第5章|前夜その温もり聖地へ|心ある場所(1)(2)(3)それぞれの足跡マスターより

聖地へ

「う〜っ、何かいろいろ繋がってきそうで、わくわくするよ」
 白衣の学者は元気いっぱい、らくだの上でこぶしを固め、ガッツポーズをとった。より大きなお宝への道しるべ、小さな鍵はアイリの細い首にかかっている。彼女は時折それをにぎりしめ、ひとりにんまりとしたりしているのだが、やっていることはグリューンと大して変わらない。
「《聖地》に向かうので、いいんだよね?」
 バードの前に座っていたジェニーが、後ろの面々に声をかけた。
「いいよー!」
 トリアが答える。アゼルとアイリのらくだがそれに続く。ついでに巡礼は、アゼルと同じらくだに乗っていた。
 トリアは器用に手綱を操り、巡礼の横に並ぶと、手にした書きつけをぐいっとつきだした。
「ね、これ!」
 頭からすっぽりフードをかぶり、身じろぎしない巡礼のかわりにアゼルがそれを受け取った。
「これは、あの呪文? 地下水路で見つけたっていう」
「そうだよ。ボク3つとも調べてきたんだ。これがその写し」

「《する 呼ぶ 名前 憂鬱》。古代神聖語ですね」
 アゼルがその書きつけに目をやった。ルーン魔法の基礎演習でちらりと習った魔法言語。いや、つい最近、これに似たものを見たような気がする。どこだっただろう?
 突然にゅうっと、フードの下から枯れ枝のような手が伸びた。
「うわあ」
「見せろ。古代神聖語だと?」
 トリアの瞳がきらりと光った。巡礼に興味を示してもらえばこっちのものだ。この人なら読めるだろう、と踏んでいたのである。
「読める? さ〜っすが巡礼さま!」
「古代神聖語も読めぬのか? はん! これだから、《大陸》は《神去りし地》などと呼ばれるのだ! 愚かなリ神を忘れし民どもよ」
 ずいぶんと滑らかに口が動くようになった巡礼は、口角泡を飛ばして得意の演説をはじめようとする。
「うん、ボクはあんまりよく読めないんだ、これって《愁いの砦》の名前を呼べ、ってことでいいのかな」
「それはもしや、契約の銘版に記されておった文字か?」
 フードの下から、巡礼の瞳に宿る異様な光がもれた。一瞬トリアは身をすくませる。
「そ、そうだよ。こういうプレートに刻まれてたんだ」
「水路の先、それぞれに。3箇所にプレートはあったぞ」
 バードが続ける。
「あんたのいう《聖地》ってのは、その先にあるところなのかい?」
「そうだ。そこに三柱の兄弟神がおわす。契約の銘版は、聖地を閉ざしている扉。かの偉大なる方々の名前を告げることができるものだけが、先に進むことができるのだ」
 アゼルはうんうんとうなずいた。
「魔女を、封印している場所、ですね?」
「そうだ。だが魔女だけではない。そこには兄弟神も、封印の柱として閉じ込められているのだ」

「どーいうこと?」
 すでにツェットは、理解する努力を放棄したようである。
「魔女を倒すためにここで戦ったから、昔は《大陸》みたいだったこの場所も《砂漠》になっちゃった、ってのは聞いたよ。それで兄弟神も、ここで倒れちゃったんだよね?」
「倒れてはいない。魔女を封じるために残らざるを得なかったのだ」
「残らざるを……」
 巡礼のものいいに引っかかったアゼルは、《契約の書》の内容を思い返していた。《悪しき魔女》は、その最後の力で緑なす大地に隕石を呼び寄せ、兄弟神も道連れにしたという。どうも、しっくりこないのはなぜなのか。魔女は隕石を落として大地を砂漠に変えたものの、兄弟神の封印が完成し、反撃するまえに封じられたのではないのだろうか。
 そして今、千年後。魔女を復活させたいと願うものがあれば、封印はとける。
「じゃあその魔女の倒し方、というか封印ってのは、最初から不完全なものだったんでしょうか」
 彼はとにかく《聖地》をこの目で見て、どうにかできるようならどうにかして、悪い事態をくいとめたいと思っていた。
 何が封印されていても、できることってそんなにはないと思うけど……それがみんなにとって危ないモノであるなら、簡単に復活させるわけにはいかないし、手をこまねいているだけはいやなんだ。それに、なんだかこれまでの話を考えても、そんなに悪そうな魔女には思えない。って、考えてることを知られちゃマズイんだろうけど。結局は、昔の話で、知らない人なのだ。

