《星見の姫》の捜索(2)
一方その頃。
塔の裏手のあたりをファーンは歩いていた。他のみんなが調べていないほうへ、と向かっていたら何やら淋しげなあたりに出たのである。
「僕の心配や苦労が無駄になってくれるといいんだけどね……」
磨かれた石柱が花畑にいくつも建ち並んでいる。そのひとつに近づいてそっと触れてみた。人工的な滑らかさにひっかかるのは、刻まれている文字だ。石柱には腰ほどの高さのものと、もっと低いものがあった。
「ふ〜ん」
他の石柱にも同じように文字が刻まれている。高い石柱の数、330本。
「何用ですか?」
ふと声をかけられてファーンが振り向くと、そこには花を手にした《星見の民》の女性が立っていた。
「ここは私たちの墓所です。よろしければこの花を」
ファーンは女性が差し出した花を受け取って、新しそうな石柱の元にそっと置いた。
高さは低いが文字がくっきり刻まれている。花畑に埋もれて折れた剣が置かれていた。
「失礼しました。墓所とは知らず、立ち入ってしまいました非礼をお許しください」
「ここには《夜魔》との戦いで命を落としたものもたくさんいます。あなたが花を手向けてくださった、その墓石の主もそのひとり。長居をなさると、無念の想いにとりつかれますわよ」
そういって女性は複雑な表情を見せたファーンにくすくすと笑った。
「冗談です。ああ、でも無念の想いは私たちに共通のもの。楽士様には聞こえるのかもしれませんわね。ここにある、嘆きが」
明るく振舞っていても、女性の瞳には光るものがあった。彼女も大切な人をなくしたのだろうか。そしてファーンにできることは。
背負った月琴を抱えて木陰に座り、彼は感じるままに鎮魂歌を奏でる。物悲しい二本弦の音色が青空に昇って消えていった。
「大陸でも砂漠でも、悲しい時は一緒です。時が過ぎるまで待つしかありませんから」
ファーンの言葉に女性は微笑んだ。
「ありがとう、優しい楽士様。《星見の里》にも、待つ歌が伝わっていますのよ」
「待つ歌?」
「そう。いつか必ず、金色の姫が目覚めて私たちのもとに姿を見せるという歌が……」
グリューンはツェットと一緒に塔の入り口までやって来ていた。なんとなくいかめしい感じの人が多いような気がする。どきどきしながら、そのひとりに声をかけた。
「あのー、俺たち《大陸》からやってきたんですけど」
いくらなんでもそこから話をはじめなくってもよさそうなものだが、どきどきしている彼の頭にはいつも商談で見せるような落ち着きや威厳というものはかき消えていた。
「《剣》のパレステロスさんの依頼で、《夜魔》の退治と《星見の姫》様の調査に協力してます。話を聞かせてもらえませんか」
「できたら、この中にも入れてもらえたらな〜」
「(お前はだまってろ)」
儀礼の剣を携えた門番風の若い少年がうなずいた。
「パレステロスさんから話は聞いてる。いいだろう。待っててくれたまえ」
そうしてふたりは塔の中に案内された。
渡り廊下をめぐり、広い部屋をいくつも通り抜け、螺旋階段をぐるぐる何重も巻いているうちにツェットはげんなりしてきた。自分で言い出したことの割に、この少女は体力もあまりないらしい。砂漠育ちで鍛えられているグリューンでさえこの昇り降りはつらいと思う。
やっと通されたのが里長の部屋だった。美しいじゅうたんに立派な調度。天井と壁には一面に星とその名前が描かれている。そんなに広くはなく、10人も入ったら窮屈になりそうな部屋の真中に、背中を丸めた小柄な老女が立っていた。
「よく来た《大陸の民》、グリューンにツェット」
「は、はい」
「《星見の民》全員を代表して里長たる私が礼を言う。はるばると《忘却の砂漠》を越え、よく来てくれた。《星見の姫》を探してくれると言ったね、お前さんたち。間に合ってくれたようだね」
「間に合う?」
「成人の儀式については聞いているだろう。《夜魔》がいるうちは危なくて、儀式を執り行うことができなかったんじゃ。それはすなわち、子どもたちが《星見》の力を得られないことを意味する。お前さんたちを《忘却の砂漠》に導いたのは、《星見の姫》の《星見》だ。それに従ってパレステロスが旅立った」
「その《星見》は、どういう意味だったんだ?」
グリューンが真剣なまなざしで、彼と同じくらいの背丈しかない里長に尋ねた。
『災厄が来たりて万極星陰る
大陸の子ら契約に従い
その剣かざして 道を示す
時は過去と未来をつなぎ
鎖が解ける』
「わっかんね〜!」
「お待ち。まだ続きがあるのだよ」
『父なる者 光る夜より来る
望むものをささげよ
求めるものが与えられるだろう』
「《星見》にはっきりと大陸の子と出ていた。だから使者を立てたんだ。それでも、《星見の姫》が消えることまでは分からなかったが」
「なぜパレスを使者に?」
と問うグリューンの頭には、使者がパレスでなかったらツェットはここには来なかっただろうな、という思いがある。
「あの子は苦しんでいた。そのうち聞いてごらん。お前さんたちにはきっと苦しみを解放する力がある」
