《星見の姫》の捜索(1)

おまえが生きていくために必要とするもの、それは何だ?


「よおし、戦いは、そういうのが得意な人にまかせたわ。あたしはお姫様を探すほうに協力する!」
 パレスの依頼に、あっさりとツェットは言ってのけたものの、その頭の中には具体的な方法というものはあんまりなかった。
「(だいたい、腕に自信のある冒険者をパレスは探してたんだよ。それを大して役にもたたない風術しか持ってないひとがでしゃばるからさぁ)」
などと耳がいたい愚痴をこぼすアインは涼しいところでお昼寝の日々である。口うるさいお目付け役をみんなの集合場所《白羊の集会所》に残して、即席の《お姫様救出隊》はいざ繰り出した。ここ数日というもの、ああでもないこうでもない、と相談しながらいろいろ意見を出し合っている一行である。もうじき《朱の大河》近くまで《夜魔》の討伐に出かけた組も戻ってくるだろう。向こうの戦果も気になるところである。

「たとえば、さぁ。もしもお姫様がさらわれたんだとしたら、どうやったんだと思う?」
 ツェットが小声でささやく。自分たちの存在をこころよく思わない者もいるのだと知り、姫にまつわる話をする時にはなんとなく声を潜めるようになってしまったツェットである。
 円陣を組んでいるのはトリア・マークライニークロード・ベイルフィーナ・サイトグリューン。そして月琴に入り込んでしまった砂を掃除しながらファーン・スカイレイクも参加している。ちなみにこのメンツはグリューンにとって心やすらかではいられない。

「パレスみたいな《剣》も、いつもおそばにいるんだよ。入り込めると思う?」
「お姫様のお世話係みたいなひとまでいれると、あの晩から朝方にかけては30人近くが、塔のあたりにいたんだって」
 クロードは、最後に姫を見かけた人をまず探し、そしてあの時近くにいた人たちに順番に話を聞いて回っていたのだ。足で稼いだ情報である。語り部たるもの、足腰を鍛えなくては。。。と思っていた訳ではないが、最近『探偵勇者』という物語を読み終えていたのも事実だった。
「30人って、多いね」
「うん、あの夜って満月だったじゃん。覚えてる?満月の夜には、お姫様いつもおこもりするしきたりなんだってさ。前の日から何も口にしないで身体を清めて、そんであの塔のてっぺんの部屋で朝までお祈りすんだって。大事な日だったから、見張りの人も多かったみたい」
「おこもり」
 フィーナが繰り返した。フィーナの属する《愁いの砦》神教団でも、似たようなしきたりがあったのを思い出したのだ。
 《愁いの砦》は、今はもう大陸に真なる名前を忘れ去られた神々のひとりである。ゆたかな緑なす黒髪を持つ女神として絵姿に描かれ、その聖なる象徴は解放の金の鍵。もちろんフィーナもその神官服に首から鍵の聖印を下げているのだ。彼女は神官見習いで修行をはじめたばかりなので、おこもりはまだしたことはなかったけれども、そのしきたりは満月の晩ではなかったように思う。
 う〜、もうちょっと勉強しとけばよかったぁ。またフィーナは人知れず後悔する。

「満月の晩に、祈るんですか」
 ファーンが口を挟んだ。
「なんだかロマンチックですね」
 低くかすれる声でささやくファーンの方がロマンチックかも、とツェットは思ったが黙っていた。グリューンは一瞬ファーンとツェットの顔を見比べたがこちらも黙って何も言わなかった。
「でも、《星見の民》のみなさんって満月に祈る訳じゃありませんよね?」
「どういうこと、ファーン?」
「僕は詳しくないからただの疑問でもあるんですが、彼らのシンボルというか、力の源というのはかの沈まざる万極星だと、パレスは言っていた。探してみましたか」
 うんうん、とうなずく一同。砂漠横断中にらくだの上で、あれでもないこれでもない、と指さしあって星の見つけ方を教わったのはつい数日前なのである。
「万極星は真北に位置する天の中心。ひときわ明るく輝いていたけど」
 彼はそこで言葉を切って、北の方角を眺めやった。星見の民ならば昼間でも見分けるという万極星。さすがにこの昼日中では彼にはまだ見つけられない。
「わかった、《星見の民》が祈るなら、万極星ってのに祈るはずだってことだな!」
 グリューンの言葉にファーンはうなずいた。
「と思ったんです。ただのお祈りではないのではないでしょうかね」
「でもそれにしても、お姫様の警護に隙があった理由にはならないわ」
 ツェットが腕組みしながら首をかしげる。銀の巻き毛が隣にいたターバンの少年の鼻先をくすぐった。
「ああ、そうですね」
「おこもり中におつきの人が増えることを知らない外部のヤツの犯行」
「動機がなくなっちゃうよ」
「やっぱりお姫様の敵、っていうかお姫様のことをよく思ってない人がいるんじゃないのかな」