「兄弟神は、陥れられたのだ!」
「うわぁ」
 巡礼が突然大声をあげたので、らくだが驚いて彼らを振り落としそうになる。必死でそれを落ち着かせているアゼルをアイリが手伝う。
「びっくりするじゃないか。なんだいでっかい声なんて出して。そういうのは、都合が悪いこと話してるときにつかうテクニックじゃないのかい」
「あわわわ。アイリさんも、落ち着いて」
「失礼だなー。落ち着いてるさ」
「いや、爆弾使われちゃかないませんから」
 むう、とアイリは口をとがらせた。やっぱり、とアゼルは冷や汗ものだ。学者の白衣のポケットには、正直何が入っているかわからない。

 そんなやりとりを無視して、巡礼は続ける。
「《悪しき魔女》には護衛がつき従っていた。それが兄弟神を陥れたのだ。《月から来た獣》。そう呼ばれている。我ら巡礼の敵だ」
「はぁ!?」
「聞いてないよー、お客さん」
 ツェットがずずいとらくだを寄せた。
「何、護衛の仕事だったわけ?いいけど、ちゃんと払ってよ。冒険者のまた貸しは、うち、しないんだから」
「ええっと……なんか、わかってきましたねぇ」
「魔女を封印したのが、神さまたち?で、その神さまをだましたのが、《月から来た獣》、なの?」
 ジェニーがいった。
「ちょっと待ってよ。それって……もごもご」
 その口は、父親の手によって後ろからふさがれた。彼はぼそっと娘に耳打ちする。
「どーも、ひっかかるんだよなあ。なんか、誰かがわざと見つけてくださいといってるような…?ここは慎重にいったほうがいいかもしれないな」
「えー。そうなの? なあんだ、せっかく神さまに会えるのかと思ったのに」
 グリーンがいっていたとおり、砂漠にめぐらされた地下水路は魔法の効果があるのだろう。だが、そうやすやすと名前を呼んでいいものだろうか。バードはそこが気になっていた。
「もう、いつもならお父さん、お宝が! ってすっとんでいくクセに〜。まあこの間の遺跡みたいに仕掛けを解いたら大量のミミズが出てきて苦労したってこともあるから、それもいいんじゃないかな」
 ジェニーはそういって、いたずらっぽく笑った。

 アイリは自分の研究所から持ってきた、聖書のように大切な資料のノートと首っ引きで武具に彫られた言葉にあたっていた。その結果、彼女が到達した結論とは。
「《涙の盾》ガラハド。《愁いの砦》ドゥルフィーヌ。そんで《痛みの剣》だれだれ。ってのが、3兄弟なんだろ」
 《痛みの剣》だけはまだアイリは調べきれていない。ダグザはいそいそと調査の準備をしているアイリに、剣はいいのか、と声をかけていたのだが、彼女はとるものもとりあえずフィールドワークの道を選んだのである。《聖地》からの帰り際に洞窟に立ち寄り、残った大剣を回収しようという思惑だった。

 巡礼は、アイリの言葉にフードをばさりとはねあげた。
「ガラハドにドゥルフィーヌ。それが彼の御方がたの御名か!」
「なんだい、知らなかったのかい」
 逆にアイリの気が抜ける。この男はなぜ、自分よりも無知なくせに、このように偉そうなんだろう。
「名前が書いてあったんだよ」
「では、あともう一柱の御名さえ分かれば、《聖地》への扉が開かれるのだ!」
 あまりに彼が殺気立っているので、アイリは興ざめして鍵のことは黙っていることにした。せっかくのお宝が、この男に踏みにじられてはかなわない。《聖地》にいけば、魔女の骨くらいはあるのかもしれない。それに貴重な書物や宝石、神がつくりあげた封印装置など、手に入れることができれば一生楽しめそうだ。いやいや、全てを見尽くす前に死んではかなわない。次は不老不死でも探して、気が済むまで神話を研究できたら……。

 はっとアイリが我に返ったのは、一同が緊張した表情で、戦闘隊形を取っていたからだった。
 ようやく目の前に現れたものを見る。
 白尽くめの女性が豊かな金髪をなびかせ、とろけるような笑みを浮かべて立っていた。
 夕暮れとはいえ、熱砂の上に裸足の様は、そこだけ別世界のようだった。