里長はいつでもおいで、道しるべとなろう、とふたりに言った。
イェティカが「さま」つきで呼ばれていたことから、お姫様の関係者だろうとふんだクロードの予想はあたっていた。
フィーナが初めて見るイェティカは、茶色い髪をおかっぱにして、白い膝丈のワンピースを着た少女だった。朱印は控えめに、額に少しあるだけだ。もしかしてこの子、お姫様の後継者とかかな? とフィーナは考える。
「なあに、あんたたち、まだいるの?」
幼く高い声だが、言葉の刺とは反対に、イェティカは立ち去りもせずクロードたちのところへ歩いてきた。
「お仕事中とかじゃなかったら、話をもっと聞かせてほしいんだけど」
「お願い」
彼女は年に似合わず鋭い目つきでふたりに目線を走らせて、
「うちに来て」
そう言うと、フィーナの背丈ほどの高さにある渡り廊下からぴょんと身軽に飛び降り、手招きしながら近い区画の建物に入っていった。
「何を話したらいいの?」
ふたりが案内されたのは、こぢんまりとした建物だった。もちろんだだっ広い土間といった雰囲気の集会所ではなく、ちゃんと家具や寝具のそろった家である。家族の絵姿らしきものがいくつも壁に飾ってある。一つだけ細工が細かな額に入っている女性の絵は、《星見の姫》だろうか。ここがあたしんちなの、と言ってイェティカは丁寧な手つきでお茶を出した。
思わずくんくんと匂いをかぐクロードに、ぷっとイェティカは吹き出す。
「なぁによ。毒なんかいれやしないわ」
「ああ、ごめんね。だって初めて会ったとき、怒ってたろ」
イェティカのへの字口を見ながらお茶をぐっと飲む。冷たいお茶はいい香りがした。
「私たち《大陸の民》だけじゃなくて、パレスさんにも冷たい感じがしたの。どうしてか知りたくて……」
言葉に出してしまってから、慌ててフィーナは付け加える。
「あ、もちろんこっちも《星見の民》は珍しいとかあると思うけど……ゴメン、悪気があって言ったつもりじゃなくって……その……」
途中しどろもどろになりながらも、必死でフィーナは続けた。その様子をイェティカが灰青色の瞳でじっと見つめている。
「あのね、フィーナ《星見》の力を勉強したくて来たんです」
あどけなさが抜けない口調で身の上を語りはじめたフィーナに、クロードの方がびっくりした。おいおい、そんなの聞いてないぞ! である。
フィーナは衣の中から金色に光る鍵のついた首飾りをイェティカに見せた。
「うちの村すごーく土地がやせていて、最近では土砂崩れとかもよく起こるようになったの。他にも山火事がずうっとおさまらなかったり。昔は神様の加護があった土地らしいんだけど、そうやって災害が続いちゃうから、フィーナが選ばれたの。少しでも未来が分かるように、災いを防げるように、力をつけてきなさいって。それでフィーナ考えたんだ。《星見の民》の力を貸してもらえばもしかしていろんなこと分かるようになるんじゃないかなって」
「自分で《星見》をしたいってこと?」
高めの椅子から両足をぷらぷらさせてイェティカが尋ねた。
「ん〜《星見の民》の生まれじゃないものが《星見》の力を身につけたことはないって、パレスさんにも言われたんだけどね。でもせっかくだからいろいろ勉強したいし、お姫様についても聞かせてほしいなあ」
「《星見》の理論とか星図の見方とか、そういうものだったら《大陸の民》でも覚えられるんじゃないのか」とクロードが口をはさんだ。内心、自分と同い年のこの少女も苦労してるんだなーと思いながら。
「……わかんないけど、できると思う。でもえらいね!勉強したいなんて。あたし、勉強するのあんまり好きじゃないなー」
「イェティカちゃんて、次にお姫様になる人なの?」
フィーナの問いに、しかし少女はぷるぷる首を振った。
「わかんない、あたしたち子どもはみんなお手伝いするの。《星見の姫》は、セイジンのギシキのときに選ばれるの。あたしはギシキまだだし」といって額の朱印を指差した。
「大人にはね、印がいっぱいはいってるでしょ。ギシキでいれるの。星の力をいっぱい受ける印なのよ。あたしには、まだココだけ」
「ああ、パレスにはもっといっぱい入ってたよね、朱印」
パレスの名前が出ると、こころなしか表情がひきしまるイェティカであるが、今度は口を開いた。
「あいつが《大陸の民》を連れてくることに反対してた人もいたんだ。だってあいつ、この間の戦いで生きて戻ってきたし、それなのに里長様はパレスを使者にえらんだ。《大陸の民》は《里》でよく揉め事を起こしたり、おかしくなっちゃう人もいたらしいって聞いてるわ。だから私たち、あまり《大陸の民》とはかかわらずひっそり暮らしてるんだって。あんたたちも、そんなふうにならないでよね」
なんとなくクロードは話題を変えた。
「あ、あの壁の絵、家族なの?」
指差す先には、幼い赤子の絵、そして若い夫婦がよりそう姿を描いたものもある。
絵姿の褪せ具合からして二十年近く前のものであろう。何箇所か、壁の色が違うところがあった。絵姿をはがしたあとだろうか?
