第6章 3.信仰宣言
■Scene:信仰宣言(1)
調査隊はかつてアリキアの木が聳えていた場所に再び集っていた。
クレドが戻り、カッサンドラが戻り、幼子ミストも加わり、急に調査隊も賑やかになった。思えばパルナッソスを出発して以来、全員が揃ったこともまだないのであった。
エディアールは、良く通る声で皆に告げる。
「皆、話を聞いてほしい。これからのことだ」
ヨシュアに伝えたことを、さらに詳しく説明する。
アダマスが先行し、ルドールという男の元へ向かったこと。ドールと呼ばれた男、すなわちルドール。そして、そのルドールが、一連の出来事の黒幕であるということ。
アダマスの推論をティカの発言が裏付ける。
「そうそう。そいつがミストに出任せを教えてるんだ! でももう大丈夫だよな、ミストっ」
ミストは無邪気に微笑んで、しっかりとティカの腰のベルトをつかんでいる。
「ルドールの目的は、おそらく兄弟神の再臨だ」
「……《魔獣》を利用して! もしそうなら止めなければ」
ミルドレッドが静寂を破る。
「神官坊やはドコへ行った? 綺麗な顔した坊やがおったろう。こういうときこそ、あやつめの説教の出番じゃろうに」
ホールデンも喚いた。
「カインとリュートは、アダマス師と共に先行している。私はアダマス師を追いルドールと話をするつもりだ」
エディアールが、先の続きに流れを戻す。
「ルドールは、前任のパルナッソス教区長だった。その立場を利用すれば、兄弟神の降臨を大掛かりに計画するなど容易いことだっただろう。だが……動機はわからない」
陰謀の全容も把握しきれていない。ルドール本人に会って確かめるしかないとエディアールは言った。
『そいつをぶっとばせばいいのか?』
ヴィーヴルの肩にちょこんと止まっている火の鳥が嘴を開く。唯一、同化せずに結晶柱の外へ出てきたミスティルテインである。
「ミスティルテイン」
火の鳥と、そして赤い片目を持つ仲間の内に宿る9の欠片に向かい、エディアールは呼びかけた。
イーダ、ダージェ、シュシュ、ラージ、ヨシュア、ラムリュア、ホールデン、グロリア、ミルドレッド。
11番目の欠片は未だパーピュアの側で、結晶内部に囚われている。12番目の欠片は所在すら不明――そこまで声が届くかどうか、半ば願いつつエディアールは言葉を続けた。
「ミスティルテイン、貴方たちも一緒に来てもらえないか。相手は先に言ったとおり、全ての黒幕だ」
『我が復讐の相手ということか?』
「その確証を得るために、行くのだ」
『我を利用するつもりだろう』
エディアールはちらとヴィーヴルに視線を走らせる。錬金術師はやれやれという顔で補足をする。
「さっき、説明したろ。あんたのために、オレたち知恵を出し合っているっていうのに」
片手をあげエディアールは火の鳥の矛先を自分へ向けさせ直す。
「無理にとはいわない。ただ理解してもらいたかったのは、これから黒幕を相手にするにあたり、真実をすべて聞き出してこの封印そのものを破壊しなければ復活しても意味はない、ということだ」
『それはわかった。つまり』
火の鳥はばさばさと火の粉を散らしながら、エディアールの頭上を舞った。
『お前の言う、真実の確信が得られたならば、火の玉を打ち込んでもよい、ということだな?』
「それは最終手段だって。シュシュが言ったこと、おまえもう忘れたのか? こっちは野蛮なことはしないんだ」
『手段!』
ミスティルテインは再び噛み付いた。
『道具が我を手段と呼ぶな!』
「はあ、ほんとうるさい奴」
ヴィーヴルが呟く。
『結構』
「何が道具で、何が《魔獣》なのやら、オレも混乱してきたぜ」
ヴィーヴルのそんなぼやきもあったものの、ひとまずは、ルドールに会いに行くにあたりミスティルテインの協力を得られることになった。
「ミスティルテインを宿していない者……私もそうだが、クオンテ、リュシアン」
「おう?」
「それにクレド」
「あ! う、うんっ」
「貴方たちも、できれば来てもらいたい。危険はないとはいえない。相手は神を降臨させようとしている男だ。だが、真実をつかむため、誤魔化しを許さぬ場の雰囲気を作り上げることも大事だと考えている」
「人数が多いほうがいいってか」
そういいながら、エディアールの意図をクオンテは推し量ろうとした。