 5頭のらくだが、彼女を前にして足を止める。
 片手で頭にかけたベールを押さえ、もう片方の手で裾を絡める。異様なくらいの白い肌が、わずかに垣間見えた。

「ようこそ、《忘却の砂漠》の中心へ」
 女性は膝をかがめて丁寧にお辞儀した。それをらくだの上から見下ろす格好の冒険者たち。最初に答えたのはツェットだった。
「あなた、ディリシエさんね? 《朱の大河》では、仲間たちがお世話になって」
 どこか間の抜けた挨拶はツェットの精一杯であった。
「役者がそろいましたこと、お伝えしにまいりましたの」
 微笑むディリシエが示した先を一同が振り返った。砂煙を蹴立てて走ってくる砂漠狼。そこにはアンジーを供に連れた里長が乗っていた。
 ディリシエは、アゼルと同乗している巡礼に目を向けると、冒険者たちには見せていない冷酷なまなざしで、冷ややかに帰りなさいと告げる。
「なんだ、おまえは。何者だ?《砂漠の悪意》か?」
「そうお思いになられてもかまいません。ここは我らが父上の領域です。招かれざる客は《大陸》にお帰りあそばせ」
「くだらん! 我は《聖地》をおとなう巡礼ぞ。そこを通せ。神の前に続く道に、そなたは邪魔だ!」
「……仕方ありませんわね。あなたのお相手は少々後回しにいたしましょう。ほら、もうお一方がお着きになりましたもの。ああ、里長さま、ごぶさたですわ」
 砂漠狼の背の上で、アンジーが目をみはる。里長は険しい表情でディリシエを見た。
「人の心をもてあそぶこと、まかりならん」
「わたくしは、見たいものだけを見たのですわ。ラステルにも、そう教えただけ」
 そういって彼女は口の端を手の甲で隠しながらころころと笑った。

「《星見の民》っ……!!」
 巡礼は里長の朱印と、夢見るようなディリシエを見るなり、わなわなと身体を奮わせていた。アゼルがやばいと判断するより一瞬早く、巡礼の枯れ枝のような腕が伸び、その先から閃光がほとばしって里長を貫いた。
「《……かくして神は伝えたり、天空のいかづち汝を安らかに眠らせたる》」
「里長さま!」
 アンジーが悲鳴にも似た声を上げたのもつかの間、彼も同族だと見た巡礼の放つ魔法により、砂漠狼の背に音もなくくずおれた。次にねらいはディリシエに向けられたが、その閃光は彼女の腕のひとふりで、命中することなく霧散してしまった。
「なにすんのよばか!」
 ツェットの顔色が変わる。
 らくだから飛び降りて、砂漠狼に駆け寄った。トリアとジェニーも続く。バードは下唇をかんで、無言でその漆黒の剣を鞘から抜いた。アゼルは判断が遅れたことを後悔しながらも、防護のルーンを描く。
 その様子を楽しそうに眺めているディリシエ。

「よろしいですか、ここから先にお進みになるなら覚悟なさっていらしてくださいまし。お気をつけなさいませ」
 うふふふ、とまたディリシエは笑いながら《夜魔》をつくりあげて立ち去った。
「このやろう、やり口がワンパターンなんだよッ!」
「うっふふー。よーやく手甲の出番だね♪」
「もう許さないからな!」
 バードはねらいを定めて、らくだの背から《夜魔》に斬りかかった。アイリが嬉々として白衣を翻し、トリアは両手に繰術の糸を構えてそれに続いた。

 里長とアンジーは、命を落としたわけではなかった。しかしかなりの重傷である。
「なんてことするのさ!」
 トリアが巡礼につかみかかる。
「あんたになんの権利があるわけ?信じられないよ、いきなり攻撃するなんてっ」
 両手でぴんと張った糸を、目の前に突き出す。いつでもくびり殺せてしまうポーズだ。しかし鋭利な糸をつきつけられても巡礼は動じない。ただ、両手を広げて立っている。
「ここだ。ここが、我らが《聖地》だ」
 丸くなっている砂漠狼に横たわる《星見の民》の姿など、完全に目に入っていない様子で、巡礼はぶつぶつ唱えながらあたりを歩き始めた。
「ちょっと、聞いてるの?」
「……見ろ!!」

