第7章 4.続く道
■Scene:帰還
エディアールは歩み寄り、ルドールの腕をがしりとつかんだ。
「すべて済んだ」
ようやくのことで腰をさすりながら立ち上がったアダマスに、エディアールは言う。
「調査隊は全員無事で……この地での調査は終了した」
ミストのこともグラファのことにも触れずに彼は続けた。
「……ああ」
アダマスはゆるゆるとルドールに歩み寄る。
「命拾いされましたね、盾父ルドール。出来のいい子を持つと親は楽だということが、これでおわかりでしょう」
「私は不肖の息子だったからな」
「子は親を選べませんから」
アダマスはにこりともせずに言った。
「高い授業代だったものだ」
「ま、まだ遅くはなかったのが幸いですな。時を止めておられた分だけ償ってもらえばよろしい」
「盾父アダマス、聞いただろう。ミストが……」
ルドールは何とも言いがたい、禍福を同時に味わった者の表情を浮かべる。
「ミストは確かにあの瞬間……」
「すべて済んだこと」
エディアールの言葉を借りてアダマスは言った。
「後は一刻も早くここから脱出するのみだ……この音は?」
エディアールの耳に、連続した和音の響きが聞こえてくる。
「ヨシュアの術式か。まさか……成功させるなんて、大した男だ」
驚きを隠しながらエディアールは、一行を洞の外へと導いた。ヨシュアの為そうとしていることは、彼の理想論であって、上手くいくかどうかは危ういのではないかとエディアールは思っていたのである。
だが洞を一歩出た人々の目に映ったものは。
何よりも高く大きく堂々と生長し続けるアリキアの木の姿だった。
「帰れるのか」
『帰る? どこへ』
ヴィーヴルの呟きにミスティルテインが嘴を挟む。
「どこって《炎湧く泉》だろ」
『む』
「もっと喜べよ。想いを遂げて、封印を解いて帰るんだろ。欠片のままで困ってないんなら、後はもう自由って奴だ」
『当然だ』
ミスティルテインは、礼のひとつも言わないでふわりとヴィーヴルの前を飛んだ。
「おまえな……」
ヴィーヴルは愚痴のひとつも言おうと口を開きかける。
その彼の背後で、大きな和音が長く長く響いた。
結晶柱を擁していた洞が崩れたのだ。グラファだったものと玉座だったものとともに。
「砂漠だ」
クレドが叫んだ。
「熱砂。風……帰ってきた!」
エディアールの頬を、熱を孕んだ風が通り過ぎていく。
彼は振り返った。アリキアの木は幻覚ではなく確かに大樹として、夢の名残のように佇んでいた。
エディアールは突き動かされるようにアダマスに駆け寄る。
「精霊は精霊の在るべき場所に、神は神の在るべき場所に、人間はそれらに関わり合いながらも彼らの領域を侵すことなく生きていくべきだ」
彼にしては珍しい早口だった。
「《炎湧く泉》は、ミスティルテインのものだ。人間が不要に立ち入ることのないように、彼の場所を守るべきだ」
「ノワイユ君。あんたには借りを作ったな。それとも《商会》にと言うべきか。バッジはどうした?」
「……預けたままだ。信頼に足る相手に」
「あんまり無茶せんでくれよ。それでも私は、あんたが調査隊にいてくれたお陰で大分楽ができたのだがね」
「遺跡に興味があったというだけだ」
「《炎湧く泉》のことは取り計らおう。安いもんだ」
アダマスはそう言って笑ってみせた。
エディアールは微笑すら浮かべず、黙って自分の襟元を正した。バッジがあった位置の手触りには慣れないけれど、いつかは気にもとめなくなるかもしれない。そんなことを思った。
■Scene:砂漠の雪
ついにアリキアの樹は、どの結晶よりも高く生長した。
結晶化した記憶の崩壊が次々にはじまってゆく。
いくつもの和音が重なる中、レディルもミスティルテインの欠片とともに放り出された。
「うわっ……」
地面に衝突する痛みを想像し身を折り曲げていたレディルは、ぱしゃんと水音を立て泉の中に落っこちた。
『我が力のお陰だな』
レディルと共に閉じ込められていたミスティルテイン12分の1は、解放され炎まとう小鳥の姿で、びしょぬれのレディルの頭上に止まった。
「泉だ。戻ってきたんだ、幻覚が解けたんだ」
レディルは水したたる金髪をかきあげ空を見上げる。砂漠の青空、ラハで見慣れた青すぎる空が、懐かしく陽光をきらめかせていた。
お守り石をいつもの癖で探る。こちらは見慣れぬ紫色に変じたまま、レディルを落ち着かない気分にさせた。
アリキアの木は、人々の記憶の結晶を吸い上げ、想いとして再び空へと解き放つ。
結晶は美しい和音をゆっくり、ゆっくりと響かせて崩れてゆく。崩れた構造物の分だけアリキアは確実に枝葉を伸ばし、幹を太くした。
《円盾の防護》が壊れ、《炎湧く泉》一帯を覆っていた天蓋は消えた。キノコ岩はすべて崩れた。
