第6章|残された幸せ|林檎の木の下で|森の一葉のように|動き出した時間|変容|夢魔との戦い(1)(2)(3)(4)|マスターより|
6.夢魔との戦い(4)
魔法陣の中。
灰色の混沌とした空間が無限に広がっている。魔導操師クーレル・ディルクラートは、単身その中へと舞い戻った。
エシャンジュはここにいる。それは確信だった。
魔導操師として生きてきた長い時間の中では、エシャンジュとともに過ごした夏は、ほんの一時にすぎなかった。なのになぜ、こんなにも彼女の面影にすがろうと思うのだろう。
仲間たちが人知れず、大切な思い出を次々と失っていく中にあって、クーレルだけはひとり、冴えはじめた記憶をたぐりよせては懐かしく思い出していた。
(クーレルがそう感じたなら、どこかにいるのでしょう)
でも師匠、どこかってどこなんだ?
(探せないとでも?)
クーレルの師匠は、まだうら若き女性だった。冒険者として《忘却の砂漠》に足を踏み入れたこともあるらしい彼女は、さすが百戦錬磨だった。いつもクーレルを試すように問いかけ、彼の背中を後押しするのだ。
(探せるだけの力を、キミは持っているでしょう?)
もちろん、やってみせるとも。
(キミは魔導操師といったね? 《魔導》とは、不安定な魔法の力を瞬時に収集し、極限まで強化して放つ技術。とても高度で絶大な威力を持つ魔法、とでも言えるかな……)
絡みつく生暖かい空気を払いのけると、クーレルは一瞬のうちに《魔導》を完成させた。するするする、と輝く光の糸が、杖の先から四方へ広がってゆく。探し当てるのだ。エシャンジュの鼓動を。吐息を。
(《魔導》は、どこにいても、どんな場所でも編むことができる。魔法使いにとって、それがどんなに難しいことか分かるね? 発動体も魔力源も複雑な身振りも、精霊や神々の力さえも魔導操師は必要としない。100万の軍勢を、たったひとりの魔導操師がくいとめたことだってある。あるいは、闇の勢力と手を結び、いくつもの国を破滅に導いた者もいる)
クーレルは、いつの間にか走っていた。杖から生まれた光の糸は、クーレルの前を、光の妖精のようにふわふわ、するすると踊るように進んでいく。この先に、エシャンジュがいる。本当はあの時、さらっていきたかったんだ。
(大切だと思ったなら、守りたいと思ったのなら、とやかく考えすぎないで、そうすればいいんだよ)
「エシャンジュ!」
絶叫にも似た声で、クーレルは彼の人の名を呼んだ。ふっと糸が輝きを失う。間をおかず、クーレルは再び杖に光を灯した。弾けるように糸が伸びるスピードを増していく。
(ボクは、見ていてあげる。これはボクの物語じゃないから)
「エシャンジュ!!」
クーレルは走り続けた。
骨の十字架の上で、女性が身じろぎした。
「そんな、まさか」
「どうなさいました」
十字架の下のほうで、ごそごそと作業をしていたカロンが声をかけた。
「貴女の王子様が、お見えになりましたか?」
上を見上げたカロンの額に、ぽたりと小さく熱い滴が落ちる。
間に合ってよかった、とカロンはからくも安堵の吐息をついた。
来るべき待ち人との再会の場に、彼女の姿はあまりにも無惨すぎる……そう考えたカロンは、何とかして彼女を十字架から下ろそうと試みた。だが骨は、がっちりと女性をくわえ込むように、あちこちで彼女の自由を奪っており、カロンひとりの力ではどうすることもできなかった。
「まるで、骨が貴女を食べているみたいですよ、これは」
額の汗をぬぐいながら、カロンはごちた。
「《竜の牙》があれば、こんな骨は砕けるだろうに……かくなるうえは、ちょっと失礼」
カロンは骨にしがみつき、女性の高さまでのぼると、彼女の頬をそっとぬぐった。むき出しになっているたくさんの傷跡も、せめて逢瀬を妨げぬよう、カロンの知る限りの技術で消されたのだった。