 巡礼は高々と両手をあげた。《夜魔》の瞳のような、《星見の民》の朱印のような赤い光が、地中から漏れ出ていた。輝きはじわじわと増し、すぐにそのかたちがみてとれるまでになった。
「魔法陣……」
 赤い光は砂漠の砂にきらめいて、巨大な円陣を描き出していた。ちょうど巡礼が立つ位置を中心にした二重の円陣。その二重線の内側には、《星見の民》の朱印に似た模様がいくつも並んでいる。
「でっかい時計みたいだ」
 トリアがつぶやいた。地平線に太陽が姿を隠し、空には宵闇が訪れていた。赤い光は地中からまっすぐ伸びて、夜空にも赤い図形を描いていた。全員が、その光景にくぎづけになる。巡礼だけは恍惚の笑みを浮かべて立っていた。
「これは、この図形は!」
「アイリ、わかるのか?」
「時を止める魔法陣。スペシャル強力なやつだ。これはホントに《聖地》……なんだね」
 眼鏡のフレームを動かして、アイリは些細なことも見落とすまいと真剣にその図形を眺めていた。
「こんな大きな魔法陣は、初めて見ましたよぉ」
 アゼルも口を開けて夜空を見上げる。
「でも、入り口はここじゃありませんよね? だって、ここには相変わらず砂漠の砂しかないですからね」
 とんとん、と足を踏みならしてみるが、砂は赤い光を帯びているだけで、突如何かが出現したりしそうな気配はない。

 冒険者たちは里長とアンジーのところに集っていた。
「場所はここで合ってるんなら、入り口が別にあるわけだな? 例の、地下のプレートか。巡礼いわく、《契約の銘板》てヤツ」
「名前……呼んでみようか」
 トリアがいった。
 これまでの調査から、3柱のうち《愁いの砦》はドゥルフィーヌ、《涙の盾》はガラハドということが分かっている。さらに彼女は神話についても調べていた。
「もうひとり、《痛みの剣》は、大剣を聖なる印とする戦神。《悪しき魔女》の片手を切り落としたのも、《痛みの剣》だよ」
 彼女は帽子を押さえて、巡礼の様子をうかがった。
「あのひと、《痛みの剣》教団の巡礼っていってましたよね」
「そうだったわね。神様の名前も知らないような人だったみたいだけど。あの人の本には、神様の名前は載っていないんですものね」
「神の名前は、それ自体力があって、正しく発音することができればすごい奇跡を起こすこともできるんだ」
 アイリがポケットから愛用のノートをとりだして、説明する。
「だから《大陸》から神々が去ったと同時に、その名前も忘れ去られてしまったのさ。巡礼が、神の名前を知らないのは別におかしいことじゃない。ただ気になるのは、あいつの持ってる本。《契約の書》だっけか? あれを書いたのは誰かってことさ。そして契約契約っていろいろ出てきたけれど……それはいったい、誰と誰の契約なのかねぇ。このヘンが解けたら、またお宝が増えると思うんだが。……っと、すまない。大丈夫か?」
 アンジーがうめき声をあげたのだ。
 里長が、ゆっくりと上体をおこす。
「うう……ディリシエ……誰も、おまえのことを……さげすんでなどいないのに」
 ごほっと咳き込む里長の喉から、朱印と同じ色の液体がこぼれでる。
「い、癒しの魔法を!」
 ツェットが仲間たちを見やる。アイリが持っていた薬を差し出し、かろうじての応急処置を施した。

「あたし、急いで里に戻るよ。戻ればちゃんとした手当もできるし!みんなは、まだこっちで調べてくの?」
 ツェットの問いに、アゼルは正直に、もう少しここで調査したいと答えた。
「もう少しで全部つながりそうですから。それに、俺ひとりくらいなら、あの人なんとでもできますよ」
「ほんとかなー。けっこう凶暴そうな人みたいだけど、だいじょぶ?」
「俺は、プレートの所に戻るつもりだ」
 バードはいった。
「というか、例のプレートのところが扉なんだと考えてるんだ。ここからじゃ《聖地》の中には入れなさそうだから。そんで、トリアちゃんのいうように……名前を呼んでこようと思う。みんな、どうだ? いいか?」
「いいよ」
 アイリが即答した。バードはがく、とこける。
「い、いいの?」
「なんでそんなにためらってるんだい、いやなら呼ばなきゃいいじゃないか。あいつは《悪しき魔女》を求めれば、邪悪な力が復活する、っていってたろ。神さまの名前を呼ぶことができれば、神さまが復活するぶんには、いいと思うんだけどねぇ」
「あっ、そう。うん、それならいいんだ、なぁ、ジェニー? トリアちゃんも来てくれないか? いちおう、同時に唱えた方がいいかと思って」
「いいけど。アイリさんは?」
 結局、アゼルとアイリはここに留まって巡礼を監視し、残る3人が地下水路に行くことになった。ツェットはむりやり砂漠狼に乗り込んで、けが人ふたりを連れて帰る。

