《夜魔》の調査(2)

 さて翌日昼間。
「がー! 仲間!」
 ガガが叫ぶので、めいめいあたりを調査していた冒険者たちは驚いて集まった。もしかしてガガが捜し求めている巨人族の仲間かと思ったのである。
しかし彼が指差す先に見えたのは、砂漠狼の群れだった。
「なぁんだ、ガガの仲間じゃなかったんだ」
 がっかりするルーファの声に、ガガの隣にいた砂漠狼の唸り声が重なった。
「ガルルルルル」
 姿勢を低くし、群れに向かって唸るその姿は、どう見ても威嚇である。
「なんかやばそうだよー」
「ちゃんと武器構えてろ。あいつら襲ってくるぞ」
 隕鉄の剣を手にしたパレスは何ともいえない表情をしている。
「群れの砂漠狼は子育て中のはずだぞ。単独で狩りをする雄ならともかく群れで襲ってくるなんて」
「今はそんなことを言ってられないわ! パレスさん、常識人のあなたにはなんだけれど、これは実際に起こってることなんだから!」
 横でダグザが口笛を吹いた。
「ひゅう! 言うねぇグレイス!」
「あら、そうだわ。こんなことあるはずがないとか、今までになかったとか、そういうこと言ってると自分の考えにやられてしまうのよ」
「……それが《大陸の民》の考え方というものか……」
 パレスはますます難しい顔をしたのでグレイスは微笑んだ。

 砂漠狼の群れは、冒険者たちの敵ではなかった。全員でかかると、すぐに砂丘の向こうに逃げ出したのだ。
「なんだったんだろう。こっちには同じ砂漠狼もいたのに」
 ルーファは彼らの逃げ去った先を見晴るかす。
「もしかして《夜魔》の声を聞いておかしくなっちゃったとか?」
「それとも、砂漠狼も操れるようなとんでもない敵がまだいるとかな。ホレ、こっち来い! これが砂漠狼の足跡だな、生き物なら必ず習性があるもんだ。住処や食べ物、群れで子育てってやつとかな。《夜魔》だって、命あるものなら生きていくためになにか跡を残すはずなんだがな」
 ルーファに冒険者の心得を伝授しながら、ダグザは暗褐色の髪に手をやった。彼は動植物の知識に通じている。《忘却の砂漠》の生態系に触れるのは初めてだが、《夜魔》がその習性の跡をちっとも残していかないことから、ますますゴーレム説が色濃くなってきたぞ、と考えていた。
「こういうときに学者のアイリや、場数を踏んでいそうなグリーンの意見が聞けたらよかったんだがな」
「……俺も、勉強しよっと」
「ま、順番に覚えていけばいいさ。シウスじゃないけど生き残ってさえいれば、順番に覚えることができるんだから」
「お姫様、無事かな」
 ルーファが突然、《星見の姫》の話を持ち出したのでダグザは驚いた。
「どうしてだ?」
「ううん、ちょっと。どうしていなくなっちゃったのかな、って」
「お姫様が気になるんだったら、里に残って嬢ちゃんたちと調べてればよかったんだぞ。そうすることもできたんだ。でもお前は《夜魔》と戦うことを選んだんだろ? だったら、お姫様のことは向こうに任せて、こっちの調査に専念するべきだ」
「……そう、だよね」
「そう悩むなよ! 物事に関連があると考えて気を配るのはいいことだからな。俺だってお姫様のことは気になるし。ただ頼むから、戦闘中にはちゃんと目の前の敵に集中しててくれよ」
 その晩、ルーファはパレスに剣の稽古をつけてくれるよう頼んだ。

 そして数日後の晩、目のいいグレイスが不寝番をつとめていたときに、また竜巻が発生した。
「ついに現れたか!」
 汗びっしょりでうなされていたよパレスもすぐに飛び起きた。若手の《剣》たちも、自らの武器を手にして構える。
「いいか、弱点を突く!」
「わかった。ガガ、頭狙う」
「さあ行くわよ!」
 竜巻が次第に一行の野営地に近づき、そして巨大な砂とかげが姿を現した。
 二つの紅玉が、らんらんと闇に光っている。不気味に吼える《夜魔》に対抗するかのようにガガもひときわ大きく声を上げて突撃を開始した。
「ウォオオオオオオ!」

 まず後方から、ルーファが矢を一筋射かけた。命中を狙ったものではないので、矢は的をかすめて外れたが、それに気をとられて方向を変えた《夜魔》が隙をみせる。
《天空を満たす光、一条に集いて闇を照らせ》
 グレイスの詠唱に応じて、夜の闇に明かりがともる。《剣》が4人、四方から胴体に切りかかった。それを振り払うように《夜魔》が爪を伸ばした腕をふるう。シウスとルーファが後方に回り込んだ。シウスはなるべくルーファがダメージを受けないようにかばいながら戦っていた。