「カロンさんはお医者だったのですか」
「その昔、の話ですがね」
固くこびりついた血を、注意深い手つきで落としながらカロンは答えた。
「専門にしていたのが治癒、変身、生命に関わる魔法だったというわけで、まぁ、医者といえるでしょうか」
続いて、懐の小瓶から香りのいい香料をふりまく。
「さあ、これでいかがです?」
カロンが調合した香りは、ふわふわと女性のまわりにたちこめると美しいドレスに姿を変えた。十字架に磔などという無粋な姿をさらすわけにはいかない。せめてもの目くらましにすぎないけれども、その魔法は、十字架をドレスに見せかけるのだ。
「まあ……その……とってもきれいですわ」
「ああ、そうだよなあ。身動きがとれるようになるわけじゃありませんからね。うーん」
カロンは力不足を痛感した。自身の魔力も、《竜の牙》で増幅した魔力の残りもあるとはいえ、この女性にかけられている戒めが強すぎる。《竜の牙》。今、ここにあれば。ミューは、無事でいてくれるだろうか。
ミューという名は、かつてカロンが看取った少女の名前だった。不治の病の前で、焦燥感と無力感にさいなまれるカロンに、当の少女は多くのことを学ばせたのだ。結局彼女は天に召され、ちょうど一年後、カロンは病気の子猫を拾う……。
「エシャンジュ!」
クーレルが大きすぎるローブをはためかせ、風のようにその場所へとやってきた。片手でフードをはねのけ、エシャンジュを抱きしめる。カロンの作り上げたドレスは、花嫁衣裳のようにエシャンジュを輝かせていた。
「クーレル様、来てくださったのですね」
今、エシャンジュという名を思い出した女性は、ゆっくりと顔をあげた。金髪に絡まっていた、枯れた花冠が、はらはらとほどけるように散っていく。
すぐにクーレルは、エシャンジュの身動きがとれないことに気が付いた。意のままにならぬことなど何もない、そんな顔でクーレルは片方の眉を持ち上げる。
ぶわっと突風が巻き起こり、その場のすべてのものがあおられて宙を舞った。カロンがつくりあげた香りも散り、花嫁衣裳は残酷な十字架に戻ってしまう。
「なんだこれは!」
クーレルが恐ろしい形相で十字架をかきむしった。《魔導》の力にもゆるがないそれは、エシャンジュを離さない。
「私は罪人なのです」
高みにつりあげられたエシャンジュは、また涙をこぼした。
「来てくださっても合わせる顔がないと、言い聞かせもしました……けれどやはり、お会いできてうれしいのです。約束をちゃんと守ってくださいましたね。クーレル様」
「罪人?」
クーレルが顔をゆがめた。見かねてカロンが姿をあらわす。せっかくの再開の場にいては邪魔なのは承知だったが、自分よりはクーレルのほうが、エシャンジュを助けられる可能性があるかもしれないと思ったのだ。それに名前も記憶も失いただ磔になっていたエシャンジュは、思い人とめぐりあった瞬間に、少なくとも自分のこととクーレルのことを思い出し始めた。
夢魔の力が弱くなっているのか、クーレルの《魔導》の力が強いのか、あるいはその両方か。
もしかしたら、そこにこの空間を制する答えがあるかもしれなかった。
「カロン? カロンって猫の?」
「ええ、まあ。……あまりお気になさらぬよう。私も気にしておりませんので」
そういえば人間の姿で仲間に会うのは初めてである。
「シャッセのかわりに、夢魔のモモにここに連れてこられた次第です」
「それなら、その夢魔を倒せばエシャンジュは助かるというわけか?」
「や、それが、彼女をこうして縛り付けているものは、夢魔とは違うらしいのですが」
「どうすればいい、エシャンジュ? 俺は貴女を助けたい。ここから連れ出してあげたいんだ!」
クーレルが叫ぶ。助けたい。力はあるはずだった。なのに、手段が見つからない。《魔導》でエシャンジュを助けられないなんて。
どうすればいい?