 アゼルは積極的にその魔法陣の形態や、魔力の種類を調べ始めた。最初は巡礼に邪魔ですよ、だの何だのと声をかけていたのだが、あまりに巡礼の反応がないので最後には放っておくことにしたのだが。アイリも調査を手伝った。
「こりゃすごいね。今まで知られていなかったのが不思議なくらい、強力な魔法陣じゃないか。どうして《大陸》で気がつかないんだろうねえ」
 調べれば調べるほど、その封印の大がかりさが分かる。
「うまく働いていますね。隕石を落としたエネルギーを、そのまま内部に取り込んでいるんだ。あたりを砂漠化するにとどまらずに、千年もの間封印をとどめておくなんて」
「千年も持てば上等だと思うがねー」
「これだけの仕掛けを今やろうと思ったら、きっとアストラ総動員ですよ。人間の力を超えている。術者を百人は集めないと」
「だから、神さま連中のやることだからね。気づいたかアゼル、この陣の文字」
「はぁ、ルーンじゃないですね。似てますけど。連中っていうか、魔女は魔女ってくらいですから、人間だったでしょ」
「まーまー。これ、朱印と同じだよ。《星見の民》の朱印は……この封印と関係があったんだ。そういえばダグザがいってたね、《夜魔》には《星見の民》の武器、韻鉄は通じないって。あいつあれで見た目どおりの筋肉脳みそじゃないんだな……通じないのは、その根元が同じ力だから。つまりそれが、《父なる者》の力であり、万極星の力なんだな。なるほどー」
アイリはひとりで納得している。しゃべりながら、考えをまとめているものらしい。

「朱印は封印を守るため……じゃないな。それだと無理がある」
「逆ですよ、アイリさん」
 アゼルはその白い髪をかき上げていった。
「バードさんがいってました。《成人の儀式》って、あの獣に力を与えてもらうものなんじゃないかって。だとしたら、あの朱印は」
「《星見の民》に封印を施してるっていうのかい?なるほどね」
 アイリはあごに手をあてて考えた。
「力が不要なときに発動しないように封印するのが、朱印というわけか」
「同じ理屈でしょう。この封印を、もう一度強化できる方法があればよいのですがねえ。もうひとつ隕石を落とすなんてのは無理だし」
 アゼルは自前の地図を眺めながらため息をついた。魔女が復活したら兄弟神も一緒に復活して、ふりだしにもどる、というのならまだいいのだが。もしも魔女が復活するにしても、その身体ってのはどうなるんだろう? 媒体として身体が存在するなら、ここに封印されているのは、魔女の力だけということだろうか。それなら、いっそ《里》の人たちを皆殺しにしちゃえば、誰が金色の姫だろーが、媒体がなくなっちゃって……いやいや、そりゃないな。人として。それにそんなことを考えてるとファーンにばれたらまた大変だし。
「《契約の書》のオリジナルがあればいいんじゃないのか?」
とアイリがいったとき、それは始まった。

 3人は、その聞き慣れぬ名前を呼んだのだ。《聖地》にいたふたりにもすぐわかった。地下から激しい振動が伝わってきたからだ。巡礼に声をかけるが、彼はうつろな瞳を返しただけだった。
「おいおい、自分が悪意にとらわれてちゃ世話はないよ」
 仕方なくアイリは、その首根っこをひっつかんでずるずると魔法陣の外へ彼を連れだした。

 すさまじい爆音とともに、砂漠の2カ所から同時に水柱が吹き上がった。
すなわち《万極星の神殿》と《星見の里》である。ものすごい水量を大地は垂直に吹き上げた。地下水路の水が、一時に放たれたのだろう。ケイヤクハハタサレル、という声が聞こえたような気がした。夜空を消えない花火のように彩る赤い魔法陣。それを刺すように2本の水柱は吹き上げられている。奇妙なのはその水が、降り注がずにひたすら上へと登っていることだった。
「アゼル、あれを!」
 アイリが指さした先には、長い長い尾をひきずる大きな流れ星があった。

「《聖地》への扉は……我が元に……《砂漠の悪意》なぞ翻して見せようぞ。《悪しき魔女》とその眷属に呪いあれ」
 巡礼はひとり大笑している。砂漠には、ものすごい砂嵐が吹き荒れ始めた。
「見よ、砂時計が返されつつある……強大な力を感じるであろう!《聖地》への扉が出現するのだ……ふはははは。扉を開きさえすれば、我が元に、おおおお!」

 不穏な嵐は、ついに静まることなく砂漠を蹂躙し続けた。

第6章へ続く


第5章|前夜その温もり聖地へ|心ある場所(1)(2)(3)それぞれの足跡マスターより