《夜魔》の調査(1)

失うことを怖れて欲しがらないのは、愚かなこと?


 パレス率いる《夜魔調査隊》に参加したのはアーネスト・ガムラントシウス・ヴァルスガガダグザグレイス=アーリアそしてルーファ・シルバーライニングである。
 アーネストやガガのように、《星見の姫》に会って一刻も早く尋ねたい事がありながらも、自分の力を役立たせるためにあえてパレスに同行したものもいる。
 《星見の姫》行方不明のヒントが、《夜魔》の問題にあるかもしれない、むしろあるだろうとアーネストは考える。前回は惜しくも逃がしたが、今度こそは。

 ルーファは自分も連れて行ってくれとパレスに叫んでいたが、彼はしばらく腕組みしたままだった。
「この前は手も足も出なかったけど、俺も戦いたいんだ!お願い、連れてってくれよ!」
「その気持ちはうれしいが、戦いたいという気持ちだけでは、実際に身体は動かない。《夜魔》の咆哮を聞いただろう」
 たしかにあの咆哮は、心の底から恐怖がせりあがってくるような恐ろしさだった。
 でもそれでも、やっぱりルーファは戦いたかった。自分に自信をつけたかったのもある。パレスに剣技を教わりたいという思いは今でもあったし、何よりお荷物と思われたくなかった。剣の練習だって瞬発力の鍛錬だって、毎日欠かさず続けているのだ。
「じゃ、せめて俺と一回手合わせしてくれよ。強さだか弱さだか、見てくれてから断ってもいいだろ?」
 そう言うと、ルーファはレザーアーマーにショートソードという武装でパレスの前にすっくと立った。猫のような丸い瞳が、パレスの茶色の目を見上げた。

「そこまで言うなら」
 仕方ない、を絵に描いたような表情でパレスは自分の剣を抜き、構えたルーファと一回刃を合わせてからブン、と凄い速さであたりを薙いだ。ショートソードをはじかれないように身を引いてかわしたルーファは反撃に出る。小柄で身軽な身体を活かして相手を翻弄する作戦だ。アーネストのように特別技を編み出しているわけではないものの効果はあるようで、かなり長い時間ルーファも粘っている。パレスが低い位置を狙ってきりつけてくるのをかわし続けていた。ついに膝をつき、パレスに剣の切っ先を向けられたと同じ瞬間、ルーファの左手から放たれた戦輪が弧を描いてパレスの右耳を切り裂いた。
「あっ、ごめんなさい!」
 戦輪をキャッチしたルーファは、パレスに駆け寄った。耳を押さえていた手を離してもらうと、手のひらは赤く、耳たぶからもとろりと雫が押し出されている。反射的にルーファは口をつけて傷口をなめた。
「大丈夫、深くない」
と言った瞬間に、ルーファは周囲の視線に気が付いた。

「あー、その、なんだな」
 ごほん、とシウスが咳払いを一つして言った。
「今のは一対一の戦いだったから良かったが、乱戦だったり多対一では対応しきれないこともあるかもしれん」
「まあまあ、堅いこと言うなよシウス」
 とりなしたのはダグザだ。一連のルーファの動きは見どころがなくもないし、何より自分の後輩にあたる冒険者なのだ。もっともシウスにしたところで、ルーファを置いていくつもりだったわけではない。安全第一のためについ口をついたのだが、実際には彼は身を呈してでも危険を冒そうとする者たちを守るつもりでいたのだから。
「目指せ経験値アップ!だぞ。時には強すぎる敵に立ち向かったり、そこから戦略的撤退をしたり、することも覚えなきゃな?いいだろ、パレス」
「まぁ、な」
 パレスはしぶしぶうなずいた。
「よかったなルーファ!」
 ばんばん、と子猫の背中をたたくダグザであった。

