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第2章 導くもの――先発隊

■Scene:先発隊、(1)

 クレドとグロリアが加わることになり、先発隊として《炎湧く泉》を目指すのは以下の者たちとなった。
 隊長――のつもりの老勇士ホールデン。地図を持つカッサンドラ。
 雇われた旅人たちからは、まず探検家エディアール・ノワイユ。
 護衛役にはティカ・エイブンとダージェの剣士組み。
 そして精霊使いフート・フュラス、錬金術師ヴィーヴル、宝石道師パーピュア・クリスタル。
 遠見のレディル・エームに放浪人リュート=レグルス、そしてよろず引き受けの商人イーディス・ディングラーデン。
 もちろん、からくり犬スィークリールも一緒である。
「アダマス師が補給隊というならば、こちらを選ぶしかないだろう」
 エディアールはその点において不満であった。アダマスこそ依頼人であり、調査隊を指揮すべき役割なのに、何故後方部隊に陣取るのか、と。不満は疑念と仲が良い。
「いいじゃないですか。あんたが一番手馴れていそうだし、何よりしっかりしてそうだ。あのじいさんが隊長やってるより、安心しますよ」
 エディアールが実質先発隊を指揮せざるを得ない状況について、リュートが評した。
「本来は、陣頭指揮は不得手なのだが」
「そんなこと言って。信用すると思いますか? あんたの顔に書いてありますよ、勝手なことをするやつは許さない、って」
 リュートはくすくすと笑う。対照的にエディアールは仏頂面だ。
 陣頭に立つよりも補佐でいたい。
 それはエディアールの本当の気持ちであった。しかし今回の調査隊には女子ども老人に加えて、この手の経験が浅い者も多い。おそらくもっとも経験を積んだ自身が立たねば、調査隊の成功が危ぶまれることははっきりしている。目的地までも安全に辿り着けないかもしれない。
「ホールデン老人と比べられても嬉しくないな」
「そう? 褒めたつもりだったんですけどね。とはいえ所詮、なるようにしかならないものですし」
 エディアールは憮然とした表情のままだ。
「あんたの言うことも分かりますし、僕も出来る範囲で協力しますよ」
 それは、とエディアールは思った。自分はやりたいようにやる、という宣言なのだな。
「それより、もっとごつい連中ばかり集まって来ていると思っていたんですよねー」
 リュートは調査隊についてそんな感想を漏らす。視線は、ちらとホールデンに注がれる。老勇士は気づかなかったが、スィークリールは親しげに吠えた。
 リュートは言いたいことだけ言うと、またふらりと誰かにちょっかいを掛けに行く。
「まあ、私も正直なところ、これほどまでに多彩な人々と伴にすることになるとは……」
 カッサンドラも思っていなかったのだという。
「ご安心を」
 エディアールは片方の眉を持ち上げて答えた。
「よくもまあこれだけ選り取りみどりで揃えたものだと思うが、それがアダマス師の意向であれば仕方がない」
 いい機会だ。アダマスのことについてもカッサンドラから聞いておきたいと思っていたエディアールは、話を続けようとするが。
「こりゃ、若いの」
 ホールデンが何を聞きつけたか、ぽかりと拳骨の仕草をする。
「女子ども老人を馬鹿にするんじゃないぞ? 若いのもいつか年老いる」
「馬鹿にしたつもりはない。守るべき対象として認識しているさ」
 エディアールは老人が後ろ手に持っていた酒瓶をひょいと持ち上げ、顔をしかめて見せた。
「酒はキャンプの時だけにすると約束してもらえないか、全員の安全のためだ」
「分かった分かった。そりゃいいから、女子ども老人を馬鹿にするでないぞ? 来た道じゃからなあ!」
「……馬鹿にしたつもりはない、と」
 酒瓶をホールデンに返し、先が思いやられる、とエディアールは腕を組んだ。
 思ったよりも大変な仕事を選択してしまったのかもしれない。だからこそ安全に隊を導くのが自分の役目だ、と再確認した思いである。
 気を取り直し、カッサンドラにはこう告げる。
「カッサンドラ。貴方はここでは依頼人の代理人だ。安全なのは隊列の最後尾だと思うのだが、それでいいだろうか」
 否やはないといわんばかりの口調である。
「かまいません」
「ではそのように」
 カッサンドラの従順な態度は有り難いものだった。

■Scene:先発隊、(2)