それは、常にクーレルが答えを求めていた問いだった。
『知りたい?』
鼻にかかった甘い声がひびく。エシャンジュは唇をきりと引き結び、夢魔と向かい合った。
『アンタがこの人の恋人だったの? 残念ね、この人の思い出は、みんなアタシが食べちゃったの』
くすくすと笑いながら、夢魔はエシャンジュの周りを飛び回った。クーレルは無言で大きな光球を作り出してぶつける。夢魔はひらりと身をかわし、エシャンジュの背後にまわるとほっぺをつねったり、髪の毛を結んだりしはじめた。
「くだらないことをしてないで、用件を言え」
『教えて欲しかったら、もっと丁寧に頼むのね。うふふ。モモ様〜ってね。さん、はい!』
やりとりを見守っていたカロンは、モモがいつも操っていた銀の大鎌が見えないことに気が付いた。きっと仲間たちも《まことの国》のからくりに気が付いたに違いない。ミューが誰かと一緒に無事にいることを祈り、モモの行動を再び注視する。
「俺がそんなことするはずないだろう」
クーレルは杖をくるくる操って、飛び回っているモモの後頭部をがつんとはたいた。
『いやっ、いったーい!』
頭を押さえるモモの顔面を、もう一度容赦なくひっぱたくクーレル。
「いいから教えるんだ。遊びは終わりだぞ。《魔導》の力、もっと味わってみるか?」
『そんなのいらない。かわりに……』
ふっと姿をかき消すモモ。カロンがあぶないと叫んだときには、もうモモは灰色の雲をつくりだしていた。
『アンタの思い出も、食べちゃってやるぅ!』
灰色の雲が、クーレルの全身をすっぽり覆い隠す。
『なんにも、ないわ』
雲はなにも映し出さなかった。混乱した夢魔が、クーレルの周りを飛び回る。青年を包んでいた雲は、おびえるように霧散した。
『アンタ誰? どうして何ももっていないの。他の夢魔に食べられちゃった後みたい』
「質問しているのは俺だ」
クーレルは、ひょいと手を伸ばし、夢魔の首根っこをつかむ。幼児体型のモモは手足をばたつかせ、しっぽでぺちぺちとクーレルをはたくが、もちろん彼は手を放さない。
『お、教える! 教えるから!』
モモは焦っていた。他の人間たちが、すぐそこまで来ている。鎌を金の腕輪に滅ぼされ、彼女の力はそがれてしまっていた。教えた方がいいだろうか。モモは逡巡していた。
教えたらきっと、あいつらみんなびっくりして、絶望するに違いない。そっか……だったら教えよう。そしてその絶望の思いを食べてやるわ。そしてまたアタシの力は強くなる。
モモが口を開きかけたそのとき、遮るように声が響き渡った。
「母さん!」
エシャンジュを母と呼ぶのは、もちろんリーフだった。ミスティとディルウィードは、十字架のエシャンジュに駆け寄るリーフを見守っている。顔をあげたエシャンジュは、目をまるくしてリーフを見つめていた。驚愕の表情が浮かんでいる。
「シャッセもランディおじーちゃんもサンディおばーちゃんも、貴女も! どうして皆そんなにヒョウタンナマズなオタンコナスなのっ」
一息でまくしたてているのはローズ。ようやく仲間に会えた安心感からか、ひときわ元気になっていた。大きく深呼吸すると、また水が流れるようにしゃべりまくる。
「『せめて夢の中で』ですって? 夢はディルワースで実現するために夢見るものよ? そりゃあ、わたしも最初のうちは、幸せなら夢でもいいかもって思ったけど……でもやっぱり、シャッセもランディおじーちゃんもサンディおばーちゃんも、貴女も、ディルワースに連れ帰るのが一番って今わかったわ。ねぇ、そうでしょディルウィード!」
「えっ」
突然呼ばれたディルウィードが振り返る。
両手を腰にあて、華奢な猫のようなその女性のことも、ディルウィードは忘れつつあった。
「ねぇ、ずっと探してたのよ! だーれもいなくて淋しかったから、あんなに呼んでたのに、どこに行ってたのよ?」