 そのころガガは、砂漠狼と仲良く戯れていた。
「ウガー、ガウガウー」
「ウガー、なまえ、ガガ」
「ガウ」
 《忘却の砂漠》を渡ってきて以来、普段人になつかない砂漠狼もガガには気を許しているようだ。最初はガガの風貌に驚いていた《星見の民》も、小鳥を寄せたり砂漠狼とじゃれる姿を見ているうちに、彼の心根を理解したようである。
「お〜いガガ、出発するってー!」
 グレイスが、よく通る声で叫んだ。
「ウガアアアア!」
 というのが、ガガの返事であった。

「あ、待ってください!」  出発する一行を門のところで呼び止めたのは、今回は《里》に残ると言っていたグリーンであった。彼女はひとりひとりに微笑みながら、小さな包みをそっと手渡した。ふわりといい香りが漂う。
「すみません。これをお渡ししたくって……気分が落ち着く秘密の香草ですわ」
 彼女は白い手で、相手の両手を包み込むようにして
「勝利の条件って、ご存知でしょうか?」と、困ったようなつらいような顔で言う。「それは、皆で、生きて帰って来る事ですわ」
 にこにこっと笑顔になると、必ず生きて帰ってらして、と深く頭を下げた。

 《朱の大河》までは、パレスを先頭に、《星見の民》の《剣》たち3人と、戦士たちとがらくだを並べて進む。
 《剣》たちはそれぞれアンジーデューストロワと名乗り、挨拶した。パレスに比べてまだ若く、二十歳そこそこといった青年たちである。戦士たちの目には、その実力はルーファとさして変わらないように見える。
「アンジーたちも一月前の戦いに同行していた。10人で戦ったと言っただろう?」
 パレスがらくだを操りながら戦士たちに説明した。
「あの戦いで生き残ったのが、俺たち4人だ」
 ダグザはそれで、パレスの目にともる暗い炎や思いつめた表情の意味が少し分かったような気がした。彼らは、同僚の死の上に生き延びてしまったのだ。
「生き残ることは何より大事だぜ、《剣》さんたち」
「死んでは全て消えるぞ。夢も、希望もな」
 シウスの銀色の瞳は、憂いを秘めてあらぬ方を見つめている。
「そうそう。《剣》さんたちの夢と希望は、かのお姫様なんだろう?今ごろうちの仲間たちがちゃーんと探し出してるさ。だからこっちはこっちで、きちんと片付けちまおうぜ。あの《夜魔》をな」
 ダグザにしてみれば、会う前に「タイミングよく」いなくなってしまった《星見の姫》などという存在からして、正直うさんくさいものを感じてはいたのだが、頭の固いパレスや《剣》たちの前ではさすがにそう言う訳にはいかない。とりあえずは、どうにもこの死に急いでいそうな戦士を思いとどまらせないとねぇ。

「《剣》って、男性だけなのかしら」
 グレイスが尋ねた。《剣》の3人も見てみれば男性ばかりである。どことなくむさくるしいこの調査隊で、グレイスの存在はなごやかな雰囲気作りにも一役買っていた。ちなみに華といえば、美貌のアーネストも華の一輪である。
「そういう決まりではないが、志願者が今までいなかっただけのことだ。女性のほうが《星見》の力が強いとされているからな。成人の儀式で女子は《星見の姫》に選 ばれることもある。逆に男子は武勇で身を立てるしかないからな」
「ふ〜ん、成人の儀式で次のお姫様が決まるのね。確か前、《夜魔》が出て危ないから儀式が出来ないって言ってたわよね」
「儀式は《里》からすこしだけ離れたところにある《万極星の神殿》で行うからな」
「なるほどね、じゃあ次のお姫様のためにも、《夜魔》をやっつけないといけないのね」
「そうだ。よろしく頼むぞ」

 《朱の大河》に着いたのは下弦の月がかかった夜更けである。
 アンジーたちが野営の準備を進めている間に、
「おし、それじゃ作戦会議だ」
とダグザが口を開いた。
 先の《夜魔》との戦いをふまえて、冒険者たちはみな、力押しではだめだと判断したのである。出発前にグリーンが、《夜魔》の正体は《忘却の砂漠》の自然現象なのじゃないかという意見を述べていたが、それならばなおのこと対処のしようがない。今のところはなんとかして《夜魔》の危険を取り除かねばならないのだ。