 一同が出発前に目的地を確認しようと、カッサンドラが取り出す地図に期待を寄せた。
 地図は全体の一部を大きく切り出したもののようであった。
 パルナッソスとラハが端のほうに描かれている。
 要所であるオアシスを結ぶ隊商路の他に、放射線状に線が集中している箇所がある。いかにも重要そうなその場所が、はたして目指すべき《炎湧く泉》であった。
 博物学者ヨシュアはこれを写し取るのに、半分嬉々として、もう半分は苦労しながら作業したものである。ヴィーヴルも地図の写しは必要と考えていたので、作業は分担することができた。彼らのおかげで、地図の複製が2枚完成した。
 一枚は補給隊でヨシュアが持ち、もう一枚は先発隊でヴィーヴルが持っていることになった。
「ヨシュアのほうも、今頃盾父を質問攻めにしているだろうな、きっと」
 地図に目を落とすうち、ヨシュアたちに想いは馳せる。ヴィーヴルは彼方の様子を思い描こうとした。シュシュとヨシュアが補給隊にいるのだから、さぞかしアダマスも閉口していると思われる。ヴィーヴルもアダマスに質問したいことはあったけれど、先発隊を選んだのはやはりカッサンドラへの興味からだった。
 ……カッサンドラは、はたして何を知っているのだろう?
「元々はどなたが作った地図っすかね?」
 描かれた地形に興味津々でフートが尋ねる。
「この、書き込まれた雰囲気からして、ミルドレッドさんっすか?」
「そうです。これはミルドレッド女史が盾父に説明していた時の資料でした」
 フートにうなずくカッサンドラ。
「なんか、危険っぽい感じがちょっとだけしてくるっすね」
 ちょっとだけですけど。
 そういうフートは、ちらりとクレドに視線を送る。
 怖くないぞと言いたげに、少年は精霊使いに無言で胸を張っていた。
「んー、ミルドレッドサンの書いた地図かあ!」
 ダージェの顔が輝く。女性には優しくすることを厳しく躾けられてきた彼は、もちろん先発隊に加わった理由もミルドレッド救出第一である。
「ってことはこの模様も、ミルドレッドサンが研究してたどり着いた手がかりだね、きっと!」
「ん?」
 ダージェが指さした先、《炎湧く泉》の側にうっすらと、見たことのない紋章が描かれていた。
 否。
 一旦は描き、その後でインクを消したようにも見える。」
 目をこらすと、二羽の鳥が背中合わせに描かれているようだ。
「ヨシュア、気づいてたカナ?」
「いや……どうだろう」
 ヴィーヴルは複製地図をつき合わせてみる。複製は、完全には鳥のような模様を写しきれていなかった。よくよく注意深くなければこすれた跡にしか見えないのだから、仕方がない。
「ヨシュアも知らない紋章だということになるな。写しきれていないのだから」
 かくいうエディアールの知識にも、このような紋章の覚えはない。
「何のしるしかな? 謎々みたいで面白そうじゃない」
 リュートがいいことを思いついたとばかりに顔をあげて、仲間を見渡す。
「最初に謎を解いた人にご褒美でも出してもらおうよ。どう?」
「アダマスさんにかけあってみたらどうだい?」
 イーダがくすりと笑う。
「特別にご褒美がもらえるかもよ。あたしは謎々解くのにあんまり自信ないけど……でも面白そうだねえ」
 鳥。鳥。とり。
 鳥といえば、何を思い浮かべるだろう?
「謎々よなあ!」
 大きなしわがれ声はホールデン。
「昔は《大陸》中に謎々が満ちておったもんじゃ……冒険に謎々はつきものじゃったからな」
 もはや聞きなれたその声が、いつものように過去を懐かしむ。
「謎かけの像もあってな。砂漠なんかそいつらだらけだったよ。連中、お宝を守護しとるんじゃ。いかにもな格好でのう」
 お宝と聞いてレディルがぴくりと反応する。
「お宝の守護者、そういうのも《炎湧く泉》にいるんでしょうかね」
「そりゃあ、価値あるものにはつきもんじゃ」
「よし! 任せろ!」
 厚手のマントの下から腕を振り上げるティカ。
「おれがそういうの担当するぜっ! 守護者でも何でも来い!」
「……頼みにしているぞ」
 エディアールはそう言って、隊列の持ち場へと戻る。目的地までは隊列を組んで歩くのだ。エディアールが推薦したため、なんとティカは先頭に立つことになった。傭兵という意味では彼はきちんとティカを評価しているのである。
 そう聞いてティカはおおいに張り切っている。人知れず、まだ見ぬ守護者との戦いを想像しては、口元を引き締めることを繰り返している。

■Scene:先発隊、(3)

