ひゅうるり。
砂漠の真っ青な空に、黒い影が輪を描いている。
「あれ。鳥?」
《白羊の集会所》で鳥の姿を認めたツェットは、窓から身を乗り出した。《忘却の砂漠》に足を踏み込んでからというもの、あまり動物を見ていなかった。砂漠狼だの、家畜のらくだだの羊だの、そして神殿に踏み込んできた巨大な銀狼だの、そういった生き物にはお目にかかっていたのだが。
「アイリはー?」
部屋の中のメンツに尋ねてみるが、アイリは巡礼についていって留守とのことである。
「なんだあ、あの鳥のこと知ってるかなと思ったのに」
「ダグザのほうが詳しいんじゃないの?」
「ふうん」
その鳥は大きく翼を広げたまま、滑空して視界から消えた。足には小さな筒がくくりつけられていた。
〜コードネーム:スイートゼリーからの手紙
『任務お疲れサマ。何よ、最近姿を見ないと思ったら、そんなトコにいたの?
で、《忘却の砂漠》の空気はどう? こっちは相変わらずよ。キナくさいったらないわね。帝国軍が、部隊を新設して増強してるわ。あの皇帝の考えてることもよくわかんない。
あ、お尋ねの件。帝国の図書館にはなかったけど、禁書目録からひっぱってこれた。添付しとくから、嬉し涙を流しながら読みなさいね。じゃまた。お土産待ってるわ。スイートゼリー
《以下、禁書『異端派諸学』より抜粋
禁忌巡礼団(異端)
異端ラフィナーレ派は、《忘却の砂漠》を《聖地》と崇めている。彼らはアストラ上層部に黙認されてはいるものの、表に出ることはなくひっそりと《契約の書》の教えを伝える一派である。《大陸》に近しき三柱の兄弟神が、千年後に蘇るという教えは、アストラ全体に喜びをもたらすものではあったが、同時に魔女も蘇るとされているため、アストラはこの《契約の書》を封印した。
忘却の呪い
《大陸》の西端に広がる砂漠、通称《忘却の砂漠》にかけられている呪いである。魔女の番犬が、主の眠りを守るためにかけたもの。千年後にはその効力が失われ、砂時計が返されると同時に魔女が蘇る。
魔女
一説によれば、その名をラフィナーレ。聖女であった説もある(参考資料参照)。武器を持たずに戦を巻き起こし、勝利したという。聖女説では、その力の源は生きる希望であったといわれるが、後に《愁いの砦》の教えに吸収され抹消されている。この説の研究ではアストラよりも西方学派が詳しいが、五百年前の焚書事件以来世に出た書物は非常に少ない。
痛みの剣
大剣をシンボルとするアストラで最も勢力の強い教団。最後の戦いで魔女の手を切り落としたがその剣を番犬に奪われ自らの刃に倒れた(異端近説、『百説夜話』)。
》』
〜返信
『貴重な資料感謝する。感謝ついでにもうひとつお願いしたい。目録から《星見の民》と《星見》に関する記述を拾ってぜひとも送付願いたい。手間をかけるが何卒よろしく頼む。
追伸:土産はまた後で。
あと、そのコードネームは似合ってないから変えた方がいい。
以上』
〜コードネーム:スカードヴァルチャーからの手紙
『南方戦役以来だな。本職の方はどうだ。こちらでは最近男性用のドリンク剤が好調な伸びを見せている。ホシマンドラゴラを入手できる機会があるなら、おさえておいたほうがいい。一発屋かと思っていた黒汁も、最近の健康食人気にあやかってかなりの高値がついた。ただこっちのほうは委員会が絡んでいるという話もある。うかつに手を出さない方がよいかもしれない。
証拠があれば踏み込んでやるんだがな。おまえが戻ってくるまで、この話は残しておいてやる。
巡礼に関する資料は『契約の書』という書物が一点しか残されていないらしい。千年前の書物ということでオリジナルの行方はとうに不明。冒険者の手に渡り、遺跡の奥に隠されているという話は聞くことが出来たが、今ひとつ確証に欠ける。写本だけが残されているらしい。ただオリジナルが先日フィヌエの闇で流れるという情報があったらしい。結局はデマで、流れることはなかったのだが。大公は億を積むといっていたが、物の価値がわからんやつに売りたくはない。引き続き追いかけることとする。』
〜返信
『フィヌエの闇はこちらの息がかかっている。流れるとしたら冒険者系列が怪しいかもしれない。悪いが、引き続きあたってほしい。それと契約の書に魔女の記述、および獣の記述があればぜひ調査をしてほしい。』
〜コードネーム:ブラックブルマ(旧名ホワイトゼリー)より★
『以下ご指示いただきましたとおり、ご連絡いたします。ご確認よろしくお願いします……って、悪かったわね! スイートゼリーは確かに不評だったわ。てコトで、これからはブルブルでよろしくどうぞ。そっちは椰子酒がおいしいらしいじゃないの。待ってるわ。
《以下前掲書より
星見の民
《忘却の砂漠》エリアに住む民族。代表は《星見の姫》、準統一国家で経済レベルC、通貨は《大陸》共通貨が使用可能。小さな共同体であるため、物々交換での交渉も多く見られる。その風俗は独特な物があるが、一部神話に《大陸》との共通点も見られる。異能力《星見》を用いて予知等行うとされるが、実際にはそれは予知ではないという研究がある。
星見
無限の可能性の中から望む結果を反映し、選び取る能力。多くの場合よりよい方向に事態を向ける手段として、しばしば国家レベルで利用されていた。近年この力を持つ一族が減少しているため、利用されることはめったにない。》
以上』
〜返信
『さすが! 天才! 助かった! あんがとなー! 愛しとるよ、そのネーミングセンス以外。
あと、煙草が手に入らない。鳥が持てるだけ詰め込んで送ってくれ』
そこまでさらさらとペンを走らせて、白髪の男は最後の煙草に火をつけた。窓のさんで休んでいる伝書鳥は、その手紙が仕上がるのを無言で待っていた。
第6章へ続く