 しばらく黙って考え込んでいたトリアが
「こーいうのはどうかな。
<お姫様は、高い塔に閉じ込められ、ただ人々の幸せを祈っていました。
 ですが、お姫様はいつしか自由になりたいと願いはじめました。
 ある時お姫様はそこから逃げ出すことを考えました……>

「あー!『嵐の12宮』だな!」
 突然甲高い叫び声をあげたのはクロードである。
「俺も、同じコト考えてたんだ。もしかして、お姫様が自分で脱走することもあるかもしんないじゃん!いろんな可能性があると思うよ!てゆーか、トリアも読んだのか?」
 こくこく、とトリア。ふたりの話にファーンも加わって
「僕もあのストーリーは好きですよ」
 取り残されているのはグリューンである。
「な、なあ。なんだよその『嵐の12宮』って」
「あっ、グリューン知らないのかよー?超人気のある物語なんだぜ!」
 とうとうとクロードは語り続ける。
「閉じ込められちゃったお姫様が12日間毎日違うお話を魔物の番人にするんだ!(中略)最後には勇者が助けに来るんだ!うん、今度貸してやるよ。おもしろいからゼッタイ読めよ!」
 熱く手を握られてグリューンは目を白黒させながら、コイツそんなに悪いヤツじゃないのかも、なんて考えていた。しかし、本を読むのはあんまり得意じゃないなんてことはまだまだ秘密である。

「フィーナ、イェティカちゃんにお話聞きたいです」
 彼女は、イェティカが最初トリアたちにとった態度が気になっていた。少なくともパレスは星見の姫の意志で大陸の民を連れてきたはずだもの。何か理由があるんじゃないかなぁ?
「俺も行くよ!」
 クロードも手をあげた。
 トリアは泉に、ツェットとグリューンは塔に行くというのでファーンはそこで手を振って別れることにした。
「じゃ、みんなが見てないところを全部見ましょうか」
 誰ともなしにつぶやいて、歩き出す。

 トリアは、先日奇妙な眩暈に襲われたあの泉へもう一度向かう。
 行き違う《星見の民》に会釈をしながら ざわめく大通りをひとり歩いていく。この《星見の里》は、今まで自分が訪れた都市と比べて何か違う雰囲気が漂っているようだ。《大陸》と《砂漠》の差だけではなく、どこか時が止まったような、古い歴史のにおいがするみたいに思える。
(アイリさんやファーンさんはこういうところ好きなのかなあ。ボクにはよくわからないや。もちろんすごくおもしろいけど、古い空気がときどき息苦しい。《大陸》でも、アストラなんかは古い都市だったけど、あそこはもっと明るい感じだったのになあ。やっぱキョーワセイのトコだったからかな)
ちらりと聞いた話だと、《星見の里》の歴史は千年に及ぶらしい。まだ14歳のトリアにはそれは永遠にも等しい長さである。

(このあいだのあれ、なんだったんだろ)
 立ち止まって、ずり落ちてきたニーソックスをひっぱりあげる。トリアの心を占めているのは、先日の幻影だ。泉のほとりでイェティカと話しているとき、確かに感じた違和感、金色のかたまりが泉の上で炸裂したようなあの光。
 今まで旅をしている時にも、突然意識の中に別の映像が入り込んできて、くらくらしたことはあった。師匠は決まって「そういう時は、どこからか力があふれ出しているんじゃよ。魔法や、その他の特別な力がな。トリアはその力に引きずられているだけじゃ。大きい魔法を使えば、それは周りに必ず影響を及ぼすんじゃからなあ」といって、座り込んでいるトリアの背中をぽんとたたくのだった。その度にトリアは、引きずられる自分の弱さがくやしくて、一生懸命周囲の魔力を感じ、調和するような練習を重ねてきた。
(おっ師匠様、じゃああの金色の光も、誰かが魔法を使った証拠ってコト?)
 もっともっと練習しておけば、あの幻影の意味もあの時瞬時に理解できたのだろうか。自分に力がもっとあれば。

