《星見の里》を散策(2)

 にぎやかな市場は、泉の周囲を取り巻くように街の西側に伸びている。
《白羊の集会所》から左に曲がって、門の前から伸びるの大通りをてくてく歩いていく。石から切り出したような直線的な建物に、街路樹のような椰子。ひょろりと背の高い椰子は太陽が中天にあってもいくばくかの影を石畳に落としている。

 日陰を選んでジャニアス・ホーキンスはひとり歩いていた。
 行き交うのはみな朱印を差した《星見の民》たちだ。
 大きなかごに色鮮やかな果物をのせて売る店、麺麭を焼く店、シウスが好きそうな果物のシロップ漬けも並ぶ。椰子の実のジュースに炙り肉。
 食べ物の出店が、建物から屋根がわりの布を突き出した形で並んでいる。気に入ったものがあればそのまま食べながらぶらついてもいいし、風が強くて砂塗れになりそうな場合は店でテーブルにつくこともできる。

(なんや、ずいぶん進んでんねんな)
 香ばしい匂いについ手を伸ばしてしまった炙り串をかじりながら、道端の石塀にお行儀悪く腰をおろす。市場で流通しているのは見た感じではちゃんとした硬貨だった。もちろん物々交換も行われていたが、炙り串の代金にジャンがポケットから出したのは、《大陸》のほとんどの地域で信用のある銀貨である。報酬の話を持ち出したダグザにツェットが見せたあの宝石のことを思い浮かべる。
(あんな宝石貨やったらどないしよと焦ったけど、あの銀貨が流通しとるっちゅうことは、今までにも《大陸》のどっかと取引があった訳やなぁ)
 がぶり。肉を噛み千切る。
 ぽたりとしたたった肉汁が砂に染み込んでいった。
(うわ、勿体ない勿体ない……せやけどオレの知る限り、恒常的に《星見の民》と取引しとるところはあらへんし)
 塀の上から片足をのばし、砂に落ちた汁の跡をにじにじと消す。
 外貨獲得には、交易が必須のはずだ。ジャンには、この《星見の民》の商業活動はかなり活発なものに見える。閉塞的なコミュニティにはない活気の元はなんだろうか。

(《大陸》には《星見の里》に及ばないようなちゃちい商業圏だってまだたくさんある。もちろんフィヌエやら、街道の要衝とは比べられへんけれども、《星見の里》の活気は人口密度から見ればかなりのレベルや。《星見の民》がすべからく身に付けているという《星見》の力、アレがそないに金になるやろか?)
 なるかもしれない。
 未来が金で買えるのならば。
 買い手候補にちらりとジャンの頭をよぎった顔だけでも、ざっと片手に余るくらいいるのだから。
(まー、あのあんぽんたんな連中には、なんぼオレでも商売はようせぇへんけどな)
 要人たちの権謀術数の中に身を置くのは、金にはなるかもしれないがリスクが大きすぎる。そういう商売はジャンの身上ではないのだった。むろん、彼自身は、身上がどうなどといえるものではなかったのだが。
 肉はうまかった。

 さて、こちらも市場に繰り出してきたアゼル、アイリ、グリーン、サーチェス、そしてアイン。この集団は、これはこれですっかり市場の者たちに顔を覚えられている。朱印のない《大陸》の民であることもさりながら、どうもアインの存在が珍しがられているようなのだ。
 誰かが目を離すと、すぐに《星見の民》の子どもがアインの毛をむしったりしっぽをふんづけたりしている。もちろん、いじめているわけではなくかわいがっているのだろうが。
(これじゃハゲちゃうよ!)
「このーにんきものー!」
 本日はサーチェスの小脇にかかえられての外出である。