彼は大人だ。自らの好奇心を殺すことくらい慣れているに違いない。あえてクレドを前教区長に会わせる――会うかどうかは、もうクレドは自分で決められるはずだけれど。
「危険を分散させるという意味じゃない。こちらが大人数であるほど、結果的に相手が打つ手は限られてくると考えたまでだ」
例えば……《涙の盾》神官の不祥事を目撃したとなれば、神殿側は隠蔽に動いてくるだろう。アダマスが容易に調査隊の目的を明かさなかったことからも、今回の一件がじつは非常に政治的な影響の大きい事件であることが伺えた。神殿側は何としてでも極秘に処理したいに違いない。一番簡単なのは、目撃者をすべて処分することである。
「こっちが大人数であるほど……そりゃ、そうだろうな」
「ひとまず、私の提案は、そういうことだ」
エディアールがミスティルテインに拘ったのも、ルドールに対する抑止力として重要であると考えていたからである。もちろんそのことをミスティルテイン本人に伝えようものなら、彼は文字通り烈火のごとく怒りだしたに違いない。
クオンテはもとより、ルドールに会いに行こうと思っていた。自分のことは構わない。だが、子どもたちは……。
そこまで考えて、ふとクオンテは、クレドと同等、あるいはそれ以上に危なっかしい子のことに思い至った。
ミルドレッド。
鳥の紋章を持つ女。神の降臨に際する拠り代として彼女は生まれたのではないかという疑念をクオンテはひそかに抱いていた。
彼女を、ルドールの待つ場所へ連れて行きたくなかった。すべて周到にルドールが仕組んだ罠ならば、再びミルドレッドをルドールの元へ届けることになりはしないか。
だがその思いはクオンテの内に秘められたままである。
どうせ止められないんだろうな、という諦め。そして、ミルドレッドの側に、記憶を失ってもなおダージェがついていること。若いふたりに任せて、なんてのは便利なだけの言葉だ、とクオンテは思った。都合がいいように大人が使っている言葉。
自分もその一部だと。
本当は止めなくちゃいけないんだろう。止めなかったら、後悔するだろう。
でもどうして俺は、ミルドレッドとダージェをふんじばってまで、ここに残していかないのだろう。
俺自身、ルドールの意図を妨害するために、奴のところへ行こうとしているのに。その俺がみすみす手土産を持たせるようなことをするのか。
「畜生」
……好きにさせてやりたいから、か?
今のところ、答えはこれしか見つからない。
何があっても責任をとらねばならない。自分は、知っていて、止めなかったのだから。
■Scene:信仰宣言(2)
「会議を長々としている時間はないんじゃないかしら」
ラムリュアが、一行をそっと急かした。
「話はまとまったのでしょう? カインもミスティルテインを解放したがっていたわ。あの人が何を考えているのかは分からないけれど、ミスティルテインが全員揃っていたほうがいいというのなら……」
「カインさんがこれをクレドくんに渡していたそうです」
リュシアンは《痛みの剣》の聖印を掲げて見せた。目にしたラムリュアは息を飲む。
そういえば。
カインは三柱の兄弟神すべてに愛を捧げていると言っていた。
だが、あの時。彼が見舞ってくれた夜。カインの胸に、顕わになったふたつの聖印――《愁いの砦》と《涙の盾》のしるしをラムリュアは見た。兄弟神すべてを信仰しているというのなら、当然《痛みの剣》の聖印も、彼は持ち歩いているはずであった。カインが胸から下げている細い鎖を引っ張った時の、あの、しゃららと聖印が鳴った音まで、ラムリュアは思い出した。
――貴方の信じる神は貴方とともにいるではありませんか。私の側に精霊が寄り添っているように。
――貴女は貴女の精霊とともにミルドレッド女史を救った。ですが、私はまだ何も行っていない。自分の手も汚さず。そして神は、それでよいとは告げてくれぬのです――
逆位置の審判。交差した喇叭。朝を待つ小さなミスト。
「間違いないわ。それはカインの物」
《痛みの剣》の聖印を受け取ったラムリュアはクレドを見つめ、そしてエディアールを見つめた。
「止めにいかなくてはなりません。そうでしょう、ミスティルテイン」
ラムリュアの中のミスティルテイン12分の1は、火の鳥を慮ったようなそぶりをわずかに見せる。
「何を迷っているの、ミスティルテイン」
行くのよ、とラムリュアは言った。
(何のために?)
