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第7章 5.幕間〜からくり犬は見た�供�

■Scene:からくり犬は人間の夢を見るか?


 自分、にんげんの夢を見ました……って言ったら、信じてもらえますか。
 じっちゃんの仲間たちがでてくる夢です。ん。犬だって夢くらい見るっすよ。
「夢ならどれだけ見てもタダ」
 いつものことっすけど、じっちゃんの言葉は何て重みがあるんでしょうか!

 “赤髪”は言いました。
「ふん。感情があり、理性で感情を統制することができる存在。それが人間、てヤツだ」
 ちょっとだけ教区長風ににやにやしながら。何でしょう、面白い実験動物、もとい実験にんげんを見るような顔……いや、自分の考えすぎっすね。

 “風にそよぐ葦”は言いました。
「人間? へえ」
 ……。こ、こわい。とって食われそうっす。
 目が輝いてるんすよ? 呈のいい玩具を見つけた子どもみたい。
「人間になってみて、どう? 面白い? 僕もたまにはからくり犬になってみたら面白いかもしれないな。ねえ、からくり犬だと何か面白いことあった?」
 あー。はい。どうも“風にそよぐ葦”は、にんげんとかにんげんじゃないとかいうより、自分か自分じゃないかってことが気になるようっす。
 自分の場合は、からくり犬でもにんげんでも、変わんないみたいっす。
 だって下半身、からくりのままっすから。

 “愛する聖職者”は言いました。
「神の子ですね」
 かみのこ? たらこみたいなものっすか?
「幸せになるために生きる。それが神の子たる人間のさだめなのですよ」
 にこりと微笑み、“愛する聖職者”は語り続けるっす。
「言い換えますと人は幸せにならねばならない。これは義務です。《大陸》のありようは神の創りたもうた庭。神の子たる人間が幸せに暮らすための場所。あらゆる人は、幸せであるという大前提の上に、さまざまな喜びを、さらなる幸せを、築いてゆくのです」
 にんげんってむずかしいっすね。
 つまり、つまり、それは……幸せでないにんげんは、にんげんでないという、そういうことになるっすか?
「ただ憎しみ、哀しみ、怒りを抱いて日々暮らす。そんな存在は人間と呼ばれますか?」
 あー。はい。えっと。自分、そんなむずかしい質問には答えられないっす。
「憎しみ、哀しみ、怒りを抱いて」
 “愛する聖職者”は繰り返して言いました。
「そんな存在が、人間と呼ばれるのでしょうか?」

 “あいつ”は言いました。
「人間とは、繋がりだ、と僕は思う。自分と、自分以外の誰かがいる。その誰かの存在を認識しておくこと。その誰かに、自分という存在を認識してもらうこと。その、双方向の繋がりを作り、保とうとするのが人間なのだと思う」
 これなら、自分もわかるっす。
 自分と、自分以外の誰か。よのなか、そのどっちかしかないってことっすね。
「スィークリールって名前はホールデンさんがつけたのかな」
 そうっす。その前は、何だったか……。
「ホールデンさんが名づけたから、スィークリールって人間が生まれたと言えるんじゃないかな」
 うん。じっちゃんがいなかったら、自分、まったく別のものだった気がする。
 気がするだけかもしれないっすけど。
「いいんだ。それで」
 “あいつ”はくすっと笑いました。その笑顔はうれしそうだったっす。

 “青い炎”は言いました。
「文明を築きしもの。人間とは、文明の担い手だ」
 じっと見つめられて、自分、ドキドキしたっす。
 やーらしい意味じゃないっすよ。まるで……まるで試されているみたいだった。ぶんめいが何かわからないけど、それをキズクのにふさわしいかどうか、じっと、見つめられて。
 あの、それでぶんめいって何なんすか。
「社会の発展。経済や技術や世の中のしくみ。それらを学びあって高めあって、よい暮らしに変えていくということだが……わかるか?」
 全然。
 でもなんとなく。
 “あいつ”が言ってたとおり、ぶんめいっていうのは、つながりがなくちゃできないってことはわかる。そして“愛する聖職者”が言ったとおり、ぶんめいっていうのがあると、幸せに暮らすにんげんが、増えるみたいだ。
「そうだな。飲み込みが早い」
 自分、“青い炎”の試験に合格できたんでしょうか。ともかくホッとしたっす。

