そして、いくつかのトラップをシウスがかわした後。
一行の前に姿を見せたのは、直線で切り出され、磨きぬかれた石材の重そうな扉であった。たいまつの光をうけて、鈍く表面に一行の顔を映している。両開きのそれは、ガガが余裕で通れるほど大きい。そして何よりも、扉は外側に開け放たれていた。
風は、その向こうから吹いている。
「グレイス、明かりを」
シウスがたいまつで照らそうとすると奇妙な風が吹いた。炎は大きくゆらめいて、ふっと消える寸前にシウスの無骨な手を焦がしていった。
「熱っ!」
「!?」
「大丈夫、今魔法の明かりをともすわ」
グレイスの小声の詠唱で、かわいらしい光が宿ったハースニールの剣先をそっと扉に近づける。
今度はぶわっと奥から突風がやってきた。ほの白い魔法の明かりは吹き消されるかわりに、強烈な太陽のように輝きを増した。熱は持たない光だが、たいまつの何万倍もの明るさが急激に冒険者たちの目を襲う。
「きゃあ!」
「何だ? 魔法の暴発か?」
シウスも突然の光に、剣から目を背けずにはいられなかった。瞬間頭をよぎったのは、しまったという後悔の念。薄暗がりと、たいまつの明かりに目が慣れすぎて、まぶしい光を正視できないのだ。これも罠だろうか。無防備すぎてまずい。まずは、ルーファとアインを守らなくては。この感じ、前に《朱の大河》で竜巻に襲われたときとよく似ている。ああそれにしても目が……。
ぐにゃりと体がゆがんだような気がした。
突風はすぐにやんだ。
光にようやく慣れた目に見えたもの。それは石づくりの扉の奥にあるのは、豪奢な大広間だった。大理石模様の壁は円形の広間に沿ってゆるいカーブを描いている。彫刻で装飾された壁にはめこまれた壁竈には、今やたくさんの明かりがともっている。
ぐっと天井が高くなっている広間の天井からも、光が差し込んでいた。幾重も重なる、薄い光のカーテン。
さらさら、さらさらと軽やかな音が絶えず流れている。
とても耳に心地よく、もたらされる安寧に眠くなってしまいそうな空間。
その広間の中央に存在しているのは、半透明の巨大な球体だった。細くくびれた台座の上に、光のカーテンに包まれて、そっと置かれているような不思議な球体。
「ああ」
声をもらしたのは、パレスだった。
「俺はここを、夢に見たことがある……」
「そうよ、わたくしが呼んだのですもの。ようやく来てくださったのね」
涼やかな女声。
光のカーテンの奥から姿を現した声の主は、ゆったりとした白い着衣に頭からすっぽり包まれて、豊かに波うつ金髪を肩からのぞかせた妙齢の女性であった。半透明の球体にしなだれかかるようにして、たちすくむ冒険者たちをひとわたり見定めている。最後に彼女は視線をパレスにとめた。パレスは露骨に顔をしかめた。怒りとも、憎しみともつかない奇妙なしわがまた一本、眉根に刻まれている。
「……ディリシエ」
「知っているのか、パレス? じゃああの人は、《星見の民》……」
しかし、唯一露出している顔には例の朱印はない。雪のように白い肌に、淡い金髪がふわふわかかるのみだ。
「お入りなさいな」
パレスがディリシエと呼んだ女性が手招きしている。
おいおいマジかよ、とダグザは嘆息した。色事は嫌いではないほうだが、人様のいろいろに巻き込まれるのは、ペースがつかめないので苦手なのだ。どうもパレスは、ダグザが最初思った以上に複雑な立場にいる存在らしい。これ以上面倒なことにならなきゃいいんだがなぁ、でもやっぱり、面倒なことになっちまうんだろうねぇ。
広間に足を踏み入れたくはなかったが、ダグザは仕方なく足を前に踏み出した。後ろにいたはずのアイリが、ずかずかと彼をおしのけて一番乗りしてしまっていたからである。
学者が興味を示したのは壁の装飾の方だった。完全に妙齢の女性を無視した形で目の前を横切り、アインのしっぽをつかんで、お菓子の山を前にした子供のようにはしゃぎながらそこらじゅうを調べていた。
「見てみな、このレリーフはもしかして」
「(神聖語か?)」
「うんうん、多少変則的な活用をしてるが、ベースは《大陸》のと同じ文法のようだね。こりゃすごい、こっちのは星図みたいだ」
「(でも星座の位置が違わないか)」
「ううむ、この部屋丸ごと持って帰りたいよ。もしかしてここには本当に……」
この調子で、彼らは何時間でもやっていられそうである。まあ本当に危なくなったら、貴重なサンプルを捨ててでも身は守るさ? といっているアイリだが、アインは妙な目つきだ。
「命あっての物種だからねえ」
「(ほんとに?)」
「おまえか、ここに招いたというのは。銀髪はどうした?」
シウスが、かすれかかった声で尋ねた。手にはしっかりとロンパイアを構えている。銀髪の主に会って、もしも《夜魔》を使役していたことを認めたならば、ばっさりいくつもりだったのだ。
「銀髪……?」
女性は小首をかしげ、とろんとした目つきで宙を見上げ、また視線をシウスに戻して答えた。
「ああ、あの方を探してらっしゃるのね」
「知ってるんだな?探すも何も、あいつが俺たちをここに呼んだのだ。あいつはどこにいる?」
「あら、せっかちねえ。うふふふ……もう少しゆっくりなさっていただきたいのに。今はこちらにはいらっしゃいませんの。もうじき戻ってらっしゃると思いますわ」
シウスはいらいらし始めた。単刀直入に言ってほしい、と思う。
「私たちを呼んだのは貴女なのか? それとも銀髪なのか?」