 大通りでたくさんの《星見の民》とすれ違うたび、みんなが振り返る。サーチェスは相変わらず元気いっぱいで、とびきりの笑顔を振りまきながら 《里》の街並みをきょろきょろ見回すのだった。でも。彼女は心の奥に騒ぎ立てる塊をずっと感じ続けていた。
 いつからそうなのかは思い出せない。《忘却の砂漠》に足を踏み入れたときから、だったような気もする。冒険に飛び出す以前、旅芸人の一座に加わって踊りを披露していたときも、この気持ちがそばにあったようにも思う。人知れず見えないざわめきがサーチェスの奥を占めて、日増しに強くなってくる。
 こういうときは、踊るに限るんだよネ★
 考えたって仕方がない。ふらふらと足が広場に向かう。

「あ」
「何ですの、アゼルさん?」
「いや、今そこにジャンさんがいたよーな気がしたんですけどね」
 石塀ではしかし《星見の民》の子どもが椰子の実ジュースを飲んでいるだけだった。
「じゃ俺は、地図を探してきます」
「私は、武具を見てくる。《星見の民》がどんな武器を使ってるか気になってたんだ。残念ながらパレスの剣はじっくり見ることが出来なかったし」
「あ、そうでしたね」
「手甲のいいのがあればと思ってたんだところだしな」
 じゃ、と片手をあげてアイリはその眼鏡にかないそうな店を探し始めた。

「ごめんよー、武器を探しているんだが」
 薄暗い店内に人気がなかったので、アイリはちょっとだけ大きな声を出してみた。
 違えた剣の看板が乾いた風に揺れていたので入ってみた店だが、店主も不在のようである。
市場からはずれたところにあるからだろう、店に入ってしまうと喧騒も聞こえない。
「おーい、誰もいないのかーい」
 店の中を眺めてみる。まぶしすぎる外の日差しから徐々に目が慣れてくると、壁にかけられたたくさんの鈍い輝きが見えてきた。
 ずいぶんでっかい剣だね。両刃の直剣ばかりよくもまあ揃えたもんだ。材質はなんだろうな、探せば魔力のこもったものもありそうだがさすがにそこまでの目利きはできない。
「何か用かね?」
 いつのまにか戻っていたらしい主人が声をかけた。
「ああ、あんた《大陸》から来た人か。どうだね、何か面白いものはあったかい」
 珍しそうにアイリの白い肌と頬を見ている。
「剣ばっかりだねえ。ほかの武器は?格闘向けのやつなんかあるといいんだがな」
「ああ、あんた格闘するのか」
 店主の視線は、アイリの手甲に移っていたようだ。
「また妙なイキモノが襲ってくるか分からないからね、護身用にと思ったんだ。私にはこんなでっかい剣は振り回せないよ」
「ああ、そういうのならあっちの店で扱ってるよ」
 ここは《剣》たちに装備を準備する店だという。《剣》の武器は文字通り両刃直剣なのだと店主は語った。それじゃあ《夜魔》を倒してしまったら商売にならないじゃないか、とアイリが尋ねると、そういう時には新しい武器をつくってるのさ、と店主は答えた。
「ここの剣はみんな、あんたがつくったものなのか?これ何でできてるんだい」
「《大陸》にはないモノさ。《忘却の砂漠》の隕鉄を知らないのかい。切れぬもの無き剛剣をつくるのには欠かせないんだよ」
 くしゃっと店主の顔が自慢げにくずれた。