 “迅雷”は言いました。
「人の間って書いて人間。父さんが言ってたぜ!」
 ひとのあいだ?
 それも“あいつ”が言ってたのと同じことっすか?
「人は、ひとりじゃ人間になれないんだって。自分がいて、他の人がいて、お互いを知って認め合ってはじめて人間になるんだって」
 自分と、自分以外の誰か。よのなか、そのどっちかでできてて、それを両方が知ってることが、大事なんすね。
「まー当然ちゃ当然なんだけどなー。父さんと母さんがいて、その子どもが生まれてくるんだし。ほっといて育つわけじゃないし。ミストみたいにさー。まあミストはほっとかれてたかもしれなけど、割りに、まともに育ってるし。まあシュシュ兄が教えるの上手いのかもしんないけどな。ちゃんとありがとうっていう子になったし……な、なんだよ?」
 あー。いえ。
 なんでもないっす。

 “マリーゴールド”は言いました。
「お互いの間に、好きだったり嫌いだったり愛したり憎んだり一緒に笑ったりごはんを食べたりするもの、だと思うよ」
 にんげん。いきもの。
「生き物。モノじゃないよ。一緒に笑ったりごはんを食べたりするんだからね」
 でもひとりでも笑ったりごはんを食べたりできるんではないか、と。少なくともじっちゃんはひとりでいたって、ごはんはもりもり食べてましたし。
「お店にお客さんが来なけりゃ商売してるとはいえない。いくら品物を並べててもほしい人に渡らなけりゃ」
 ん? それも、同じこと?
「つまり、簡単に言うと」
 “マリーゴールド”はにゅっと顔を近づけたっす。
「ひとりでごはんを食べるより、誰かと食べたほうが楽しい。これは、間違いない。デンじいさんだってそうだろ」
 じっちゃんは、そうかもしんないすけど、他の人はどうかな。ひとりが好きっていう人もいるかもしれない。
「そういう人は、あれじゃない? ひとりが好きっていう自分が好きなのさ。自分を客観視することができるってのも、人間の性質なのかもしれないよね」

 “芳夜”は言いました。
「人間とは、定命の者」
 じょうみょう? 
「寿命を持つ者。年老いて死ぬ定めを負っているものだと思います」
 “芳夜”は少し顎を逸らして、頭上を仰ぎました。
「限りある時間のなかで、泣いたり、笑ったり、怒ったり、失敗したり……他の誰かのためを思えるもの。永遠に留まる事が出来ないもの」
 音もなく彼女の手の中に現れたカード、一番上のその札を、自分も見たっす。
「……猛る馬を御す戦士。力のカード」
 それが、にんげんの意味なのでしょうか。
「限りある時間を力に変える。それが人間の持つ力なのだと、霊は告げるわ」
 霊さんによろしくお伝えください。

 “走狗”は言いました。
「難しいなあ」
 にんげんはむずかしいっすか。
「あ、いや。明確な定義が出来る程確たる存在じゃねーのかもしれんけど……ってこと」
 “走狗”は腕を組んでしばらくじっと黙っていました。
「うーん……? 形の無いものを作る、遺す、次代へと引き継ぐ」
 すこし、“青い炎”が言ってたことと似てるような気がします。
「生存する、という上では別に必要でないものへの好奇心や探究心。夢を持つ、目標を設定する、野望を抱く、歴史を残そうと考える……いかん。これじゃ赤ん坊にゃあてはまんねーのな」
 ぶつぶつと“走狗”は自分に駄目出しをした挙句、こう言いました。
「他のモノと触れ合う事で自らを認識できる生き物。これどうよ?」
 ふむふむと思わず自分、うなずきました。
「相手から何かを受ける。言葉とか態度とか。それに対して何がしかの感情を抱く。相手が人間に限らなくても、例えば植物とかだって構わねーけどな」
 じゃあやっぱり、自分も、“走狗”風でいけばにんげんっすか。
「うーん、あのな? 人間位だと思うンだよなあ……」
 ほんの少しため息を混じらせて彼は言いました。
「自分中心のちっぽけな世界の中で生きてる癖にさ、自分じゃねぇ誰かの事を想って悩んだり喜んだり怒ったりなんて器用な事出来るのは」
 たけるうまをぎょすせんし。
「誰かの為に―――なんて、ちと綺麗過ぎて恥ずかしいけど、悪くはないよな。な。な?」
 勢いに負けてうなずくと、“走狗”は、それはそれは嬉しそうに笑ったっす。