 《炎湧く泉》まではミルドレッドが通ったと思われる行程で進みたい、とダージェは主張した。
 この提案は受け入れられ、ヴィーヴルが地図を確認する。
 パーピュアが駱駝の背をさすりながら声をかけた。
「さあ、今日も元気をだして頑張りましょう〜」
 駱駝のほうは気持ちよさそうに目を半開きにし、パーピュアの手が離れると残念そうに足を伸ばして立ちあがった。ふるふると駱駝が身を震わせる。ずり落ちた鞍を、よいしょ、と直すパーピュア。
「えらいえらい」
 動物の世話は彼女の性にもあっていたようで、小休止のたびに声をかけたりと忙しいことを楽しんでいる。
 片手に日傘、帽子をしっかりかぶってとことこ歩くパーピュアも、駱駝に声をかけるのが旅の気分転換になっているようだ。
「駱駝の言葉がわかるのかい?」
 あまりにも仲がよさそうなので、イーダは不思議そうに尋ねたものだが、パーピュアは首を振った。
「いいえ、そうではないのですが。このコが賢いんでしょうねえ」
 そう言うとまた駱駝は気持ちよさそうにすりすりとパーピュアにすりより、彼女がつけていた花の髪飾りにぱくりと食いついた。
「ああ〜、それは、だめですよー」
「あはは。おいしそうに見えたんだねえ、きっと」
「でも、だめですー」
 半泣きのパーピュア。髪飾りから口を放した駱駝が笑ったように見えたのは、イーダの気のせいではないかもしれない。
「ねえねえイーダ!」
「ん?」
 クレドとグロリアは、イーダやパーピュアにまとわりついている。
「あのサボテン、食べたことある?」
 紫色がかったサボテンを指さすクレド。くすくす笑うグロリア。その色合いからして、いかにもな雰囲気を感じながら
「ええっないよ! 食べられるのかい?」
と答えるイーダ。
「一度だけ、隊商の人が食べてたステーキを食べさせてもらったけどさあ」
「……すっごく、まずいの!」
 うええ、とクレドは顔をしかめた。
「皮は固いし、身は味気ないし!」
「そういう食べ物しか手に入らないときだってあるだろうさ」
 例えば、緊急事態とか。そんな想像が浮かんだが、さすがにイーダも、子どもたちを心配させてしまうようなことは言えない。
「おなかこわさなかったかい」
「うん。それは平気」
 グロリアは自信たっぷりだ。
「こいつ便秘気味なんだ、いっつも」
「もう! クレドはどーしてそういうこと言うのよ!」
「だってホントのことじゃねーか」
「乙女の秘密なんだってば!」
「だーれが、おとめだよっ」
「まあまあふたりとも……」
 イーダは、もう今日までに何度繰り返したかわからない台詞を、またも口にする。
「今度は、ちゃんと教えてくださいね?」
 パーピュアは真剣な顔でグロリアに告げる。
「え、何を? サボテンステーキ?」
「違いますよう」
 パーピュアは唇に人差し指を立てて言った。
「おなかのことですよ。ちゃんと、治してあげますからね」

■Scene:先発隊、(4)

