を握り締め、立ち尽くしている。
この剣は何なのか、なぜ3人の手に出現したのか。答えを出せるものはいない。
ロザリアをかばったまま手負いの獣のように低く膝をつき、ヴィクトールはクラウディウスを見上げる。
先に絵を見に来ていた女性たちも、騒ぎに気づき集まってきた。
「邪魔が入ったな」
ヴィクトールは次があれば容赦しない、といいたげに嘲りを浮かべた。
鳥の邪魔が入らなかったことは残念だったが、見世物としては十分だろうと思えた。
「冗談ではありません。止めなければどんな惨事になっていたことやら」
ロザリアは衣服の裾をはたきつつ、男たちを無表情に眺めた。
「無駄死にすることがあなたがたのつとめではないはずでしょう?」
「……約束だから、な」
クラウディウスはそういって、額の汗をぬぐった。
気がつけば、3人の白い剣はいつの間にか消滅しているのだった。
■Scene:???
(なぜ?)
(さあ、なぜかしら)
(なぜそこで止めるのかしら)
(残念ね)
(いいわ、楽しみは先へとっておきましょう)
(うふふ……)
第4章へ続く