第7章|邂逅抱擁解放落涙契約満天の星マスターより

解放

Sit tibi terra levis.


「来るな、サーチェス!」
「いや! だっておとーさんとサーチェス、家族だもん! 家族はゼッタイに、離れないんだもん!」
ダグザの足にすがるようにして、サーチェスは泣きじゃくった。
「サーチェスには見えるんだもん。お星さまがなくなっても、見えるんだもん! みんなしあわせに……笑って……前にクロードおにいちゃんがいってたみたいに。みんなでしあわせになるの!」
銀狼の前足がダグザをかすめた。少女の身体は軽々とはねとばされた。
「「サーチェス!」」
ダグザとパレスが同時に声をあげた。地面に打ち付けられたサーチェスは動かない。
「あんた、本当に俺を怒らせるのが上手いな!」
ダグザはふつふつと湧き上がる怒りに身を任せ、銀狼に戦いを挑む。銀狼の手管にいらついていたダグザは、あらんかぎりの挑発で銀狼を戦いに持ち込もうと考えていたのだが、もうそれもどうでもよくなっていた。向こうが先に、仲間に手を出したのだから。
「おかげでラクになったぜ。……里長とアンジーの奴も手にかけやがったんだって? 『俺がその場にいたら』なんてのは自惚れだよな。でも、全部を仕組んだ野郎に、落とし前はつけてもらおうか」
グレートアックスをふるって、まず鼻面に一発かます。パレスには隕鉄の剣のかわりに、自前の長剣を貸した。
「すまない」
「いいからさっさとこいつをやっちまいな!」
もう一撃、跳躍しながらダグザは体重を乗せたアックスを、前足に打ち込んだ。
『ウギャオオオオオオオォォ!』
「はき出す息に気をつけろよパレス、吹き飛ばされるな!」
パレスは答える代わりに、身を縮めて怒りの前足をかわしながら、喉元に斬りつけた。
『この、兄弟神の犬め!』
「犬はおまえだよ、この野郎!」
ダグザとパレスは見事な呼吸で、咆哮をあげようとした銀狼の舌をねじりあげた。どくりとどす黒い血が噴き出し、ふたりの身体を紅く染めあげる。銀色の毛皮もまだらに染まっていた。ごぼごぼと不気味な音とともに、大量の血と空気が銀狼の喉からあふれてくる。
「これ以上、犠牲者をだすもんか。いいかい、人を思い通りに動かして、そのあげくの望みだなんて許されないんだよ! 過去に何があろうが、どんないきさつだろうが! 自分の身体を動かせば、その分痛いんだ、おまえにそれが分かるのか?」
「なぜ、ディリシエにハースを殺させたんだ? ラステルを操るだけなら、そこまでしなくてもよかったじゃないか!」
『愚かな!我に刃向かうとはどういうことか、分かっているのか、《剣》よ?』
「わかるものか! わからなくたってかまわない。ディリシエの心をゆがめたあなたを、《父なる者》とはもう思えない!」
返り血にまみれたパレスが叫んだ。
『すぐに知らせてやろう、朱印なき《星見の民》の末路を』
銀狼は身を起こすと、ダグザを踏みつぶそうと前足を持ち上げた。足裏の柔らかそうな部分を狙ってダグザは切り裂くと、身を転じて背後に回る。倒れていたクロードたちにかぶせようと思っていた、神々の武具はなくなっていた。持ち去ったのは少なくとも仲間の誰かであるはずだ。それならいい、とダグザはまた戦いに集中した。

「ぐはっ」 パレスが口から血とともに、赤い球を吐き出した。
「パレス! その球はまさか」
『まだ我が主の準備は整わぬようだな。残念だ。これを最初に召し上がっていただこうと思ったのだが』
「そうはいかんで!」
妙なイントネーションとともに投げつけられた球体は、銀狼の足元で爆発した。砂塵が巻き上がり、戦士たちの目を刺す。
「ホレ、兄さんこれ飲んどき。ホーキンス商会印の飲み薬」
パレスの鼻をつかんでむりやり黄緑色の液体を流し込んだのは、ジャニアス=ホーキンスだった。
「ジャン! 助けてくれるのはうれしいが、一言打ち合わせくらいしてくれっ」
「えらいすんませんねー。煙幕になるかて思ったんやけど」
砂が入った涙目でダグザは、それでもこの助太刀をありがたく思っていた。
「パレスを頼む。もしかしたら」
「獣になるかも、か? エエよ、そんなことにならんようにじゃんじゃんばりばり薬売ったるさかいな」
ダグザはにやりとうなずき、銀狼にとどめを刺すべく向かっていった。

「嬢ちゃん、よく頑張ったやないか。苦いかもしれんが、これ飲んでな」
倒れているサーチェスに駆け寄ったジャンは、両膝を開いたヤンキー座りで少女の喉をこじあけ、同じ液体を飲ませた。
「……けほっ」
「起きられるか? 気分はどうや?」
「サーチェス、おとーさんと一緒に行くの」
「そんだけ言えれば上等やな。見てみ。ダグザおじちゃん、ミダスと戦っとる……」
「いやだよ。ねえどうして? ダグザおじちゃんだって、サーチェスたちの、仲間のこと、みんなみうちって言ってたのよ。みうちって家族ってことでしょ?」
「あいつはそれでも、嬢ちゃんをかばってたで。たぶん、戦いに巻き込まないように」
銀狼の前足の一撃は、きっとサーチェスを戦いから遠ざけようとしていたのだ。ジャンにはそう見えた。
「それでも……ああ、せやな。家族どうしで戦うなんて、あかんことやな……」
パレスは身体を震わせながら、それでもダグザの長剣を手にし、よろよろと立ち上がった。
「死ぬ気ならやめとき。まだあるやろ? することが」
ジャンは剣士の背中に声をかける。

ダグザとパレスが、同時に銀狼の目に刃を突き立てた。
『グワォォォ!』
痛みで銀狼が上半身を揺らす。すごい勢いで戦士たちは振り落とされた。
「まだ終わらせねぇぞ。今のは里長とアンジーの分だ!」
『おのれ……』
銀狼は、血にまみれた毛皮をぶるぶると震わせ、見る間にその大きさを変えていった。
銀髪の男性。冒険者たちを《朱の大河》の洞窟で誘った、あの人影であった。
「それがおまえの限界か、ミダス! 魔女の番犬め!」
血の涙を流す目に片手をあてているミダスに、ダグザが言い放った。
「汝の欲することを成せ……おまえはそう言ったな!? いいさ、やりたいようにやってやるとも、俺の望みはこれ以上、命を奪わせないこと。そのためにおまえを倒す!」

ミダスは手をあげて暗闇の塊を生み出し、渾身の力でそれを戦士たちに投げつけた。
『主への供物は貴様らだ!』

その時、低い声とともに光が奔流となってミダスを取り囲み、彼の暗闇をうち砕いた。
『その言葉はそっくりお返ししよう!』
兄弟神がそろって顕現したのであった。

契約へ続く


第7章|邂逅抱擁解放落涙契約満天の星マスターより