「なあなあっ、カッサンドラさんっ!」
 ティカは道中カッサンドラと話す機会を得て、かねてより温めていた問いをここぞとぶつける。
「仕事のことについて教えてほしいんだけどさあー?」
「何でしょうか?」
「ぱ、ぱ、パルナッソスのお役所って、すっごく金持ちなんだよなあー?」
 カッサンドラは目を丸くすることしばし。
「そう……でしょうか?」
 レディル、リュート、ヴィーヴルらも、何を言い出したのか、とティカを見つめる。
「だあって、なんだか変な仕事だよなあー?」
 ティカの言い方は、妙にティカらしくなかった。
「どしたの、ティカ?」
とダージェが心配するくらいである。
「いーんだよっ。おれはカッサンドラさんに聞いてるのさ! なあなあ。今回の仕事って……変だよな。そう思わねーか?」
 ちら、ちら、とティカはカッサンドラの顔を伺う。傍からは、ティカがカッサンドラの失言を誘おうとしているのがまるわかりである。
「そう? 別にいいんじゃない?」
「だ・か・ら! おれはカッサンドラさんに聞いてんの!」
 ダージェにはつっけんどんに肘鉄を食らわせるティカ。ダージェからいつもか弱いオンナノコ扱いされることに対する不満も上乗せされているので、かなり容赦ない。
「なー。アダマスさんて何するつもりなんだ? これだけ人を雇って、お金もかかるだろー? 絶対……何かウラがあるに決まってると思うんだけど……」
 ちら。ティカの視線、カッサンドラのそれとまっすぐぶつかる。
 途端にティカはしどろもどろになる。
「う。な、な、何だよ! 大当たりだろ! ホラ今ぎくっとしただろっ」
 ばたばたばた。手を上下に動かしながら、ティカは早口でまくしたてた。
「それくらいでびびるティカ様じゃないぞっ。だいたいアダマスさんが何か企んでることくらい……」
 そこまで口にしてハッと固まるティカ。
 ぷっと誰かが吹き出したが、おそらくはリュートだろう。
「え。ええっ? いいいい、いやその、べ、べべ別にそんな、おれアダマスさんが悪い人だなんて思ってないぜ! 全然っ!」
 我慢できずにリュートが爆笑する。
「な、なんだよっ! リュートさん! おれ別におかしなこと言ってねーよなっ」
 顔を真っ赤にしてティカが詰め寄る。もちろん、迫力はあまりない。
「あはははっ……いやあ、何ていうか。愉快だねー、あんた」
 大方ティカは、アダマスが企んでいるあろう――とティカは思い込んでいる――何事かをカッサンドラに言わせようとしたのだろう。そのことが分かるから、リュートは一層おかしかったのだ。
 だって。
 ヴィーヴルも、そしてエディアールも一緒に話を聞いていて、どちらもティカを止めないのだ。
 ティカが直球で放った問いの行方を、興味津々に見つめている大人たち。その構図はなかなか面白かった。
「ほ、褒められて嬉しくなんかないぞっ」
「ぎゃはははっ」
 ティカはますますぶんむくれて、拳でリュートをぽかぽか殴る。もちろん、迫力はまったくない。
「悪い悪い。やー。ごめんって」
 リュートが両手を挙げてあやまると、ティカはあっさりと「よし」などといって彼を解放してくれた。そのあたりがまた、何とも子どもらしくて楽しかったリュートだけれど、さすがに笑いは堪えたのだった。
「調査についてなら、私は盾父が話したこと以上は、ちょっと……」
 その言い方は、ティカが期待したように「教えられることはない」と拒絶する言い方ではなかった。知らないのだとしたら、ますますアダマスが先発隊を率いるべきだったのではないか。ヴィーヴルもアダマスに対する疑念を抱きつつある。
「それならミルドレッドさんのことは? 会ったことあるんだろう?」
 レディルが話の向きを変えて尋ねた。
「はい。一度だけですが。《炎湧く泉》に関する説を盾父に説明された時に」
「ミルドレッドさんは、《学院》から来た人だったよな。《精霊の島の学院》だっけか、《大陸》で一番でっかい学校があるところだろう?」
 その《学院》というのはどのような組織なのか、レディルは興味があった。
「たしか、高名な召喚師の一族が学長を務めているはずだったな? 違ったか?」
 研究分野ごとにいくつも派閥が分かれている、という噂なら漠然と聞いたことがあるのだが、もちろん《精霊の島》とやらに行ったことはない。
「そのとおりです。今の学長は、《獣の一派》に属する人間で、かつて《竜》を眷属として従えていたこともある強力な召喚師です。盾父によれば《学院》は、長年培われた研究成果を取引材料として、ひそかに諸地域と接触しているのだそうです。その取引相手のひとつが、あのパルナッソスだと盾父は言っていましたが……」
「単に、学生たちがお勉強に励んでいる場所ではないってことだな?」
 レディルがなるほどねえ、と口元をさする。
「全員がそうではないでしょうし、少なくともミルドレッド女史は、そのような政治に関わりなさそうに見えましたけれど……もちろんミルドレッド女史がどのような立場にいたのかは、定かではありませんが。一度お会いした限りでは、熱心な学者といった印象の女性でした」
「研究熱心なのか、その先の実利を求めているのか、ってトコかな。難しいよな」
「学者にもさまざまな人間がいるようですから」
「そりゃ、そうだろうな」
 アダマスがよく学者たちと一緒にラハまで来て酒を飲むというのは、単に気晴らしだけではなく、そのあたりの情報収集をも兼ねていたのだろう、とレディルは思った。
「骨董品と違って、人間はその場その場で意見も変わるだろうしなあ」
 そういう意味では、骨董品の相手は気楽だ。一方的に思念を放ってくることこそあれど、人間のように翻意するわけではないのだから。
 次にカッサンドラはミルドレッドの外見的特徴を問われて、
「銀色の髪をまとめあげて、お団子型に止めていました。」
と答えた。衣服もこのあたりでは珍しい、ふくらはぎよりも丈の長い、首元の詰まった上着に帯を締めているという。
「見たことあったかなあ」
「それと、変わっていたのは瞳の色ですね。片方が銀色、片方が赤色なんです」
「目立つね、それは」
 そういいながら、ラムリュアが占い札を開いてやった話をレディルは思い出していた。