「あの人を救うため。あの人の救いの手伝いをするため」
しばし言葉を探したあげく、彼女は言った。
調査隊一行はひとつところに集ったのも束の間、二手へ分かれる。
ルドールを追う者たち。それから、パーピュアを救い出す者たち。
ラージはカッサンドラをどうすべきか、少し迷った。脱出する方法を探るという点で、ヨシュアに協力ならばできるかもしれない、と思う。
「おい、ヨシュアさん!」
ティカがヨシュアのチュニックをつかむ。ヨシュアは泣き止んでいた。少し目と鼻のあたりが赤くなっていて、ちょっと前のティカが見たなら、格好悪い弱虫、と思ったことだろう。
「ピュアのこと、ほんとーにだいじょーぶなんだろうな! 絶対助けられるんだよな!」
「……うん」
たぶん、と付け足すのは心の中でだけだ。
やってみなくてはわからない。
「やってみる、俺」
「おし」
ティカは父アクスそっくりに鼻を鳴らしてうなずいた。
■Scene:信仰宣言(3)
選択を突きつけられた二人は、自分の手の中に転がり込んできた鍵を凝視していた。
「夢……本当に、夢のようです」
カインは震える声で呟いた。
「盾父ルドールのおっしゃることが真実ならば……《大陸》に再び神が……《涙の盾》のお姿をこの目で……」
「早まるな、カイン君」
カインとリュートの隣で、アダマスは険しい表情を崩していない。
「これは陰謀だ――ホールデン爺さんの言葉を借りるならばな。さもなくば、阿呆の昼行灯だ。頼まれてもいないのに昼に行灯をつけて回る、人の仕事をわざわざ増やすろくでなしだ」
そうまで言われてもルドールはただ傍観を決め込んでいる風だった。
「盾父アダマス。あなたは盾父ルドールを信じないのですか?」
ただ鳥の鍵を握りしめてカインは言った。
「信じていない」
アダマスは、はるかに年若い姿のルドールを睨んだ。
「神を題目に掲げれば、どんな乱暴もすべて許されると思っている、そんな男を私は信じてなどいないよ、カイン君」
「かつての聖騎士団なら、その発言だけで充分に処分対象になるよ、盾父アダマス」
ルドールは冷ややかにアダマスを見下ろした。
「上官侮辱罪ですか? あなたに聖騎士団の規律をどうこう言う資格はないと思いますがね、盾父ルドール」
アダマスも舌鋒では負けていなかった。
カインは鍵を握りしめたまま動かなかった。一言も発さずに、ルドールの言葉を一心に考え続けているのだった。
渡された鳥の鍵はふたつ。ひとつは自分が、もう一つは隣の男、リュートが持っている。
そしてルドールは言った。鍵を使えば神が降臨する……本当だろうか? しかし空席は二つ。ふたりの人間を連れてこなければならない。神の器に足る存在、ある条件を満たした人間。
その詳細まではルドールは告げなかった。
本来は……ミルドレッドがそこに座るべきだったのだろうとカインは思った。なぜならアダマスが言うには、大掛かりのこの仕掛けはすべて、「盾父ルドールが学者のお嬢さんを食事に招くただそれだけのために」用意されたものということだから。
ミルドレッド、ルドールの娘。
カインの持っていたこれまでの思考の物差しは、この状況にあってもはや意味をなさなくなっていた。神話時代の糸口を手にしている今、それらがいったい何の役に立つというのだろう。
カインが予測しうることは唯一つ。隣にいるリュートという男は、間違いなく、己の好奇心により鍵を用いるだろうということだった。彼は純粋に自分が楽しいことを求めている。その点では、恐らく調査隊の日々において初めて、カインの操縦範囲の中にリュートは存在していた。
残る条件は何だろうか。
ふたり対照の、何かか? それともミスティルテインの力の証明か?