《大気に散る光よ、その力解き放ち堅牢なる鎧となれ》
 続くグレイスの呪文は突撃している《剣》たちの防護。魔法を使わない《剣》たちは突然淡く光った自分の鎧に驚きながら、必死に攻撃を続ける。
 彼らの様子も見守っていたシウスは妙なことに気が付いた。どうもパレスを始め《剣》たちの攻撃は《夜魔》にダメージを与えられていないようだ。しかし同じく小剣を武器とするルーファの攻撃や、切り裂き系の二刀流であるアーネストの攻撃は、少しずつ《夜魔》の身体を削っていると見える。シウスはアンジーたちの援護に回りながら考えつづけた。どういうことだろう? 彼らの武器は、砂漠で一番固い隕鉄で出来ているのではなかったか?

 《夜魔》が口を開き、恐ろしい咆哮をあげようとするその時、ガガが火をつけてもらった手作り爆弾をその口に放り込んだ。
 小さな爆風が、《夜魔》の口の部分を吹き飛ばしたようだ。効果があるのを見届けてから再びガガは突進し、砂の身体に腕をねじ込んでえぐるように攻撃した。タイミングを合わせてダグザのクレセントアックスが唸り、片目を傷つけることに成功した。
「やったか!」
 しかしその紅玉から赤い血は噴出さなかった。代わりにぱかりと下半分が割れて転がり落ちたのである。
 足元に転がったそれをつんつんと小剣でつつくルーファ。
 グレイスも駆け寄り、それが怪しく光ったりしないことを確かめて手にとった。光を失ったその石は、赤ではなく銀色に見える。にごった水晶のような不透明な感じだ。
「宝石?」
 と思うまもなく、そのかけらはぼろぼろとくだけてしまった。
 その時、ぞくりと冷たい感触がグレイスの背中を走った。
 はっと振り向いても、後ろにはただ砂漠が広がるばかりである。彼女はいつのまにか噴き出していた汗をぬぐった。

 アーネストはまた二振りの刀をそれぞれ構えて、頭を狙って攻撃していた。片目を失って激しく暴れまわる《夜魔》は、アーネストの絶妙な動きによって次第に《朱の大河》の岩盤の上までおびき出されていた。
「ここなら足場が格段に良い!」
 黒髪をなびかせながら踊るように戦いつづける。砂に足をとられないために動きがより速くなった。
「貴女の水の魔法を!」
 しばらく呆然としていたグレイスだったが、アーネストに呼びかけられてふと我に返った。
「グレイス!」
「ごめんなさい、あんまり強いのはないんだけど!
《青き水の牙、鎧打ち鳴らして清めたまえ》
 グレイスの構えた両手の間から細かな霧が出現し、《夜魔》の背中の一部を覆って消えた。
「だめ、ちょっと面積が広すぎて」
 それでも、水分を含んだところは丁度波打ち際の砂のように固まった。
 ダグザが叫んだ。
「やっぱりか! ち、これなら水系得意なグリーンを連れてくるんだったな! まぁいい、こいつをこのまま《朱の大河》に突き落としちまえ!」
 言うなりクレセントアックスを正面に構え、ずいずいと《夜魔》を押しやり始めた。
「上手いぞ! その調子だ。はやく、また奴が爆発して逃げないうちに」
「パレス! 手伝ってくれよ!」

 しかし、パレスは剣を手にして突っ立ったまま動かなかった。
「おい! どうしちまったんだ、頼むよ!」
「待て、様子がおかしいぞ」
 シウスが見るとアンジー、デュース、トロワも同じように動こうとしない。
「グレイス!?」
 ルーファが心配そうに、波うつ金髪を覗き込んだ。彼女の瞳は、うつろに峡谷を凝視している。
「どうなってんだ?」
「ウガアアァ!」
 ガガは奇妙な気配を察して吼えた。

 全員の視線が、《朱の大河》水面でとまった。いや、正確には《朱の大河》の上空に浮かぶ人影に。
 夜の闇の中でほのかに浮かび上がる淡い銀色の髪。長身だが顔は見えない。
《汝の
 欲する
 ことを成せ》

 いんいんと言葉を闇に響かせて、人影は宙をすべるように《朱の大河》の川面に消えた。
 同時に、《夜魔》もその姿を再び砂に戻していた。

 夜が明けて、全員で《朱の大河》の川面まで降りてみた。楽ではなかったもののロープをつかい、岩肌につかまりながら在る程度降りると、喫水の上下でえぐられてできた細い足場が川面と平行に続いており、歩けるようになった。崖の上から見たのでは分からないところに、ぽっかりと洞窟が口をあけている。
「こんなところに洞窟なんて、知らなかった」
 パレスが驚いている。
「あいつが、《夜魔》を操っているのだとしたら、追いかけないわけにはいかない」
「そう言うだろうと思った……」
 その場にいる全員が、そう感じていた。

第3章に続く