「おとうさんとおかあさん。《夜魔》にやられちゃったわ」
しまった、とクロード。どんどん地雷を踏んでいるような気がする。とにかくしゃべらなくては。焦ってきょろきょろ部屋を見渡して、目に付いたのは《星見の姫》の額絵。額装されていない妙齢の女性の絵もいくつも飾られている。
「あ、あ、あれは」
「ああ……《星見の姫》様」
「もしかして、お姉さん、とか?」
うなずくイェティカに、ふたりは彼女が敬語で呼ばれていたのを納得した。今の姫の妹であれば、たとえ王族などでなくとも敬語を用いる者もいるだろう。もっともイェティカの話だと、《星見の姫》は代々同じ一族が位するのではなくある一定のサイクルで新しい姫へと代替わりするようである。特別王族は存在しないらしい。
「そっか、心配だろうね。大丈夫、俺たち頑張ってお姫様探してるからさ。すぐ見つかるよ!」
「知ってるわ。ありがとう。でもどうして?」
「「え?何が?」」
「ううん、なんでもない……」
クロードとフィーナは、イェティカから聞ける限りのことを聞いた。
おこもりの前に最後にお姫様に会ったのは里長だろうということ。
里長はお姫様と同じく星見の塔に寝起きしており、かなりの星見の力を持つだけでなく、里の実質的なもろもろを取り仕切っている人物であるということ。
今の里長は、かつての星見の姫でもあったこと。
ふたりの頭の中では、かなり恐ろしげで目がつりあがったおばあさんのイメージがふくらんでしまう。
「あ、そんなこわいひとじゃないんだ。あとで話を聞きに行くなら、案内してあげる」
お姫様のことをよく思ってない人は?という問にはイェティカは首をかしげた。
「今の姫様は、10年位前に代替わりした332代目の《星見の姫》なの。でも嫌ってる人なんて、《里》にはいない」
「じゃあ最近何か変わったことってなかった?」
クロードもだんだん調子がでてきている。
「うーん、塔でお会いするだけだから。あんまり変わった風には思えなかったけど、たしかにお元気じゃなかったかも」
もともと蒲柳の質だったうえにここ数ヶ月は元気がなく、時折気分が悪くなったり食欲がなかったり、ということもあったらしい。
「《剣》が《夜魔》を討伐に行ったときも、不吉な星見だったらしいの。教えてはもらえなかったけど、あのときもすごくつらそうだった」
「お姫様に恋人っていたの?」
フィーナは、パレスが《星見の姫》の密かな恋人なのではないかと考えていたのだ。
「パレスは違うわ。ずうっと前に、恋人が死んじゃったって聞いたもの。一番仲良かった男の人なら、《剣》の隊長のハースニールだよ。おさななじみだったんだって。まだ姉様が《星見の姫》じゃなく、ラステルって名前だったときからのね。あたしが生まれる前の話だけど。でも隊長、この間の戦いで《夜魔》に」
ふたりは顔を見合わせた。
幼馴染で、もしかしたら恋仲かもしれないハースニールが《夜魔》との戦いで命を落とし、しかもそれを自分が《星見》で分かっていたのに止められなかったとしたら。
それって、とても辛い状況なんじゃないだろうか?
「たとえば、その、姫様が辛すぎて自分から姿を消したかもしれない可能性はあると思うんだ」
クロードは控えめに、言葉を選びながら伝えた。イェティカは怒らなかった。
「もしそうでも、戻ってきてくれるよね……姫様……姉さま……」
「もちろんまだ分からないこともある。いくらお姫様でも突然姿を消したりできるわけじゃないだろ?空を飛んだり透明になったりできるならともかく。だからまだ調べなきゃいけないことはいっぱいあるんだ。協力してくれる?」
「わかった」
「ありがとう。俺たちまだ《星見の民》のしきたりとかよく分かんねぇし、すごくイェティカの話参考になるよ。絶対お姫様は見つけるからな!キミも、俺たちに何か聞きたいことあったり、しちゃいけないことしてたりしたらエンリョなく言ってくれよ」
頼もしく胸を張るクロードに、イェティカもこくりとうなずいた。
《夜魔》の調査に向かったメンバーから、正体をつかんだとの連絡が入ったのはその後のことである。
知らせを聞いた里長は、遊びに来ていたサーチェスにイェティカを呼びにいかせた。
「冒険者たちのおかげで、成人の儀式ができるようになったようだ。来週にも、お前の儀式をやらないといけないね」
イェティカは両手をあげて喜んだ。
「やったー!!やっと、大人になれるんだー!!」
第3章に続く