 トリアの視界に泉がひろがった。考え事をしているうちに、泉のほとりまで着いていたのだ。あたりを見回してみるが、今日はイェティカの姿はない。対岸には、前と変わらぬ《星見の姫》の塔がそびえている。
(うーん、クロードは石の中から生えてきた芽って言ってたけど、どうみてもへたくそな積み木の塔だよ〜)
 泉の水面にも、塔のすがたがゆらめいて映っている。周囲に人影はなく、羊だの山羊だのが少し離れた水飲み場で群れているだけだ。水面に映る自分の顔をちょっと見て、つばのない帽子をお気に入りの角度でかぶりなおしてから、トリアは目を凝らして集中を始める。
《森羅の原理を知らしめたまえ偉大なる司、我が手、我が足、我が心に強き絆を》
 小さくつぶやいた呪文は効力を発揮した。トリアの得意とする操術だ。知らぬ者が居合わせても、何が行われているかは分からないだろう。傍目には、ただ彼女がじっと動かず目を見開いているだけなのだから。本当は呪文などなくても使える力なのだが、なんとなく師匠のやりかたを真似してみたい気持ちになって、何千回と聞いた懐かしい言葉がつい口をついて出たのだった。

 意志ある糸が、トリアに知覚を超えた感覚をもたらす。
 空へ、水中へ。あたたかい命に触れたような気がしてびくりと糸をかわす。
(なーんだ、羊さんですか、脅かさないでよ)
 水飲み場から糸を別の方向に向け、再び集中する。また何か妙な感覚があった。泉の中、深いところ。今までに感じたことのない、奇妙な温度の何かが触れた。もっと詳しく調べたかったがこれ以上はトリアの力の限界である。
「……」
 きゅ、と口をへの字に結んで、トリアはもう一度あたりを見回した。

「もーう、まさかお父さんが人助けに協力するなんてね」
 茶色のおさげ髪が、灼熱の陽光にきらめいている。ジェニー・クロイツェルは愛用の杖をふりふり、横に並んで歩いている父親の顔を見上げた。アデルバード・クロイツェルはむっ、と口をとがらせる。その仕草は彼の外見と相まって、実年齢より6、7歳は若く見せている。
「困ってる女性は助けてあげるもんさ。《夜魔》のほうにかなりの戦士たちが向かってるからな。戦える人間も必要かもしれないだろ?」
「お父さんにしちゃえらくまともな理由ね〜」
「どうせ、こっちのほうが楽しそうだから、って理由で《里》に残ったと、お前はそう思ってたんだろう?フン、いいさいいさ」
 すねるバードに、図星をさされたジェニーはちろりと舌を出した。これではどちらが保護者なのかわからない。
「《星見の姫》は実質上ここで最強の《星見》の力を持ってるってことだろ。それに、《夜魔》のことも予言している。何か事件に巻き込まれたのなら、無関係とは思えないし、《姫》さんを探し出すことで《夜魔》のほうも解決のヒントが見えると思うんだよ」
(それに何より、ジェニーのことを《姫》さんに聞けるかもしれないしな)
 バードはジェニーがまだ小さかった頃のことを思い出した。
 あの杖。木製の、宝玉がはめこまれている曰くありげなあれも、ジェニーをずっと見守ってきたものなのだ。長さは片手の肩から指先に足りないほどだ。杖というよりも棒杖(ワンド)といったほうがいいかもしれない。ジェニーのたったひとつの宝物。彼女の身元のただひとつの手がかり。