ミルドレッドが座るとしても、椅子はふたつある。もう片方は誰のものだったのか。
自分とリュートでは、鍵の力が発動させられるかどうかわからない……。
「……ああ」
苦しげな吐息がカインの唇から漏れた。
幼子ミストは炎の力を操る。その両目は赤かった。赤い瞳は、《炎湧く主》ミスティルテインの力を受け継いだものと思われた。
ミルドレッドやルドールは、片方の目だけが赤い。
そのことが何を示すのか、カインは考える。
ミルドレッドの瞳は、調査隊と合流する以前からすでに赤かった。そして、ミルドレッド自身はその経緯を覚えていないようだった。しかし、逆にカインは知っている。ラムリュアの霊が垣間見せてくれた、ミルドレッドの過去――舌足らずな声で、やめてと泣き叫ぶミルドレッドの姿――。
あの叫びが、父ルドールに対してのものだとしたら。
カインは慟哭を堪えた。ここにもまた、救われぬ者がいるではないか……。
神が本当に存在するのなら、どうしてまだ幸せになれない人がいるのでしょうか? 神が望んで、不幸を与えているとでもいうのでしょうか? 例えば、ミルドレッドのように。例えば、自分のように。
どうして神は、人をお救いにならないのでしょうか?
預言は果たされぬままなのでしょうか?
《大陸》は、神の帰還を待ちわびているというのに、どうして。
「やめておけ。もう……それで充分だ」
アダマスは言った。
スィークリールもカインの足元に頬を摺り寄せていた。
「君にはやめられない」
ルドールは意地悪くカインを押し留めた。
「君たちの手の中に、鍵を委ねたのだから。《大陸》が待っているぞ」
カインが顔を上げる。わずかに瞳が潤んでいるようにアダマスには見えた。ふたりの盾父の間で、カインはしがみつくことのできる岸を探そうとしているのだった。
「……やめるんだ。あんたにはまだ、他にやれることがあるはずだ」
混乱したカインには、アダマスの声は届かなかった。
「カイン君」
何度アダマスが呼びかけようとも、カインはアダマスの方を向かず、足元のスィークリールにすら一顧だにしようとしなかった。ただ、手の中の鍵を、穴の開くほどに見つめていた。
「もういいですよ」
リュートがカインの代わりに答えた。
「大げさなんだから。そもそも条件が要るんでしょう。とっととやってみて、失敗したらそれだけのことじゃありませんか」
おどけた調子すら感じさせる台詞だった。
リュートはそもそも神を必要としていなかった。人生において重要なのは、リュート自身が面白いと思えるか否か。その基準は確固としてリュートの中に持っており、この状況でも揺るぐことはない。
「だってそうでしょう。僕とカインさんで上手く行くのかもわからないのにさ」
「失敗などさせません」
カインは思いつめた顔で言った。
「失敗など……許されない。誰にも……《大陸》そのものにも」
彼は、落ち着いた所作で鍵を持ち直した。その意味するところを、リュートは理解する。
「その気になるのを待ってましたよ、カインさん」
リュートは背筋を伸ばし、カインに向かって大股に歩み寄った。
「きっとふたり同時にやらないといけないんじゃないかな。そっちの準備は、いいですか? カインさん」
太い結晶柱の中で、鳥の紋章に照らされた二脚の座が浮かび上がっている。
光は鍵を持つ者を迎え入れるべく、ひときわ輝きを増した。青白い光が結晶柱の内部に満ち、一方で、居合わせた者たちの背後にまつわる影を濃くした。
「ほんとに、こんな玩具みたいな鍵で、上手く行くんですかね」
そういいながらリュートのもう片方の手は、自分の剣の柄を握っている。アダマスからもらったお守りにも使った、銀の剣。リュートの唯一の所持品にして彼のお守りだった。
「必ず成功させてみせる」
カインはリュートの手を取った。
ふたりは同時に結晶壁に鍵を翳す。手の中の鍵が二すじまばゆい光の翼を広げた。
結晶壁が呼応して、まるでそれ自体が意志持つもののように、ひときわ明るく輝き始める。
一呼吸を置いて、中央の結晶柱が轟と震えた。光は衝撃波を産み、洞の中はたちまち青白い光の渦に飲まれる。
「馬鹿者!」
轟音の中、アダマスが駆け寄った。だがルドールが一歩、早かった。ルドールは若かった。彼の肉体は、老いたアダマスのそれよりも自由が利いたのだ。