かつて干上がった泉の中央に枯れた木が佇むのみであった《炎湧く泉》は、今、生き生きと繁り続けるアリキアの若木が膝元に麗しい澄んだ泉を従え、オアシスに相応しい場所へと変わりつつあった。
結晶は雪のひとひらの如き薄紫色の欠片になって、ラベンダーの香りとともに地面から空へとさかさまに降る。そうして丘の上のパルナッソスあたりにきらきらと降り注ぐのだという。
「やあ、また泣いているな」
腰をさすりながらアダマスはヨシュアに言った。
アダマスの脇にはエディアール。
憔悴しきったルドールと、ヴィーヴル、ダージェ、ミルドレッド。
シュシュとラムリュア。真っ赤な目のティカ。
フートとクレドとグロリア。
しんがりに、スィークリールを抱いたホールデンとリュート。少し離れて、カイン。
「泣いてなんか……」
ぐしゃぐしゃに歪んだ顔のヨシュアは口ごもり、その顔を空に向けた。
「立派な樹だ」
ラージ、イーダ、リュシアン、レディルの4名も、アダマスの言につられて堂々と葉を繁らせるアリキアを見上げた。
「あ……」
ダージェが短い声を上げる。
彼のポケットの中から、きらきらした粉のようなものが立ち上り、結晶片と交じり合いながら運ばれていく。
「小箱が開いてる」
ミルドレッドから受け取っていた開かない小箱は、今はもう空っぽである。
「使うの忘れてた」
「いいよ、もう用済みだし」
ミルドレッドはダージェの手から小箱を取りあげ、ルドールに投げつけた。
「あ」
「痛っ」
ぽかりと小箱をルドールの額に当たる。
「命中!」
ぐっとミルドレッドは親指を立てた。ルドールは何か言いたげではあったがついに無言のままであった。
「ミルサンさー、学者に向いてないんじゃナイ?」
ミルドレッドはダージェの言にぶつぶつと言い返した。どうやら、その自覚は多少なりとも出てきたらしい。
「盾父、ご無事で」
カッサンドラが軽く膝を折ってアダマスにお辞儀した。
「うん。カッサンドラ君もよくやってくれた」
「いえ私は……私が問いの罠に引っかかったりしなければ……」
「もういい。済んだことだ」
ふたりの会話はたったそれだけであった。
「さあて、と。それではパルナッソスへ帰るとするかな。皆ご苦労だった」
アダマスは痛む腰を大仰に伸ばして老人くさく言った。
「無論貴方もですよ、盾父ルドール」
「帰るまでが冒険じゃからな」
ホールデンが不器用に片目をつぶってみせた。
■Scene:続く道
こうしてパルナッソス学術調査隊は一定の成果を挙げて解散となった。
帰途を急がねばならぬ者はおらず全員《砂百合の谷》経由でラハへ至ることとなったが、駱駝の世話をしていたパーピュアがいないため、レディルがその役を買って出た。
ミスティルテインの欠片たちの中には、宿主を気に入った者もいた。彼らはなぜか《炎湧く泉》を出てもついてきた。一方クオンテやカインの姿は《砂百合の谷》で消えた。
「いずれ会えるさ、会おうとさえすれば」
アダマスは報酬も受け取らずいなくなった調査隊員の不実を責めるでもなく、ただそう言ったのみであった。
「元々見知らぬもの同士、寄せ集めの調査隊だったのだからね」
だがパルナッソスを眼前にして、ラハで待ち受けていた出迎えがあった。
「盾父アダマス殿。随分探しました」
聖騎士団の紋章をつけた青年使者が捧げ持つ書状をひったくるように受け取ったアダマスは、中を検めるなり渋い顔をした。
「異動だ。それも新都アンデュイル」
「ご栄転おめでとうございます」
そういった騎士団の使いの頭をアダマスは書状ではたいた。
「せっかくの閑職がこれで不意じゃないか。しかも後任のあてもないと来ている……やれやれ。あんた方のお祭りとやらを眺めるのを老後の楽しみにするつもりだったんだが」
イーダをはじめ、パルナッソス精霊祭実行委員会の者たちは顔を見合わせる。
「祭りの時期になったら知らせればいいんだろ」
「すぐに準備が整うわけじゃないし……」
「御上のお召しがあるうちが花じゃぞ」
「なら老勇士殿が代わりに行ってくださいますかね」
「お断りじゃ。ワシだって祭りが見たいわ」
アダマスは天を仰いだ。
「やれやれ。依頼人が退場とは締りがない」
かくして、アダマスはパルナッソス教区長を免じられ、新都アンデュイルへ赴くこととなった。
手土産にもならぬと言いつつルドールも連れて行かれた。
調査隊長がいなくなった調査隊は、報酬を各自受け取った後解散となった。
ある者はパルナッソスに残り、ある者はアンデュイルを目指し、ある者は再び自分の旅を続け、ある者はまた誰かの後を追いかけることを選ぶ。
彼らの旅は今もまだ続く。
《旅人たちの街道》で、あるいはパルナッソス精霊祭で、いずれふたたび交差する時を約束して。
ここから先は、また別の物語。
END
1.朝告げる鳥 | 2.夢見る石 | 3.想い育てる樹 | 4.続く道 | 5.幕間〜からくり犬は見た�供� | マスターより