返答に窮するディルウィード。そうだ、たしか彼女は《狂乱病》にかかったと言っていた女性だ。
「それは……すみませんでした。病気のほうは」
「もう《狂乱病》はイヤ。みんなでディルワースに帰りたいの」
ディルウィードは笑みを浮かべた。長い間指になじんだアメジストの指輪をそっと抜き取り、ローズに手渡す。
「なんのつもり? わたし人妻なのよ。マリッジリングじゃない指輪なんていらないわ」
真意をはかりかね、ローズはディルウィードを見つめた。青年は変わらず微笑んでいる。
「アメジストには、精神の平安を促す作用があります。つらいときにも助けになるはずです」
「だってこれ……大切なものだって、言ってたじゃない!」
「もう要りません。貴女にもらってほしいんです、どうか」
ディルウィードはローズに指輪を握らせると、両手でローズの手をそっと包んだ。
「《竜の牙》がここにある」
封印がとけた矢筒は、おびただしい魔力を放ち、きらきらと輝いていた。それを手にしているのはアーシュ。そしてリュカとキュル。モースとフューガス。クーレルはぴくりと眉根をよせたが、フューガスはぼろぼろの身体でぴくりとも動かなかった。
「カロン! カロン! ミュー、がんばったんよ〜」
少女が駆け寄ってくるのを、カロンは背をかがめて抱きしめた。少女はためらうことなく、自分に向かって走ってきた。そのことが、カロンにはうれしかった。外見なんて関係ないのだ。
「ズドンだぜ、ズドン! 派手に行こうぜ!」
グレイが突き出した拳を、エルムとゴドが両方から押さえ込んでいる。夢魔はクーレルの腕の中で必死にもがいた。彼らの作り出す結界が、急激に夢魔の身体を締め上げ始めたのだ。
『きゃあああ、いやぁぁぁん』
「おわっ、誰かと思ったらディルクじゃねぇか!」
グレイがすっとんきょうな声をあげた。
「や〜、やっぱおめぇに美味しいトコとられちまったな。これでもおめぇを待ってたんだぜ?」
エルムがゴドと顔を見合わせた。
「じゃあグレイの言っていた、《魔導》を使う仲間って……」
「なんだ、エルムちゃんたちもコイツのこと知ってたのかい」
グレイは声をひそめ、ふたりにささやく。
「実はディルワースを襲う計画があると聞きつけて、コイツが便乗してきたんだよ。お后が目当てらしくてな。ああ、強力な助っ人ってわけで大歓迎したワケさ。お后さまの手前、こんなこと大きな声で言っちゃアレだかんな。エルムちゃんたちも、ディルクを悪く思わないでやってくれ、な!」
「……さきほどあなたがあれだけデカイ声で叫んだのですから」
エルムはため息をついた。
「クーレルさんが盗賊と関わりがあったと、いやでも知らしめせたと思うのですがね……」
「役者がそろったようだな」
オシアンが余裕の笑みを浮かべながら言う。
ルナリオンが迷子のようにふらふらと、歩いてくるのが見えた。別の道からは、ソロモンが向かってくる。
「というわけだ、夢魔よ。観念する時がきた」
つかつかと歩み寄り、オシアンはモモを見下ろした。
『アタシはモモっていうの。夢魔なんてムズカシイこと言わないで』
「……自分の名前もいえないくせに何を言う? 人の夢に寄生してこっそり夢をかじるのが本分だろうに。《モーヴェレーヴ》、それがおまえたち《悪夢》の名前だったはずだ。寄生しなければ自力で生きていけない、餌をとるにも姑息な罠を仕掛ける、そしてその子どものような外見ですら、おまえの本当の姿ではないだろう。餌の誰かの夢のかけらの中にあったイメージ……その中で気に入ったものの姿に変身しているだけなのだろうが」
しゃらん。オシアンが錫杖をついた。
乾いた音が響き、また静寂が満ちてくる。モモはぐっと言葉をのんでいる。
「反論できないのだろう。姿さえ自分のものではない。他人がいなければ、おまえは生きていけないのだ。なんとも弱いものだな」
『弱くなんてない』