「この間の戦いでは、こちらの人数は今より多かったが、守るものも多かった。今回は、まぁ違う。全員それなりの力を持った戦士だからな」
そこでダグザは一度言葉を切った。口を結んでいるルーファと目が合い、にやりとしてまた続ける。
「まず有効なダメージを与えていたのが、アーネストの二刀流。そして魔法も効果があったな。よくわかんねぇツカミどころのない嬢ちゃんの風の術はダメそうだったが、ルーンの防護は効いていたし。だからグレイスは、どっちかっていうと魔法ありきで戦ってほしい」
「分かったわ。このメンバーだと、私だけですものね」
「ガガは格闘だと不利そうだったんだが」
「ガガ、なぐるだけ、だめ! ガガ、これ使う!」
 彼が砂漠狼にくくりつけていた袋から取り出したのは、真っ黒の手毬のようなものだった。
「アイリとジャン、くれた」
「まさかそれ爆弾か? すげぇじゃねぇか! よし、いくつあるんだ?」
 手毬はふたつ。ジャンの煙草とアイリの商売道具の薬品を、砂で固めた即席のものである。そのまま投げただけではたいしたことないだろうが、弱点を見極めた上で狙って使えば何とかなるんじゃないかというのがガガのアイデアであった。

「俺はロンパイアを振り回すことしかできないが」
 低い声はシウスである。
「上等上等。ロンパイアはリーチも長いしどんどん振り回していこうぜ」
「うむ。相手の攻撃で気をつけねばならないのはあの爪だ。ただ図体もでかいから死角も多いはずだ。積極的に死角に回って戦ったほうがいいな。なるべく離れて戦うつもりだが」
「あの咆哮も、注意したほうがいい」
 口を開いたのはアーネストだった。彼は間近で《夜魔》の咆哮を耳にしていた。
「しかし耳を塞ぐのは得策じゃない。あれはどうも、直接精神に響いてくるようなものだったから」
 グリーンが手渡してくれた香草の包みが、みなの気持ちを冷静にさせている。これもいくばくかの効果はありそうだった。 「ただの砂が、精神攻撃なんか仕掛けてくるかしら? どうも、怪しいわ」
「だな。俺もそう思う。『何かの力』が砂を練り上げて作ったゴーレム、とかな」
「ガガ、同じこと思う。砂の中、本体、あるはず。狙う!」
「もしもそういう、魔法か何かで作られたモノなら、アレに指令を与えたやつがいるはずだ。そして、何かの目的があるはずなんだ」
 一行はうなずいた。今回の調査の方針が見えたのだ。

 ひとり取り残されたのはルーファである。
「えっと、俺は? どうしたらいいの?」
「ばーか、お前、自分でパレスにやって見せてたじゃねぇか」
 ダグザはまたにやりと笑った。きょとんとしているルーファに弓矢を渡して、
「これ、グリーンが使ってくれって貸してくれたんだがな、俺の戦い方は直接アックスを振り回すものだから」
と彼はこともあろうにそのシーンを再現してみせた。
「こう、首をかしげて指をあててだ、
 『《夜魔》って、意外と砂の塊の様な気がしませんか?(難しい顔つき)
 もしかして《忘却の砂漠》の自然現象で、例えるのなら……、そう、竜巻みたいな物?なんて、(ぱっと顔をあげる)
 やっぱり変な思い付きですわよね?(てへ、っと首をかしげて)
 目を閉じて、耳を澄まして観てくださる?(背伸びして真剣な目つきでにらむ)
 《夜魔》を感じるの、そしてそのまま、流れを体で感じるのですわ!きっと、解かりますわ、射るべき一点―――(深々)
 って、只の想像ですわ。だって、全然、証拠が何もありませんもの。(にこ)』

だそうだからな。上手いこと使ってやってくれや」
 すごいものを見てしまったルーファは、弓を手に途方にくれた。

(2)