 ただ通りすがっただけの自分が、なぜその赤ん坊を拾ったのだったか。12年前のことだ。
 あの頃何を考えていたのか、もうあまり思い出せなくなっている。
「もうそんなに経つのか」
「ん? 何か言った?」
 ぶんぶん、と首を横に振るバードにくすっとほほえみ返して、ジェニーはまた何事もなかったように杖をもてあそんでいる。
(ん〜いい子に育ちすぎちまったかもな〜)
 ジェニーが側にいる日々のことは、些細なことでも記憶している自信があった。考えてみればどんなに多くをこの子に注いできたことだろう。
(もし、《姫》さんにこの子の身元を占ってもらえたとして)
 そしてどうする?
 ジェニーに告げるべきだろうか。告げることができるだろうか。近いうちに答えを出さねばならない時が来る。

「泉に着いたわよ」
 ぽん、とジェニーに肩をたたかれてバードは我に返った。そういえば、クロードたちが感じたという「何か」を探りに泉に行こうと言い出したのは自分だった。
「とりあえず、周り回ってみようぜ」
「じゃ時計回りにね」
 家畜の水飲み場からは、泉の向こうに市場の屋根屋根が見えたが、もう少し進むと道がとぎれてしまった。見上げると塔のすぐ近くである。
 ふたりは石造りの階段を水辺まで下りてみた。ジェニーが杖を泉にひたし、《朱の大河》でやったのと同じように精霊の力を借りて調べてみた。普段はあまり交流のない水の力だが、うまくやれるだろうか。バードは背後に立ち、腕組みしながら塔を見上げている。

(変幻するもの、せせらぎのあるじ、清い水の力よ、教えてください、ここで何が起きたのかを。。)
 杖の先にはめこまれた宝玉が水中で淡い光を放ち、すぐまた輝きを失う。
「どーだジェニー?」
 自分ではあまり魔法を使わないバードにも、ジェニーの苦しそうな様子は分かる。
「んん……やっぱあんまり相性が、よくないみたい、かも」
 水の精霊の声はかすかでよく感じ取れない。もともと火と大地の力を能くするジェニーなのだ。
 もう一度集中しなおす。今度は泉の水面が鏡のように静まり返り、水の記憶をそこに映し出した。
 金色の髪を広げた女性。塔から落ちる光。受け止めているのは、やはり金色の髪の女性だ。
「トリアちゃんが見たのはこれね??」
「お姫様がふたり??」

 丁度塔が正面に見える位置まで戻ってきた二人は、泉の中に奇妙な水泡を見つけた。
「おい、ジェニー」
「あ、何だろうあれ!」
 水辺に降りて、ジェニーが杖でぱしゃぱしゃとかきまぜる。と。
「ぷはぁ!!」
「きゃー!」
 水面に顔を出したのは、なんとトリアだった。漆黒の剣まで抜いていたバードもびっくりである。
「トリアちゃん!」
「きゃー、お父さんあっちいってて!」
 別にトリアは裸な訳ではなかったのだが、水に濡れた肌着という格好であったのでジェニーの判断は正しかったかもしれない。きちんと畳んでおいた服に着替え、ニーソックスをひっぱりあげて準備が整うと、トリアは興奮した口調で見てきたものを語った。

「トンネル?」
「うん、暗くてぽっかり開いてる穴みたいなのが見えたんだ。さすがにそこまでは潜れなかったけど、人は余裕で通れる大きさだったと思う」
「この泉の水は」
「そこから流れてきているんだと思う」
 塔が泉に没している部分も見てみた。藻で覆われている。件のトンネルは、塔を正面にして左手側に開いていたと彼女は言う。どうも反射具合からして、底は砂地のようだ。

「生き物とか化け物とかいなかった?」
 一瞬トリアはぽかんと口をあけて、それから笑った。
「化け物、はいなかったなぁ」
「無防備すぎるぞトリアちゃん、もし《夜魔》がいたらどうやって戦うつもりだったんだ!」
 正直そこまでは考えていなかったが、あの砂の怪物がここにいるとは思えなかったのも事実である。
「魚とかは見えた。すごいちっちゃいのばっかりだったけどね」
「まあまあ、大した収穫だよな!よし、明日はオレも潜ろうっと」
「お父さんったら……」
 やりとりを聞いていたトリアはちょっとだけ、ふたりがうらやましくなった。

(2)