 アゼルの求めていた周辺地図はなかなか見つからなかった。
「ないんですかね、これだけ歩いても地図屋さんがないなんて。それとも星を見れば位置なんて分かるから、《星見の民》には地図なんていらないのかな」
 日陰に腰をおろして、丁寧に折りたたんだ紙を取り出す。先日自分で作成した、フィヌエから《星見の里》までの地図だ。できる限り正確を期しているが、砂漠の真中では目標物がないために自信がないところもある。《朱の大河》から《里》までのルートは比較的合っているはずだ。
万極星を真北にすれば、《里》は《朱の大河》の真西になる。《朱の大河》は概ね北西方向に流れているようだった。上流はどこか南東のほうだろう。伏流になっているのかもしれないが、あの深い崖からして地中に潜ったりできるのだろうか。
 日中の影の向きを確認する。大通りはどうやら南北に伸びているらしい。
「ふむふむ、なるほど。今の仮宿《白羊の集会所》は、門から伸びる大通りから東に入ったところ、っと」
 大通りは泉と門をまっすぐ結ぶ。泉が街の中央に位置しているとすると、門は真北を向いていることになる。
「あ、そうすると《星見の姫》はこの泉の向こうの塔にいたんだから、門から入ってくる万極星の光をまっすぐ受けるわけですね。なるほどなるほど」
 アゼルが考えていたよりも、ずっと《星見の里》は整然とした街並みになっているようだ。だいたい1000年続いている集落にしては通りが整いすぎている。大通りや泉を囲む市場など、非常に合理的にできているのだ。自然発生した都市ならばこうまできれいな地図が描けるものだろうか?
「てことはやはり、どっかに街の地図がありそうなモンですけどね。もーちょっと探してみますか」
 立ち上がって伸びをする。《里》の外に出て調査中のみんなが戻ってきたらまた話を聞いてみよう、と思いながら。

「《里》の人達から、色々なお話も聞いてみたいですし、酒場で噂をというのも良いのですけれど」
 グリーンが、形のいいあごに指をそえてつぶやくように言う。
 ともかくも、情報が少なすぎますものね。まずはみなさんに仲良くしていただかなくては。
 ほうほうのていで踊り子の手から逃げてきた黒猫を抱き上げて、グリーンの足は《星見の民》が集まる酒場へ向かう。
 にぎやかな一画に、大き目のテントが出ていた。いかにもといった、赤ら顔のおじさんたちもたくさんたむろしている。《精秘薬商会》の奥に漂うのと同じ匂いをかいで、少し彼女は安心した。《星見の民》もお酒飲むのね、と思いながら。
 屋根だけのテントに、丸椅子が雑然と並び、酒樽のようなものが奥に並んでいた。エプロン姿のおじさんをつかまえて一杯注文する。アインにはミルクも頼んで話を聞いてみた。

 《夜魔》は里の中まで襲うことはしないけれど、《万極星の神殿》のあたりにも出たという噂があったため、しばらく成人の儀式をとりやめていたということ。次に儀式を受ける子どもはイェティカなのだが、彼女よりも年若いものがいないため、イェティカの次に儀式が行われるのはいつなのか心配だということ。
「そういえば、アインをひっぱっていた子どもたちも、朱印はしっかり入っていましたわ」
「前の年に儀式を受けた子たちだよ」
「それって、子どもが生まれないということですの?」
 たしかに幼い子どもといってもイェティカの年頃の子達は見たが、赤ん坊を抱いた女性は見かけない。
「心配だろ?どうなっちまうのかねぇ。10年前くらいから、大陸の奴らがこの辺をうろうろしてる、ってうわさが出て、それからだな、《大陸の民》と見ると《忘却の砂漠》が怒ってるという奴もいたりしてな」
 10年前に、何があったというのだろう。
「病気というわけではありませんのでしょう?」
「そうだな。ただ、子どもだけが生まれないんだ。ま、お姉さんならきっと丈夫な子どもが生まれるんじゃないか?どうだい、《剣》のパレステロスなんかは。あいつは割と親大陸というか、悪い奴じゃないからねえ」
 微妙に表情を崩してグリーンは丁重に辞退した。次はイェティカのところで話を聞いてみよう、と思いながら。

 《夜魔》の調査に向かったメンバーから、正体をつかんだとの連絡が入ったのはその後のことである。
 知らせを聞いた里長は、遊びに来ていたサーチェスにイェティカを呼びにいかせた。
「冒険者たちのおかげで、成人の儀式ができるようになったようだ。来週にも、お前の儀式をやらないといけないね」
 イェティカは両手をあげて喜んだ。
「やったー!!やっと、大人になれるんだー!!」

第3章に続く