「邪魔をするなアダマス」
ルドールは片手を振るった。炎こそ現れなかったが、その手刀にアダマスはよろめき、結晶の床に膝をついて呻いた。したたかに腰を打ちつけたようだ。
スィークリールが甲高く吠えてルドールに飛びかかる。ルドールは汚らわしい獣を見る目つきで顔をしかめ、からくり犬の喉元を蹴り飛ばした。
「キャンッ!」
スィークリールは掠れた悲鳴をあげて転がる。その拍子に、ヨシュアがそっと託していた荷物を結んでいた草紐が千切れた。小さな小さな紙面にみっしり書き付けられたヨシュアの記録たちが、ばっと宙に舞った。
「老体など、これからの時代には必要ないということを、身を持って分かっただろう」
光の渦の中、ルドールはヨシュアの紙片を踏みつけ、倒れ伏したアダマスに歩み寄った。
「見ろ、アダマス」
アダマスの顔を靴で蹴り、結晶柱とふたりの弟子の姿を見えるようにしてやるルドール。彼の表情は影に沈み窺い知れなかった。
横たわるアダマスの視界に、リュートとカインが光に包まれてゆく様が映る。
「うまく行くわけがな……い」
「あと少し」
ルドールは黒衣に片手を突っ込んだ姿勢で、輝きを眺めている。
中央の結晶柱の壁面が輝きを増したまま、リュートたちに向かってたわみはじめた。風船がふくらんでゆく時のように。
「何だ、あの……異様な魔力、なのか? いったいあの光の正体は」
アダマスは目を瞠った。その瞬間、腰の痛みに襲われ声を出すこともできなくなる。
■Scene:信仰宣言(4)
エディアールを先頭に、ルドールを追いかける調査隊の仲間が、青白い光を零す洞を発見したのはそんな時だった。
「ここの洞のことだな、ティカ」
「そうそう! ここだよ」
フート、ラムリュア、そしてミルドレッドと固く手をつないだダージェ。
クレドとグロリア。彼らを庇いつつのクオンテ。
ヴィーヴル、ティカ、ミスト、シュシュ。そして、しんがりを守るホールデン。
結晶面がさらに輝かしく光を反射し、口を開けた洞の内部へ、光を放つ奥へと彼らを誘っている。
「この光は何なんだ? まさか、遅かったのか?」
クオンテは自分でも驚くほど切羽詰った声を漏らす。
どうしても、想像が悪いほうへと急ぎたがるのを止められない。かぶりを振って、不吉な予感を追い払おうとする。
「いや……遅くはないっすよ、まだ」
フートは眩しさに目を細め――いつものように前髪が隠してしまっているのだが――クオンテに言った。
「今は精霊力に異変は見られないっすから、間に合うはずっす」
「それならなおのこと、急ぎましょう」
エディアールの傍らをついと過ぎ、ラムリュアが洞の中に足を踏み入れた。彼が制する間もなかった。エディアールは息を飲み下し、すぐにラムリュアの後を追う。
「カイン」
ラムリュアは聖職者の姿を探そうとした。
あまりのまぶしさに、まっすぐ見つめることも困難だったが、視界が光に馴染み、カインとリュートらしきふたりの輪郭が、少しずつそれと見えはじめた。
「 一目、神を、この目で 」
光に包まれたカインの声はひどく遠くから聞こえるようだった。
「あそこだ。ふたりがいる」
ヴィーヴルが中央に柱が見える、と教える。カインとリュートが、柱に向かい手を翳している。その手に光が絡み付いている。
どのようか儀式かわからないけれど、それはまだ完了していなかった。
絡み付く光が、カインとリュートを探るように動いていた。あれが終わったらまずいことになる。ヴィーヴルは直感的に思った。
「けど、なんだってこんな眩しいんだ? 精霊の力ではないといったよな、フートさん」
「精霊じゃないっす。これは……魔力がここから溢れてるっす」
フートの答えにヴィーヴルは軽く舌打ちした。
「パーピュア。パルナッソスから送り込まれている魔力か?」
ヨシュアやリュシアン、ラージ、イーダ。彼らが、パーピュアとレディルを救い、《円盾の防護》を破ろうとしている。
「あっちのことは、信じるしかないっすよ」
フートは言った。
■Scene:信仰宣言(5)
「アダマスさん!」
ヴィーヴルが叫ぶ。
「「オヤジッ」」
クレドとグロリアも悲鳴に似た声を上げた。
「おい、アダマスさん。何があったんだ。あんたが倒されちまってどーすんだよ」