 “小さき牙”は言いました。
「……んー、むつかしいなぁ。あ、でも。自分で自分のことを人間だと思ってること、じゃない? 見た目じゃなくてさ」
 “小さき牙”は、びよんと自分の尻尾を引っ張りました。
「だってさ。元々百点の答えなんかナイ謎々じゃない? コレって」
 そりゃそうっす。
「メーカクな線引きなんてないんだから、自分で自分は人間だよって思ってること。そんだけ!」
 毛皮をさらさらと撫でられて、自分、いい気持ちっす。
「人間は楽しいよ」
 うん。じっちゃんとか仲間たちとか見てるとそう思います。
「でもさ」
 “小さき牙”は笑って言いました。
「人間だけは救わない神さまとか、人間だけしか食べない魔獣とか、そういうのの前に出たら、何とかして自分は人間じゃナイよーって考えるんだろうなあ……だって、死んじゃったら終わりだモンねえ」

 “水の語り手”は言いました。
「自分に疑問を持つもののことでしょうね。人間とは何か? その疑問を考える行為こそ人間なのだと思いますよ」
 卵が先か鶏が先か、みたいっすね。
「誰も答えを知らないのですから、仕方ありません。問題集しか《大陸》にはないんです。人間とは何か? その答えを追い続けるからこそ、神という存在に対しても疑問を持つ。神々は何処に存在し、どのような姿をしているのか。私たちは答えを知りたくてたまらないのです。不安だから……」
 でもいつか、試験があって合格したかどうかわかるんじゃありませんか。
 誰かが合格したら、そのひとが皆に教えてあげたらいいのに。
「自分に、人間に、神々に、疑問を抱くということは、自分の内面を見つめるということですからね」
と、“水の語り手”はまたややこしいことを言いました。
「ああ。失礼。まったくわからない、という顔をしていますね、スィークリール君」
 大変。顔に書いてあったっすね。にんげんの身体にも、このひとはにんげんです、なんて書いてあったらいいのに。
「それにつけても思うのは、人間とは何と不自然な存在かということです。自分自身に疑問を持つ獣はいません。命を次代に繋ぐという目的の前にそのような思索はまったく無意味、邪魔ですらある」
 じゃあやっぱり、合格しなくちゃいけないんですね。
 自分が出した問題に、自分で答えて、自分をそれで満足させなくちゃいけない。
 その間に、ごはんを食べたり泣いたり笑ったりもしなくちゃいけない。
「人間とは何か。何をもって人間を人間とするのか。それが分からない内は、一人前ではないということですね……いやあ」
 “水の語り手”は頭を掻きました。
「クレド君にお説教などできる身分ではなかったですねえ」

 “根付かず”は言いました。
「不自然っすよね」
 あ、同じだ、と思いました。“水の語り手”と。
「不自然で不完全で不安定で未熟」
 いいとこなしじゃないですか、それ。
「未熟なゆえに、常に変化し続けるもの。安定しない、つまり別の言葉で言うと、あらゆる可能性を秘めているってことになるんでしょうかね。良くも悪くも他をも変えていく」
 彼は口元を持ち上げました。笑ってるみたいっす。
「精霊はそうではないっすから。自然そのもの、純粋な存在。精霊は自分自身で暴走したりしないっすよ。自然の摂理の元にある。自然に支配されている……対等に。暴走するのは、人間や他のものが精霊の定めに干渉したからっす。だから人間ってのはとんでもない力を持ってるわけっすよ。精霊に働きかけることひとつを取ってみてもね」