言葉とはうらはらに、しっぽは力なくへろへろと揺れていた。
「他人のものを借りて寄せ集めてつくられたのが、おまえだ。夢魔よ。さも自分のもののように思いこみ、それで力あると勘違いして……哀れでならない」
『ばか、ばか! 違う、アタシは強い。この空間はアタシの世界。アタシはここで何だってできるのよ!』
「それが、弱いというんだ」
オシアンの視線はあくまで冷たかった。こうやって泣きわめき、同情をひこうとするもの夢魔の手だと分かっていたからである。
「強いならば《大陸》中で餌をとればいいだろう? 弱いからこそこういう自分の空間にこもり、餌をおびきよせようとしているのだ、違うか」
『それは……』
「夢のかけらをつまみぐいするくらいなら許せもしようが、人の記憶をまるごと食べるのはいただけないな。ましてや人を夢の中へ連れ去るなど」
『それ、アタシのせいじゃないもんっ!』
じたばたとモモがもがく。クーレルは、モモの首をつかまえておくのが疲れたといって、彼女を地面に伏せると杖で背中を押さえるようにした。
『こんなカッコアタシにさせて、許さないんだからっ』
「結構。おまえが食べられるような記憶も俺は持ち合わせておらんようだしな」
『人を夢の中に連れ去るのは、アタシの力じゃない。それは、アングワースたち《竜》の力だもん!』
もがきながら、モモは指さした。
そこに立っているのは、リーフ。赤い髪の青年は、身じろぎせずに立ちつくしている。
「アングワース?」
リュカがつっこむと、得たりとモモは喚き始めた。
『そうよ、そこにいるそいつがアングワースなのよ! 肉体を大地に変えても、《竜》の精神は残っている。だからアングワースは、人間の身体の中に入ったの。そこのオッサンが』
フューガスを指す。
『赤ん坊をくれたでしょ。だから赤ん坊の身体が余ってたのよ』
「恐ろしい罪です」
エシャンジュが震えながら言葉をもらした。
「あの人は、初めての赤ちゃんを……生まれる前の赤ちゃんを、アングワースに捧げたのです」
いたたまれず、カロンは顔をそむけた。
「あの人と、私と、まだ名前もついていなかった赤ちゃん。3人の命でアングワースは新しい大地を生み出しました……その肉体をもって」
「名前のついていない……」
ローズがうつろに繰り返す。
『そうよ、アンタの赤ん坊よ! アンタを磔にしたのは、アンタの夫。そら、そこにいるじゃない。夫の手でそこにかかったんでしょ、国のためにね!』
「うるさい」
ぐりぐりぐり。クーレルの杖をつく手に力がこもる。その下でモモはうめいた。
『3人とも一度は命を失っているも同然なのよ』
恐ろしい形相で、モモはオシアンに持ちかける。
『悪かった。ごめんね。許してほしいの。こんなに教えてあげたんだから、放してちょうだい』
ソロモンが突然リーフの肩をつかんで揺さぶった。
「聞いたでしょう、リーフ君……いや、アングワース君」
その手をリーフは払いのける。身体ががくがくと震えていた。
「アングワース君、選ぶんだ。《竜の牙》をふるう相手を」
「そんな」
『ちょうどいいじゃない、アングワース』
モモはあざけるように鼻をならす。
『アンタの息子が残した牙も3本。アンタに捧げられた人間も3人』
ぱたん。クーレルの手から杖が離れて倒れる。魔導操師は磔のエシャンジュを見つめ、彼女をそっと抱きしめた。オシアンの足が、すかさずモモの背をふみつける。
「選ぶのは、僕じゃない」
『まあね。アンタは《竜》だもの。《竜の牙》はアンタも滅ぼしちゃうもんね。矢を放つのは人間でなきゃ』
「教えてください」
リーフは叫んだ。目をつぶり、がくりとその場に膝をついて。
「父さん、母さん……僕は、どうしたら」
選ぶのは、人間たちだ。
第7章へ続く

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