彼がこうしてあっけなく床に転がっているなど、予想もしていなかった。仲間の誰もがそうだったに違いない。いつもにやりと笑って、からかい混じりに時たま、はっとさせられることを言う調査隊長。
にも関わらず、アダマスそしてスィークリールは、襤褸切れのように結晶床に転がされているのだった。周囲には紙くずが散らばっていた。それらのせいで、洞内部に荘厳さはまったく見当たらなかった。
「スィークリール!」
ホールデンも、ひと目で哀れなからくり犬のことを思い出したようだ。
「スィークリールや、どうしたんじゃ!」
人垣をかきわけスィークリールに近寄るホールデン。
もともとが結晶塊の中に穿たれた洞である。中央に太い柱が聳えていることもあり、調査隊の半数以上が詰め掛けた今、自由に動ける広さはない。
それは逆に言えば、ルドールに逃げ場はないということでもあり、また、密集した中に火球を打ち込まれれば被害は甚大ということでもあった。
「錬金術師君。それに馬鹿息子、馬鹿娘……くっ」
脂汗をかきながらアダマスは片目を開ける。
「こんな時に来なくてもよかったのになあ……年は取りたくないものだ。もう身体がいうことをきかん」
「おいおいおい、勘弁してくれよ」
「オヤジらしくないじゃない。あいつがやったの?」
グロリアは泣きそうな顔で、光の中に佇むまばゆい輪郭を睨んだ。
「馬鹿者。外傷もない癖に何をほざいとるんじゃ!」
ホールデンはアダマスを一喝した。
ヴィーヴルは、ふとアダマスの表情を見る。脂汗こそ滴っているものの、死の足音を耳にした者特有の悲壮感や諦めの色はそこにはなかった。
「お……」
「オヤジ」
「ん? 死ぬなんて誰が言った。腰を打って身体が動かんだけだ」
しれっとアダマスはそんなことを言う。
「それにひきかえスィークリールと来たら……おうおう、可哀想にのう」
からくり犬はホールデンの頬をぺろりと撫でる。
「カイン君たちを止めようとしたつもりなんだが、やれやれ。あっちのほうが若い分だけ動きがいい」
「……まだ、仲間がいたのか」
ルドールは赤と銀の目を細め、乱入してきた者たちを一瞥する。彼の丈長の黒衣は、光まばゆく満ちる洞の中で、陰を落としたように見えた。
「《魔獣》に会えたかい。ミルドレッド」
「あんたはっ……」
ミルドレッドはルドールの声に、弾かれたように身を強ばらせた。ダージェは昂ぶるミルドレッドをぎゅっと抱きしめる。
「ミルサン!」
ミルドレッド本人の激昂は収まらない。
「糞親父ッ!」
と、彼女は吐き捨てた。
この場においてミルドレッドは理解したのだった。自分が、この男、前パルナッソス教区長ルドールの娘であること。
「オヤジ……」
クレドとグロリアも理解し、硬直した。
「グロリア。大きくなったね。それに……《魔獣》を受け入れたのか」
「ひっ」
グロリアはルドールの言葉に怯え、反射的にクレドの背に隠れた。
「や、やだ……怖い!」
クレドも口を曲げ、溢れる光の中で黒々としているルドールの姿をにらみ返す。子どもたちの身体はけれども小刻みに震えていた。
「なにやってんだよ、オヤジも……オヤジも……」
目の前にいて、義父アダマスを地に這い蹲らせたのも、彼らの義父ルドールなのだった。
「盾父ルドール、うちの娘を怖がらせないでもらおうか」
「や、やめてよう!」
クレドの背後で叫ぶグロリア。嘆きはどちらの親へ向けられたものなのか。
親子たちは光溢れる洞の中、望み、あるいは望まなかった対面を果たしてしまったのだ。
「あたしは、あんたの道具じゃない! あんたなんか父親じゃない!」
ミルドレッドは怒りに染まり、ダージェの腕の中で暴れた。
「《魔獣》はあんただ! あたしを……痛いこと、熱いこと……あんたがあたしを……」
ミルドレッドの叫びを聞きながら、クオンテは後悔の念に苛まれていた。
ああやはり、ミルドレッドを連れてくるべきではなかったのだ。彼女を犠牲にすべきではなかったのだ。真実を知りたい、それもエディアールの探検家としての勤めが言わせた台詞ではないのか。本当にミルドレッドやクレドやグロリアのことを考えれば、この子たちをここへ連れてくること自体、間違っていたのではないか。
「遅かれ早かれ、あんたは思い出すことになっとったんだ」
アダマスが呟いた。
「だから泣くな、学者のお嬢さん。子どもには、親を越えていく権利があるのだから」