 “魔女の愛し子”と“太陽のたまご”は言いました。
「人間の定義なんてそれこそ俺が本気で知りたい命題なんだけどなあー。真面目に」
「なんだろうね?」
「……あんまり興味なさそうな顔してるよ」
「そんなことないよ。興味あるよ」
「ホントに?」
「ちゃんと考えてるってば。つまり人間らしい、ってことでしょ? 人間らしさはどこにあるのか」
 ぽん、と“魔女の愛し子”は手を叩きました。
「それだ!」
「何? なんかいいこと思いついた?」
「人間らしさ。人は同じものを見て同じものを聞いて、違うことを考えながら、共感していくでしょ。お菓子が甘いとか、シチューが温かいとか。砂がざらつくとか、風が爽やかとかさあ」
 それを“魔女の愛し子”は、定義の問題だと言いました。共有して語るための言語なのだ、と。正直自分はもうサッパリです。
「目、輝いてるねえこの手の話だと」
「専門だもんね俺。言葉に意味を持たせたり、書き換えたり、自分の中で定義したりする。言葉を弄ぶもの。人間ってそういうものじゃない?」
「専門家らしいなあ、ほんと」
 がばと“太陽のたまご”は両腕を頭の後ろで組みました。
「俺はね。んー、そうだなあ……みんなで力を合わせて、大きなことをやろうとするところ、かなあって思う。みんなで力を合わせていつも何かを変えようとするじゃないか」
「……いいことも悪いことも?」
「そう。どっちもあるけどね」
「悪いことのほうが多いんじゃないか?」
「悲観的だなあ。俺まだそんな世の中見て回ったわけじゃないから偉そうなこといえないけど……」
 “太陽のたまご”がぐるりと首を巡らせると、軽く関節の音がしました。
「そんだけ記録をたくさんつけてる人が言うんじゃ、やっぱりそうなのかな? 悪いことのほうが多いの?」
 “魔女の愛し子”ははっとした顔になり、次の瞬間目を伏せました。
 そしてしばらく黙った後、こう言いました。
「戦争で人を殺す為に、頭いい人たちが集まって作ったのは魔法の人形だったんだ。知恵を絞って作ったものが、それなんだ。魔法人形は偉い人を殺すための勉強をさせられて、結局偉い人を殺す前に……」
「助かったの?」
「たぶん……ううん、助けられたんだ。たくさんの人たちに助けられて、救われた。生き延びたんだ」
 そう、と“太陽のたまご”は答えました。よかったね、と。悪いほうに力が集まってたかもしれないけど、反対に、力をあわせてその子を助けたんだろ、と。
「そうだね。ずるくて卑しくて自分さえよければいいやって思ってる人間がね。そんな人間が……ある瞬間同じことをいっせいに考えて、突然自分のことなんかどうでもよくなって、頼まれてもないのに力をあわせて助け出してくれたんだ。俺の……魔法人形ひとりのために。殺し合いまではいかないけど。無傷じゃないのにさ」
 “太陽のたまご”は笑っていました。
「助けにきた人たちにしてみれば、魔法人形だから助けたわけじゃないんだよ。頭のいい人たちにとってそうだったかもしれないけど」
 “魔女の愛し子”は動揺していました。
「なんで分かるの? どうして……姉ちゃんがあの時言ってたことを知ってるの? なんで……」
「と言われても、俺はそう思うからとしか答えられないよ」
 さっぱり意味がわからない自分の顔の前に、気が付くと、しゃがみこんで両頬に手をあてた“太陽のたまご”がいました。
 何すか。この、自信たっぷりな表情は。
「わかった? スィークリール」
 自分にはわかりそうもないっす。
 ただひとつだけ。
 にんげんはにんげんであることをやめられそうにない、ということだけは何となくわかりました。
 記憶をぽろぽろ落としていってしまうじっちゃんが、あの口癖だけは忘れられないのと同じ。
 知恵と勇気と愛。三柱の兄弟神が教えてくれたとかいう、あの口癖。
「そうだ、スィークリールの頁、まだ書きかけだったんだ俺。今度は俺が話聞いてもいいかな」
「花だと何が美味しいの? 俺見つけてきてやるよ」
「仲間って他にいるの?」
「水浴びする? この腹のあたり、砂埃で汚れてきてる。洗ってあげようか」
「ねーねー」
「ねーねーねー!」

 ……。
 これが、自分の見たにんげんの夢のあらましです。
「おうおう、スィークリールや。よくやったのう、夢ならどれだけ見てもタダじゃ。どんどん見るがいいぞ」
 じっちゃんは言いました。
 にんげんとにんげんでないものの境は曖昧なものだったと分かりました。
 だったら自分も、もしかしたら。
 昔はにんげんだったかもしれません――。



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