■Scene:先発隊、(5)

 皆が床につきはじめた。
 パーピュアは、足を折り曲げて休んでいる駱駝の毛並みに軽く触れ、今日も一日ごくろうさま、と心の中で唱えた。
 今夜はどこで横になろうか考えながら顔をめぐらせる。いい場所はすぐに見つかった。
 砂丘を少し上ると、月光に照らされた砂の海が眼前に広がっていた。
 その光景を目にした瞬間、とくん、とパーピュアの胸が高鳴る。美しい景色だった。月光を浴びて、今夜もきっととてもよく休めるだろう……
「あたしもここで寝る!」
 振り返ると、夜具を抱えたグロリアがパーピュアの背後に立っている。
「ええ、いいですよ」
 パーピュアは喜んでグロリアを招いた。夜具の上にちょこんと二人で腰を下ろす。ふたりが並ぶ姿を傍目から見ると、パーピュアのほうが幼い妹に見えただろう。
 何事にもおっとり、のんびりしているパーピュアは、勝気なグロリアにとってもまるで妹分。リュシアンから諭されたことなど意識もしていないようなのだが、パーピュアは慣れているからか、別に怒りもしないのだった。
「ねえ」
 グロリアが口を開く。
「ピュアってどうして、毎晩、砂漠の真ん中で寝るの? 朝、まぶしくないの?」
 少女は、パーピュアの行動が不思議でならなかったようだ。
 それというのも、こんな一幕が先にあったからである。
 砂丘の陰にひとかたまりとなって夜を過ごした方がいいと主張するエディアールに対し、パーピュアは大丈夫だからと言い張ったのだ。
 すぐに合流できる範囲で、危険がないとわかった場合だけ。遠くには行かない。
 そういう約束の下でパーピュアの行動が許されたのは、ひとえに彼女自身の体質の問題があったからなのだが、グロリアはそうやって単独行動が許されるパーピュアが羨ましかったものらしい。
「こういうところで寝るのが、とにかく、気持ちいいんですよ。それに……」
 グロリアの質問に対して、どこかズレた答えを返すパーピュアだ。
「このほうが安全ですし」
「安全? 砂漠の真ん中で、ひとりで寝てるほうが安全だっていうの?」
 パーピュアはもちろん、と微笑む。
 パーピュアが生業としている宝石道師の一族では、子ども生まれると物心がつく前に、力ある宝石をその身に帯びる儀式を行う。彼女の場合は、月の加護を強く受ける宝石アメジストをその身に宿している。代わりに、お日さまの下ではとても弱い。
「それで、あの日傘」
 日中のパーピュアが、じっと何かに耐えるように日傘を抱えている理由が、やっとグロリアにも飲み込めた。
「はい。そうなんですよ〜」
 宝石アメジストには、災厄を払う力があるのだという。
 レディルが受け止めた負の想いを昇華させたのも、その効果のひとつであるらしい。
 フート曰く、人の手になる物品類が長い時間をかけて記憶を蓄積するのと同様に、《大陸》の奥深く眠る宝石が長い時間を経て神秘の力を持つことは、よく知られていることなのだそうだ。
「じゃピュア、《魔獣》がいても平気なんだ、すごいなあ」
「んー。それはやっぱり、平気じゃないと思いますよ」
 こてっとパーピュアの肩にもたれるグロリア。
「話が違わない?」
「《魔獣》さんってとても強いのでしょう? 私の力は、とても強いものには及ばないんですよ。例えば、毒虫とか、人を襲う動物とか、そういう危険からは遠ざかることができますけれどね」
 なあんだ、と少女は嘆息する。
 でもグロリアの頭は、パーピュアの肩に載せられたままだ。
「あたしも、ピュアみたいに、何か特別な力があったらよかったのに」
 ぽつりと、そんな呟きを漏らす。
「特別な力があってもなくても、きっとそんなことは関係なくて、アダマスさんはやっぱりグロリアさんを大切にすると思いますよ」
「そうかなあ……」
 グロリアはそれ以上は言葉を続けなかった。
 パーピュアの肩から癒しの力が届いたのだろう。一日気張った疲れもあって、いつの間にか寝息を立てている。
 パーピュアは、グロリアの目に自分は何歳くらいに映っているのだろうか、今度尋ねてみようと思った。


1.子どもの領分2.導くもの3.荷を負うもの4.《炎湧く泉》5.幕間〜からくり犬は見た〜マスターより

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