アーネストが鋭く尋ねる。
「私たちは、銀髪の人影に導かれてここまでやってきたのだ、しかしまた貴女も、私たちを招いたと言う。いったい貴方がたは、何者なのか?」
「うふふ……、その剣士は、あなた方に何も伝えておりませんの?」
女性はパレスを示し、あげた袖で口元を隠してくすくす笑った。
「ならば、ご挨拶いたしましょう。わたくし、ディリシエと申します」
「そして先代の《星見の姫》だ」
パレスが目を閉じたまま、付け加えた。
「そう呼ばれていたときもありました。今はわたくし、《獣の姫》を名乗っておりますの。これでよろしいかしら」
「銀髪は何者だ?」
「あの方は、わたくしどもの《父》です。わたくしが《父》に命じられて、お呼びしました」
「パレステロスを、か?」
続いたダグザの声は、いつもの彼とはうってかわって真摯な響きを帯びていた。
「うふふ…《汝の欲することを成せ》ですわね?」
ディリシエは愉快そうに嬌声をあげた。アーネストはその声に、《夜魔》の咆哮と似た不快を感じて眉をひそめた。
「それは、もう少し後でお答えいたしますわ。わたくし命じられておりますの。
《大陸の民の力量を計れ》と……」
ディリシエが両手を高く差し上げた。
とたんに、壁の装飾ががたがたと音をたて、白い石肌の彫刻たちが3体、命を宿したかのように襲いかかってきた。石像は冒険者たちよりも一回り大きい。1体は輝く大振りの剣と胸当てをつけ、もう一体は黄金の全身鎧に身を包んで大きな盾を構えている。もう1体は武装こそしていないものの、片手に金色の鍵を持ち、もう片手を高く上げている様はいかにも危険なものを感じる。
「ゴーレム!」
グレイスが引きつったような声で叫んだ。
加えて突如《夜魔》が2体も姿を現す。そこで冒険者たちは、さらさらと聞こえていた通奏低音が実は、天井から部屋の壁の何カ所かを伝って流れ落ちている流砂の奏でる音だったことを知った。ただ砂漠ほど無尽に砂粒があるわけではないので、砂蜥蜴のような《夜魔》の大きさは、以前対峙したよりもはるかに小さかった。
「さあ、お手並みを見せてくださるかしら?」
最初は押し殺したような、そして次第に大きくなる嬌声じみた笑い声を残し、ディリシエは広間から姿を消した。
「ウガアアアア! こいつら、こわくないぞ!」
ガガが一声挙げて、《夜魔》の硝子球のような瞳にこぶしをえぐりこんだ。同時に砂漠狼が、俊敏な動きで飛びかかり、相手の動きを止める。パキンと乾いた音が響き、《夜魔》の形をしていた砂は見る間にかりそめの命を失って、巨人の足元にちらばった。
続いてもう一体。これはシウスの剣に切られたか……と思いきや、ダメージをもろともせずにつっこんでくる。使い込まれたはずの剣は、逆にシウスにとって手かせのようだった。切りつけても切りつけてもこたえていない。砂漠狼とガガのコンビが両側からフォローに入り、ようやく《夜魔》は粉砕された。
「これがやつらのやり方か? 自分の手は汚さないって訳か!」
ぎり、と歯がみして、シウスはさっきまでディリシエがいた場所をにらんだ。天井から差し込んでいた光のカーテンと球体はすでに無く、かわりにそれまでは見えなかった大きな螺旋階段が、広間を貫いて見えた。
「《星見の姫》を探しているなら場所違いですわ。でも、他に探しものがあるならば……」
カンカンカン……と、軽やかに階段を駆けていく音が、《夜魔》の咆哮と重なり、遠ざかっていった。
「本当は……ああ、俺はここまで来たことがある。そうだ、ディリシエ、あなたはまだ俺を試すつもりなのか? 答えはあの時、10年前に見つけたんじゃないのか? 何もかも、夢のままだ。あの夢は、あなたが見せていたのか?」
第4章へ続く
はい。こんなところで終わってますので、次回の指針には制約がでます。第3章で《朱の大河》の洞窟に入った人たちは、次章強制的にここからスタートです。外界と連絡を取る手段は基本的にありません。ただし、約束の時間を過ぎてもパレスたちが出てこないので、砂漠で待機していたトロワが里に戻って報告しました。何かがあったということは伝わってますので、もしかしたら第3章で里にいた誰かが第4章で洞窟を目指すことはあり得ます。
敵は数は多いですが、冒険者組のほうが数でも勝っていますし、なんとかなりますよね? 《夜魔》は2体いましたが、登場した瞬間に粉砕されましたし。この結果は、「次章荒事は起こりません」と言っていたマスターを信用せず(笑)戦いに備えたアクションをかけてきていた方々の功績ですね。ああ、数減っちゃった。
儀式組のマスターよりにも書きましたが、《地雷》発動警報を発令させていただきます。指針選択即地雷ではもちろんありませんが、誰かにクリティカルな問いかけをしたり、行動をしたりすると、キャラクターが素敵な状況に陥る可能性もございます。地雷カモン!って方は歓迎します。
大分冒険っぽくなってきました。そろそろ後半戦です。次章も気合いの入ったアクションお待ちしております。ではまた《朱の大河》で。次章では里に戻れるといいですね(にやり♪)。
そうそう、もうすでにご存じかもしれませんが、新掲示板《精秘薬商会》がOPENしております。基本的にキャラクター発言のみ可のパラレルワールドです。が、ここでできた設定など、物語本編に影響することもある、かもしれません。ご了承くださいませ。